行く先々には新しい発見と無限の苦しみが待っている

風邪を引いた。元々身体が強い方ではない。

直近の出来事が衝撃的すぎたのかもしれない。

どうにも自分の世話をするのが億劫だ。


世界を破壊した妹の方はというと、フデを他にも触ってみたり、他のルールにも適用してみたりしていたが予想通りというかピカソ筆程の威力は発揮できていないようだった。葛飾北斎の筆でスペシャルを使った時は結局凄まじい破壊力を発揮していたが。


…頭が痛い、時々しょーもない事を考えては頭痛で現実に引き戻される。と言っても意識自体もかなり薄いので結局寝るしかないのだが。


「ギャーッ!」


事件性のある悲鳴が聞こえる。折角の誕生日プレゼントを喜んでくれているのは非常に幸いなのだができればこの病人を気遣って頂きたい。


「イヤーッ!イヤーッ!グワーッ!」


アイエエエエ!?ナンデ!?ニンジャナンデ!?


「オラァ!二度と私に逆らうなよ!」


それは流石にどうなんだ妹よ、ギリ暴言ではないが(※オク基準)お兄ちゃん心配。


…俺は今、プロとして公式大会の決勝に立っている。

この光景に俺は見覚えがあった。

自分の調子は準決勝まで来たのだからそりゃあもう絶好調、

チームメイトたちも気合が入っていて、少しも負ける気がしない。

そして最後の試合、延長までもつれ込んだその試合で事件は起きた。

…いいや、当事者からすればあれは事件ではない。事故だ。

ただ倒れた味方を相手がよく分からないくらい追撃しただけだ。

そのくらい、野良なら当然日常茶飯事だ。普段なら煽りとすら認識しない。自分にトドメを刺せたのがそんなに嬉しかったのかともはやほっこりするレベルで俺たちは慣らされている。そのはずだ。

そのはずだった。

ただ、これまで準決勝に至るまでの相手はそんな事をしなかった。

ただそう思っただけだ。そう思っていた。

だが、あの場で恐らく俺だけはいち早く違和感に気づいた。

公式戦で、しかも決勝でそんな事をするはずがない。

そこまでは誰でも思いつく。実際俺も目にするまではそう思っていた。


まさか”味方”がそんな事をしていたなんて夢にも思わなかったのだ。

やめろ、そうじゃない。俺は真面目に戦ったんだ。相手は俺にもしっかり死体撃ちをかました。勿論というべきか、それをする余裕があるほど相手は勝っていた。というより、これまでの相手はそんな事をし返す余裕がなかったのかもしれない。そして俺たちは拮抗しているようでじわじわと…本当にじわじわと押されていった。何故かいつものように機能していない。ふとデスしたタイミングで普段はマップを見るのだが一瞬チームメイトを見やってしまった。

…一人明らかにおかしな奴がいた。ゲーム画面を見るか、それとも私と一緒にデスしていれば私と目が合ってもおかしくはない。そうではなくて。

”彼”は、

仲が良かった”気がしていた”彼は。

味方と相手を見ていた。ゲームの中ではなく。現実で。

それだけならいい。前述の通りおかしな状態だ、回りがふと気になっても仕方ない。

私は目が離せなかった。ぶつくさと文句を言いながら、彼が当然のように画面から目を逸らし、天を仰ぎながら操作するところから。

巧く行っていないのは分かる。それよりも今は画面を見なくては。

ふと画面に目を戻す、まだギリギリ復活時間は残っていたが、いつものようにマップを見る時私は少し確認をした。

”彼”は。今どこで何をしているのか。

チームメイトなのだから、何時もは報告なしで注視する事はなくとも、ほとんどの場合期待に応えてくれるそれを見る必要もほとんどない。

だが”彼”は。”この野郎”は。

明らかにキルした相手に過剰にインクを無駄遣いし、そればかりかよく見ると変な潜伏をしている。キルカメラに映るので普通は場所を変えるが、彼はその場から動こうとしない。では報告を受けた相手を待ち伏せをするのかと思えばそうでもない。ただ、そのままやられて相手の弾を追加で食らうのだ。

知っているはずだ。彼は何がどうなるのか分かっているはずだ。

何故だ、何故決勝で捨てゲーなどという愚かな真似をするんだ。

何故、相手を倒したのに前線を上げずただやられるんだ。

これまではそんなもの気づく事すらなかった。

だが一度発覚すれば後から疑念の湧くシーンは幾らでも思いついた。

何故あの時彼はデスしていたのだろう?何故あの時彼は援護に来なかったのだろう。何故彼は前線に…

私は彼に聞くしか自分を保てそうになかった。ただでさえ負けている。


「なあ、~~。お前…」


それだけで十分だった。

あとはもうよく覚えていない。

思い出せるのは最後の一瞬、俺があいつをこの手で…


はっ




夢か。


ああ、正に悪夢だったな。


普通に考えたら俺は捕まっていそうなものだ。

しかし事が終われば観客は全員詳細を聞きたがっていたし、

SNSでは俺のチームが扱き下ろされるばっかりで、

結局いつまで経っても”内輪もめ”であって、14の俺が捕まる事はなかった。メンバーで最年少だったか?そんな事はもうどうでもいい。あんなチームはこの世界にはもう…不要だ。



そんな目に遭ったら普通はもうゲーム自体やらないって思うだろ?

でもさ、よく考えてみて欲しいんだけどさ。

俺ってそれしかなかったんだ。

それが実名隠して野良に籠る理由で…あったような気はする。

下らん思い出に蓋をして、ただ磨いた技術を腐らせるためだけに続けるんだ。そもそも決して忘れる事はないものを。

一番好きなもので一時忘れる事の何が悪いってんだ?ああ、別に誰も責めてないんだった。

俺は公式の声明文(という名の謝罪”作文”)の一つとして俺の引退理由を書かされて、プロを引退した。無論、色んな人に迷惑がかかったのも知っている。知っているが…どうしようもないのだ。世間様の評判ではむしろ俺に同情的な意見も幾つか見られた。これに意見するほど厚顔な奴がそもそも少なかったが、分かる奴には分かるのだ。…そう思うしかない。

俺は悪い事をした。あいつは法律には触れていないが、俺より悪い事をした、ただそれだけの事のはずだ。俺が割を食うのはそこまでだ。後は別の人生を歩んでもいいはずだ。そう思うしか…


ない。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


「ゲッホ」


「あっごめん!」


「いいよ”」


「ッスゥーごめん」


「良”いっつってんだろ”!!!!!!!!!!!!!!!!」


「!?」


「…いや、悪い。ごめん。…嫌な夢を見たんだ。」


「…うん。大丈夫だよ」


「ごめん」


「大丈夫」

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