第4話 突入
「こうなったら、物理的に落とすしかないな。酒井。データセンターに連絡して、物理結線を抜いて止めてもらおう」
「難波。現地のハードウェア保守メンバーじゃ無理だよ」
難波課長と酒井課長は同期だから、お互いは呼び捨てだ。
「運用会社との契約だと、一週間前に手順書を提示して合意した作業でないと、結線抜線作業はやらないことになってるから」
「だけど、この緊急事態だぞ?」
「事故防止のためのルールだからな。緊急事態だからって現地で勝手にやって、サーバーが壊れても向こうじゃ責任持てないだろうし。やるなら、俺たち本社の人間がやらないと」
酒井課長の隣に座っていたネットワークチームのメンバーが、大きく伸びをした。
「しょうがねえなあ。線ぶっこ抜くってんなら、俺らネットワーク屋が行かなきゃ始まんないだろ。サーバーチームが忙しそうにしてた間、暇だったからな」
「全くだ。ついでにちょっと皇居半周ランしてくるか」
さのさわ出版の
「行くのはいいが、サーバーの台数とケーブルの本数を考えると、今いるネットワークチームだけじゃ足りないな」
「オペレーションチームからも人を出すか。おーい! チームリーダー。各チームから抜線作業の支援に行ける奴を何人か出してくれ」
難波課長の声に答えて、田中君が手を上げながら勢いよく立ち上がった。
「はーい! 第二オペ田中
「ちょっと、田中君。もう帰らないと。連勤時間長すぎ」
「大丈夫ですよ。それより大橋隊長! 後方から援護射撃お願いします! リモートで遮断コマンド走らせてくれたら、すぐにケーブルぶっこ抜いて来ます!」
田中君は、瞳をキラキラさせて両手をグーに握っている。
「そんなに行きたいの?」
「だってデータセンターの
「それはそうだけど」
こんな状況でも、どこまでもポジティブで、明るくて、そして可愛い。
本当に反則な生き物だ。
「それに第一オペと第三オペで今いる人、リーダー以外はみんな協力会社の人じゃないですか。協力会社の人に、こんなことやらせられないですよ」
確かにそうだった。リーダー以外で正社員のメンバーが今ここにいるのは、ネットワークチームと、うちくらいだ。そんな所にまで気が回るなんて、反則なだけじゃなくて出来すぎる部下でもある。
私には絶対に敵わない。
「よし。抜線隊全員集合」
「押忍」
「なんか鬼滅隊みたいだね」
ネットワークチームの全員と、田中君と、第一オペのリーダーとサブリーダーが酒井課長の周りに集まってくる。総勢八名がデータセンターに派遣されることになったが、悲壮感あふれる表情の男たちの中で、田中君だけは嬉しそうだった。
「それでは、抜線隊出発!」
「行ってらっしゃい」
にこやかに手を振って部屋から出て行く田中君を、手を振り返しながら見送った。
でもいつもの田中君の、心の底から楽しそうな笑顔とは、どこか違っているような気がしていた。
出発してから十五分ほどで、データセンターに到着したという電話が田中君から掛かってきた。スマホにヘッドセットをつないで、リモート端末の前で構える。
さっきの手順と同じやり方でリモートからサーバーを遮断して行き、それを確認してから、データセンターでネットワークチームの指示の元、電源コードとネットワークケーブルを物理的に抜いて行く。遮断が終わらないうちに電源コードを抜いてしまうと、ハードディスクにエラーが残って、次回正しく立ち上がらなくなるかもしれない。
汚染されてしまったこのシステムは、もう二度と立ち上げないかもしれないけれど、データを取り出したり、攻撃の痕跡を調べるために立ち上げることになった時に動かないと困るから。
「手順A-1から開始」
「了解。遮断開始します」
二度目となると、みんな手慣れたもので、どんどんシステムが落とされていく。
やがて、私が担当する経理システムと受発注システムの順番が回ってきた。
「田中君。経理システムの仮想サーバーから行くよ」
「オッケー」
ヘッドセットの向こうから元気な返事が返って来る。
「開発アプリサーバー遮断完了。開発データベースサーバーも完了。本番アプリサーバー、遮断完了。本番データベースサーバーも遮断完了。いいよ。抜線して」
「よーし!
何だか、厨二病みたいなセリフを吐きながらやってるな。
「経理システムの乗ってる
「じゃ、受発注システム行くね」
さっきと同じ手順に従ってサーバーを遮断していくと、禍々しい赤文字、黄色文字達がふっと消えた。
「受発注システムも全部停止した。抜線していいよ」
「よし。お前らも成仏しろよ。このやろ、このやろ、このやろ」
ヘッドセットの向こうから聞こえて来る声が、だんだん湿って来たような気がする。
「こんちくしょう。ぐすっ。こうしてやる。ぐずっぐずっ。こんなことになりやがって。うぐっ」
「ねえ、田中君。大丈夫?」
「ぐずっ、だ、大丈夫れすっ。ぐずっ」
「田中君! 田中君! ねえ、本当に大丈夫?」
「受発注の……抜線……かんりょ……うううう」
突然、ヘッドセットの向こうで号泣が爆発した。
「悔しいようー! 悔しい、悔しい、悔しい、悔しいよー! 読みたい人に本を届けるために、必死で作ったシステムなのに。こんなことで止めなきゃいけなくなるなんて。来週発売の本、どうやって取次に発送すりゃいいんだよ。作家さんが精神すり減らして必死で書いた本を、どうやって本屋さんに届ければいいんだよー!」
「……田中君」
「絶対に許さない。ぜってえに許さねえからな貴様ら。このシステムは、私がきっちり元通りにしてやるから。それで全国の本屋さんにバンバン本を送り届けてやるから。貴様らの好きにはさせねえぞ。クソッタレー!」
それから後は、言葉にならない号泣がずっと続いた。
田中君は、その場で床に座り込んで泣き続けていたので、残りのシステムの抜線はネットワークチームがきっちりやってくれたと、後で酒井課長から聞いた。
私は、ヘッドセット越しにしかつながれないもどかしさで、自分までブチ切れそうになりながら、ずっと田中君に声をかけ続けることしかできなかった。
こうして第一ラウンドは、どうにか持ち堪えて終了したのだった。
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お読みいただき、ありがとうございます。
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(※1)プロの方向け注釈
一般に、プライベートクラウドのハードウェアはクラウドベンダーの責任で運用する契約なので、ユーザー企業の社員が、直接、抜線作業をすることはありません。あくまでも創作上の描写としてご理解下さいませ。(だからモデル小説じゃないってば)
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