邂逅2

兄さんは天才だ。

プロゲーマーだったことすらある。

だけど、何があったのかはよく分からないけど、今は自宅に引き籠ってる。

時々連れ立してカラオケとかに行ってみるが、その度に周りの目でも実感する。

もはや明らかに不審者の恰好だ。

髪は伸びっぱなし、髭は剃ってるけど顔は洗ってない。

というかお風呂にちゃんと入ってない。近づくと独特の香りがする。

消毒液を常備してあるお陰でコントローラーとかは汚れてないみたいだが、正直あんまり触りたくない。

でも、私がなんとかしなきゃ。(使命感)

お父さんはお金のために家にずっと居られないし、お母さんは家事で手一杯だ。

兄さんの社会復帰をなんとかできるのは私しかいない。

ああ…でも趣味は捨てがたい…


私は一介のオタクで、そんなに凄い腕前じゃあない。

初試合でたまたま相手を4体倒してワイプダウンを取れたが、あくまで時の運という奴だ。兄さんはプロ相手にそれが当たり前にできる。(?)

私がゲームを趣味にしているのは、一重にお父さんの遺産的な(勝手に殺すなby父)レトロゲームの山が積んであったからであって、兄さんの言うような対人ゲームをしっかりする度量や喧嘩友達は居ないのだ。あーでも一人だけ居たかも。まあいっか。今も友達のはずだけど、どっちかというとオタク仲間というか、腐れ縁みたいなものだ。向こうはとっくにこっちを忘れてるかもしれない。


この時はまだ知らなかった。この友達からプロになる誘いが来るなんて。(無計画風呂敷広げ)


うーんうーんイルカモンのコツが分からない。(断じてサーモン〇ンではない)

兄ィは自分とこっちのモードがやりたいみたいだが、これでは足を引っ張ってしまう事だろう。(勿論実際にはやらせたいだけなので全く問題ないのだが)

そろそろ友達とやってみようかな…?あ、カタパット処理しなきゃ!うわ、また雑魚が湧いてる。このままだと道が作れないから…よしスペシャルを切ろう。

…微妙な手ごたえだが、一応窮地には陥らずに済んだようだ。ついでに近くに居た雑魚を一掃できたが、勿論しっかりと二回までの使用回数は一回になった。

うーんこれで良かったのだろうか…

そう思うと、兄がすぐ後ろに居る事に気づいた。野良と組んでいるので振り返る訳にも行かないが、恐らく滅茶苦茶笑顔だ。拍手が聞こえる。我が兄ながら割とうざいぞそれ。…あっ!

どうやら足元の表示を見逃していたようだ。モグライルカ(?)が飛び出して来て反応はしたが一気に端に追いやられてしまった。後ろの拍手は消えたので恐らく固唾を飲んで見守っている事だろう。ここは良い所見せないと。また野良への迷惑を盾に小言を言われかねない。脳のリソースが絞られているのを感じる。

集中しているのもあるが、それと同時に考え事が増えすぎているのだ。

画面から送られてくる情報を正確に処理して、この場の正解を考える。

とりあえずデスは避けられない。そうなれば一時的に行動不能になり、助けてもらうまではインクが撃てない。

これは勿論ある意味迷惑だが、お互い様なので誰も特に追求しない事実だ。

だからかもしれない。唐突に飛んできたボムによって(恐らくモグライルカを狙ったものだ)奇跡的に足場が確保された。ありがたい。これなら…!

私は更に壁際まで移動して助走をつけ、一気にスティックを切り返した。

こうするとクラゲロールと言って、素早く動ける上に一時的なアーマーを得ることができる。更に必ずジャンプを最大距離にすることができたりする。普段は小ジャンプの方が使うので、意識してしっかり押し込まないとギリギリに設計された地形は飛び越えられなかったりもするのだ。

素晴らしきかな、味方の助けがあったとはいえピンチが一転大型イルカを二体まとめて処理できる状態になった。

拍手は…聞こえないが、多分兄貴だって喜んでいるはずだ。

その甲斐あって1ウェーブを跳ね除ける事に成功したようだ、納品もしっかり10個ほど超過した。流石に達人帯(実際に達人級の腕前という訳ではないが、そういう名称のランク制度なのだから仕方ない。なお、この”下”に伝説帯がある。ややこしいのでこの設定が活きる事はこれ以降ない。)の味方は意識が違う。


「やったぁ!」

思わず声が出たが、こういうポジティブな感嘆符ならば勿論止められることもない。さあ、次のウェーブは…

(ヒカリアブだ…怒涛のラッシュが押し寄せて来るよ、気を付けて)

クラゲたちの上司という名目で好き勝手言ってくるシャチのキャラクターが次のウェーブを告げる。

なんてこった、新ステージを野良の人とやってみた(もう三回目)にこの特殊ウェーブを引いてしまうとはついてない。

このウェーブは初見の難易度が凄まじく、ステージの高台の中でもイルカの湧き場全てに対応できる場所が限られる。その上でアブにたかられて囮となった一員は、納品のために時々一部の”安全地帯”をつたってイルカが集まる位置を調整しなければならないのだ。

「やっば!兄貴!ここの場所どこ!?」

咄嗟に高台に登ったはいいが、この場所がちゃんと水場全てに対応しているか分からない。うっかり背中を取られればたちまちイルカの波に轢かれてしまうし、全員の火力を結集しても端に追い詰められては元も子もない。

しかも囮は…私だ!責任重大!

「初期配置から見て右の高台だ!妹よ!」

「了解!」

と言った瞬間、すごい勢いで雑魚イルカが湧いてきた。(勿論イルカがザコな訳はないのだが、名目上小さくてすぐ倒せるイルカの事をこのゲームでは雑魚と呼んだ方が連携が取りやすいのだ。…ボイスチャットを繋いでいないので、兄妹間の話でしかない訳だが。)

時々金色に光るイルカが紛れ込んでいて、そいつは体力が高い。

上手く武器編成が噛み合わないとこいつにかなり後ろに押されてしまう。

そうなるとイルカ玉(このゲームではエネルギー源のようなものらしく、イルカが完全に悪なので奪って集めるのがこのモードの目的の一つだ。対戦ゲームなので、実際に利用する事はほとんどないのだが、クラゲたちは日常的に使用しているらしい。)の納品もできないし、巻き返すために一度スペシャルを使わねばならない。

うおおおお!(特に表現を思いつかないのでご想像にお任せするための気合い)



結果は…クリアだ!

と思ったのも束の間、唐突に画面いっぱいに警告が表示される。


これは…”奴”が来る…!





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