邂逅3


”奴”が…来る!


それはイルカの衆一つごとに居る頭領みたいなものであるらしく、

一回バイト(このモードの事だ)をこなすたびにじわじわと遭遇ゲージが溜まっていく。

そして、ゲージの溜まった人が4人集まると(”実際”には溜まった人が一人居れば発生する確率があるそうだが)普段は3ウェーブで終わりなのが、4ウェーブ目に突入するのだ!

そうして倒すか撃退すればゲージがなくなって最初から…という訳だ。なお、全滅すると温情なのか薄情なのか分からないがゲージが高いまま付きまとってくる。(これも”実際”には勝敗に関わらずリセットされる。大事な事だから二回書いておいたぞ。)ついでに、奴の鱗は良い装備品の材料になるそうだ。大量に要る上に一回ごとに少量しか手に入らず、交換形式なのもあって種類はそんなにない。ゲーム的にもどっちかというとお洒落の意味合いが強かったりもする。


…ステージの予習、しておけば良かったぁー!

とは思うものの、バイトには専用のステージがあるのでネットなどで調べないと”見学”はできない。ステージは週替わりで移り変わっていき、今では10種類ほどもある。

私は習うより慣れろの信条で、攻略本はクリア後にしか見ないタイプだ。それに、何故かはよく分からないが兄貴に色々教わる方が覚えがいい。

頭領戦は始めてではないが、クリアできた試しはあんまりない。

それにさっき必死こいてヒカリアブを突破したばかりだ。私はともかく野良の人達はかなりの疲労感がある。

頭領戦は勝ち負けに関係なく(鱗は除くが)バイトの報酬が出るので、多少適当になっても無理はない。

”対人の流儀”はPvEには関係がない。…と私は思っているので、このステージの二回は予習というより物見遊山と言った方が正しい動きだったのだ。

ゲームだしなうん。馬鹿にするつもりは毛頭ないが、ゲームに人生を彩る意味を与えたいのなら、それで苦労ばかりするのは少し遊び方を間違っていると思う。…それが楽しい人も後ろに居たような気はするが。


「うーん、今回は厳しいかな?」

「いいや。それは違うな、妹よ」


何を言っているのだこの兄は。初見で出来る事には限りがある。如何に多少知識が付いているとは言ってもこのステージでどの場所に頭領を誘導したら安定するかとか、そういうのは勉強の領域で今の私には知ったこっちゃない。


「今回の編成には…カニとワイパーが居る。上手くやってくれれば…」


ふむ。

ならば完全に与太話という訳でもなさそうだ。

カニはスペシャル技の一つで、非常に高いダメージを頭領に与えることができるのだ。有名なシロイルカというハンドルネームで、攻略動画を動画サイトに投稿している人がいて、そのくらいは私でも知っている。ただ、ワイパーがどういう事なのかはちょっと良くわからない。


その30秒後には私はワイパーを崇めていた。称えよこの神設計。


「あぁー!すごい!すごい勢いで体力ゲージが減ってゆく!」

「言った通りだァー!やったぁー!」


画面上の頭領ゲージの減りを見て兄妹揃ってアホな声を上げている。兄貴も自分の事のように嬉しそうだ。

ワイパーはインク消費の割に攻撃力が非常に高く設計されていて、普段の対戦でも急に暗殺してくるので私はそんなに好きじゃなかったのだが…

このバイトにおいては一部の武器のイルカに与えるダメージがクラゲ同士とは異なっていて、どうも現状のワイパーはとんでもないダメージ効率を誇るようだ。


そんな中私は必死に周りの雑魚と戦っていた。

足場の確保も大事な役目とはいえ、ブラスターでは射程も短いしちょっとDPSが低い。貢献している実感に欠ける気がして、ちょっと焦ってしまったのかもしれない。


「「あっ…!」」


雑魚はしっかり蹴散らしたのに、大型のイルカがその後ろから出て来て見事に死角になっていた。あっという間の勢いで跳ね飛ばされて、自機のクラゲはがっつり水に落ちてしまった。

…そして、二度と復活する事はなかった。

普段はお互い様で、すぐに近くの人が助けてくれるものなのだが今回に限っては状況が違った。

誰も彼も疲れていて、動きに精彩を欠いている。件のワイパーの人は凄い勢いで動いているが、頭領の大きな図体と向き合うのに必死で、こちらに気づいた様子もない。

更に言うと、頭領戦は玉持ちの大型がついで大量に湧くので事故は付き物だ。

皆自分の安全確保に必死で、こちらを助ける余裕がないのだろう。


結局、頭領ゲージは9割削った所で制限時間が来てしまった。こうなると撃退扱いで、鱗は半端な数しか貰う事ができない。(…”実際”は削った割合に応じてもらえるがそもそもの枚数が少ないので、やはりトロフィー的な意味合いが強い。)

私が…私が倒れてさえいなければ!


「大丈夫、気にするな妹よ…今から何が必要だったか教えてやろう」

「…はーい」


どうやらまた兄貴の”講義”が始まってしまうようだ。

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