第6話 ケントの知り合い


「それでね、きっと数カ月は服薬期間で病院に通うことも少なくなるから、来週から今の職場でフルタイムに戻してもらおうと思っているの」


 湯気の立ったご飯茶碗とみそ汁を夫の座る食卓まで運びながらエリが言った。


「そうか、無理はしないでくれよ」


「大丈夫、働いているほうが気が紛れるもの」


「じゃあ、ゲームに熱中できるのも今週までかな」


「そうね、ようやく戦車の操縦にも慣れて楽しさがわかってきた頃だったのに」


「おれがハマってたときは横でぶつぶつ文句を言ってた人は、今じゃおれより楽しんでるもんな」


「だって、家にいる時間が増えると、することがなくなるのよ。

でも私は、あなたと一緒にいるときはゲームしないようにしているけど、誰かさんは妻が隣でつまらなさそうにしていてもお構いなしにゲームに熱中してたわよね」


「今日のハンバーグもうまいな」


 妻の小言が過熱する前に、ケントは話を逸らす努力をした。

実際、エリの料理は何を食べても美味しい。


「話そらさないでよ、もう」


「本当に美味しいんだよ」


「はいはい。ねえ、そういえばRDくんから最近チーム連合のお誘いが来ないわね。

一時期は、毎回のように招待されていたのに」


「学校の試験期間中とかじゃないのかな。たまにぷっつり誘いが途切れることは今までも何回かあったよ。そのうち、前みたいにまた誘いがくるだろう」


「そういえば、ケントはどうしてRDくんが学生だと思ったの?」


「うーん、なんとなくかな。プレイの仕方が子供っぽいんだよな。敵を見つけたら後先考えずに突っ込んでいくとことか」


「そうね、味方の7台の内、RDくんは真っ先にやられちゃうものね」


 エリはくすくす笑いながら、その状況を思い出した。


 ケントがプレイしている側で戦況を見守っていたから、よく覚えている。

RDが操縦する戦車が敵の集団に一体で飛び込もうとしているとき、ケントがスクリーンに向かって「待て待て、突っ込んでいくなよー」と叫ぶ姿も、何度も目撃している。


 マイクはオフの状態だから、相手に声は届いていない。

聞こえていない相手に喋り続ける夫と、当然のことながらその指示と正反対の動きをするRDの一連の流れが、傍から見ているエリには微笑ましくもあり、楽しい観覧だった。


「あと、ゲームIDがRD200Xだろ。仮に2000年生まれだったら14歳だし、2009年生まれだったら5歳か」


「ゲームに登録した年じゃないの?」


「いや、あれは確か2010年以降に作られたゲームだったはず。だから登録が2000年代ってことはないよ」


「そういうことね。でも、その数字が産まれ年だとは断定できないんじゃないの?」


 ケントはみそ汁のお椀を持った。

出汁の匂いが心地よく鼻孔に残る。

一口飲むと、ふうっと自然と肩の力が抜けた。

やっぱり妻の味噌汁が世界一だ。


「断定はしてないよ。ただ、10代なんじゃないかと思っただけだ。それに、一緒にプレイしてたらなんとなくわかってくるものなんだ。勘だよ、勘」


「ふーん、ゲーマーってそういうものなのかしらね。じゃあ、RDくんもあなたの年齢とかわかるのかしら」


「どうかな、聞いてみないとわからない」


「こんなおじさんだとわかったらショック受けちゃうんじゃないかしら」


「はは、そうかもな。エリだって人のこと言えないだろ。なんで妹だなんて嘘ついたんだよ。おれは聞かれてないから言ってないだけで、嘘をついたことはないぞ。それに、I am his younger sister(私は彼の妹です)なんてチャットで送るなんて聞いたことないよ」


「だって妻だって言ったら、それこそケントの年齢がバレちゃうし、結婚している夫婦が揃ってゲームしているなんて恥ずかしいじゃない」


「でた、ゲーマー偏見。動画サイトの有名なゲーマーは、おれよりもずっとずっと年上だぞ」


「偏見じゃないわよ。ケントがRDくんは若いって言ってたから、合わせたほうがいいのかなと思っただけよ」


「それに、RDにはこっちの誰がプレイしているかなんてわからないんだから、誘いが来た時点で何も言わずに承諾して、おれの振りして一緒にプレイすればよかったんだ」


「だって、私はまだ初心者なんだから、あなたみたいにかっこいい動きをしなかったらRDくんを失望させちゃうかもしれないじゃない」


「彼はきっとそんな人柄じゃないよ」


 みそ汁を美味しそうにすすりながら、しかし、口調は断言するような言い方の夫に、エリは目を見開いて尋ねた。


「話したこともないのに、そんなことまでわかるの?」


「なんとなくだよ」


「性格の善し悪しもゲーマー同士なら分かり合える、ってこと?」


「ゲームをしている中では悪い人間じゃないだろうと思うけど、実際のところはわからない。どうせ会うこともないだろうから、確かめる術はないんだけどな」


「会うことはないのかしら」


「ないだろ。それもゲーマー内での常識だよ」


「ふーん、友達にはなれないのね」


「少なくともおれの中では友達とは言えない。オンラインのゲームの中だけの知り合い、かな」


「でも、ケントが友達申請を受け入れたのはRDくんだけでしょ?」


「たまたまだよ。何度断っても申請されるから、まあいいかなって」


 エリは、夫の素直になれない性格に、やれやれと心の中でため息をついた。

ケントはRDのことをただのゲーム上の知り合いというけれど、一緒にプレイしているときの楽しさは聞かなくても伝わってくる。


「チャットで話しながらプレイできたらもっと楽しいのにね」


「こっちは英語、むこうはスペイン語だから無理だろ」


「お誘いがこないと寂しいね」


「現実世界で同年代の友達と遊ぶので忙しいんだろ」


「社会人になったら友達と遊ぶなんてこと、そうそうないものね。じゃあ、RDくんは暇になったらあなたにお声掛けしてくださるのね」


「ははっ、そういうことだな」


 ケントは最後の一口のハンバーグを惜しむように口に頬張り、時間をかけて味わってから夕食を終えた。

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