第9話 アランの焦り

 

 ジャックの助けを借りてリカルドの友人にメッセージを送ってから、1週間が経過した。

しかし、友人から返信はまだない。

アランは毎日のように慣れないゲームのアカウントにアクセスして祈る思いでチャット画面を開き、その度に変化のない画面を見て落胆した。


 1週間前、ジャックはアランの電話を受けて、すぐに訪問してくれた。

ジャックは2年前に入社してきたばかりで、まだ学生らしさが残るところが良くも悪くもあったが、今回ばかりは彼の若さと知識に感謝するしかない。

残念ながら戦車のゲームのことは知らなかったが、リカルドのパソコンを使ってゲームを開くと、その構造を瞬時に理解して友人のIDとやらを探し出してくれた。


「リカルドくんは、ゲーム上のマナーがすごく良いみたいですよ」


「なんでそんなことがわかるんだ」


「ほら、このゲームには相手の態度を評価する制度があります。リカルドくんは星5つで、文句なしの優等生です。ちなみに、友人もマナーが良い人のようですね。同じく星5つです」


「そんなの、みんな5つじゃないのか」


「いえいえ、そんな全員がいい子じゃないです。ほら例えばこの人、全然知らない人ですが、低評価をいっぱいくらって星が1つしかありません。こういう奴に出会ったら、めんどくさいんですよね。匿名を悪用してる代表例の1つです」


 さらに、チャット画面というのを開いて、メッセージの送り方を教えてくれた。


「連絡方法は、このチャット以外にないと思います。リカルドくんはボイスチャットしていないんですよね」


「なんだそれは」


「電話みたいなもので、相手と直接話をすることです」


「していないと思う。文章でvamosぐらいしか会話していないと言っていた」


「じゃあ、やはり、まずはここからメッセージを送るしか方法はなさそうですね。ここに文章を打ち込んで、送信するときはこのボタンです。リカルドくんは1階で寝ているんですよね。ぼくはリカルドくんと話をしているので、何かあったら声をかけてください」


 ジャックは、アランが大事な文章を考えるときに邪魔にならないよう、気を遣って部屋から離れようとしてくれている。


「ああ、さっきも言ったが、リカルドにもライザにもこのことはまだ秘密にしておいてくれ」


「承知しています」


 ジャックは片目を瞑ってみせてから、1階に降りて行った。

こんな中年男性にもウインクを披露してくれるなんて、やはりジャックの愛嬌は計り知れない。


 リカルドには、ある程度の段取りがついてから話そうと思っている。

第一に、友人とやらを探し出せるか自信もないし、もし見つけられたとしても相手が会うことを断ってきたら、リカルドは相当なショックを受けるだろう。

それに、もし会うことを承諾したとしても、リカルドに害を与えるような人物であったならこちらから断らなければならない。

これは慎重に事を運ばなければならない最重要案件だ。


 ライザにも、まだ秘密にしている。

彼女ならリカルドの望みを無下に断ることはしないだろうと確信しているし、なんなら積極的に夫の手伝いをしてくれるだろう。

だが、アランはリカルドと立てた固い男の誓いを守りたかった。

その点についても、後から説明すればライザは理解してくれるだろう。


 ジャックが階下に向かう足音を聞きながら、アランは深呼吸をしてパソコンに対峙した。

パソコンデスクはリカルドの身長に合わせているので、アランの体格では窮屈だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

このメッセージがリカルドの願いを左右すると言っても過言ではない。

その重要性に押しつぶされそうになりながら、アランは慎重に文章を考えた。

素性がわからない相手にこちらの情報をすべて曝け出すのは憚れるので、重要な事柄だけを選んで、相手に不快な思いをさせないよう丁寧な文章を作った。

最後に、送信が完了しているかジャックに確認してもらった。


 それからなにも音沙汰がないまま、あっという間に1週間が経った。

時間がないこともきちんと伝えたのに、相手はどういうつもりだろうか。

友達と思っていたのは、リカルドの一方通行だったのだろうか。

純粋な眼差しで友人のことを語っていたリカルドを思い出して、アランは胸が痛んだ。

こんなとき、もし相手が目の前にいたら、若いころのアランは間違いなくその顔をぶん殴っていただろう。

リカルドの傷心を思うと右の拳がわなわなと震えたが、大きく深呼吸をしてその衝動を抑えた。


 ライザと出会って暴力を封印し、リカルドが産まれて怒りをコントロールすることを覚えた。

いまは、ライザとリカルドを守るためならどれだけ殴られても構わないし、地面に額を付けることだって厭わない。

ただし、それは相手が目の前にいるときのみ通用する。

無機質なスクリーンを目の前にして、アランは自分の無力さに打ちひしがれた。


 アランは再びジャックを頼った。

1週間経っても相手から返事が来ないことを告げると、精悍と愛嬌を持ち合わせた若者はすぐに家までやってきてくれた。


「このチャット画面は、相手が既読したかどうかわからない仕組みになってますね」


「まだ読んでない可能性もあるってことか」


「そういうことです。先週、リカルドくんからさりげなく聞き出したんですが、この友人は毎日ゲームしているわけじゃないそうです。リカルドくんも数日空けることがあったようなので、お互い偶然に時間が合ったときに誘っていたようです」


「この方法しかないのに、読んでもいないんだったら意味がないじゃないか」


 思わず、アランは大きな音を立てて机を叩いた。

我慢に我慢を重ねていた鬱憤がついに形となって出てしまった。


 アランは、リカルドの強い意志を含んだ瞳を忘れられなかった。

妙に大人ぶったところがあるリカルドは、幼いころから我儘を言う子どもではなかった。

ましてや、思いつきで無茶な願いを言うような愚かさを持ち合わせていない。

今回の願いに、彼には彼なりの思うところがあるのだろう。

いや、そんなことは抜きにしても、息子の願いを叶えたくない父親がどこにいるだろうか。

ましてや、リカルドの命には期限が迫っている。

今回の無謀とも言える願いは、どうしても叶えなければならないのだ。


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