01 森と勇者とテントの中
中年男が目を覚ますと、あたりは真っ暗だった。
フクロウの鳴き声が聞こえたので、ハッとなった。
そうだ、ここは森の中なのだ。
手が湿っている。
夜露が下りているようだ。
彼は水たまりに、顔をかざしてみた。
かつての顔、若かった頃の顔が、そこにあった。
中年男、いや、少年は狂喜した。
これで、もしかしたら、また、と。
遠くに明かりが見える。
小さいが、誰かが火をたいているようだ。
行ってみよう。
人がいるかもしれない。
*
彼が近づいていくと、そこには簡素なテントが張ってあって、鎧を着たひとりの青年が、あぶった肉を静かにつまんでいる。
「――何者だ!」
気配に気づいた青年は、わきに立ててあった剣を手にした。
「あやしい者ではありません。森の中で道に迷い、困っていたのです。ああ、人がいてよかった」
少年はこのように取り繕った。
「そう、でしたか……どうぞ、こちらへ。ええと、あなたは……」
「ぼくの名前はルル。あなたさまは見るからに、ただ者とは思えません。きっと名のある方なのでしょう?」
少年は名乗り、青年の心の中へ、少しずつ入っていこうとした。
「ああ、いえ。辺境からやってきた者なのですが、一応、勇者をやらせてもらっています。自分もこの森があまりに広いようなので、こうして野宿をしていたんです」
ルルの心はときめいた。
「おなかは減っていませんか? 食べ物でしたら、たくさんありますよ?」
「いえ、そのような……勇者さまにおこぼれを預かるなど、おそれ多いことでございます」
彼は恐縮したフリをした。
「いやいや、勇者とは言っても、一部でしか知られていなような者ですよ。さあさあ、こちらへ座って、遠慮なくお召し上がりください」
「ああ、勇者さま。あなたさまとのめぐり合わせに、深く感謝いたします」
こうしてルルは、まんまと食事にありついた。
そうして、おなかがいっぱいになったころ。
「勇者さまは、ずっとおひとりで、旅を続けていらっしゃるのですか?」
「ええ、パーティーにも恵まれなくてね。はは、人望がないのかもしれません」
「そのようなこと、こんなにおやさしい方ですのに。ぼくのような貧しい者にまで、お恵みをくださるのですから」
そんなふうに、いくつかの会話をしたあと。
「ねえ、勇者さま。おひとりの旅では、さびしいことも、さぞかし多かったでしょう?」
「……」
となりに座っている勇者の手の上に、ルルは自分の手を重ねた。
勇者は最初こそハッとしたが、すぐにその瞳は、雲に隠れる月のようになっていった。
「勇者さまは、さびしい、そうでしょう?」
「ええ、はい……」
「ぼくもね、さびしいんです」
「……」
「テントの中、行きましょうか?」
「……はい」
たき火がフッと消え失せ、森の中は闇に包まれた。
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