第9話 急報
「団長! 奴らが来た、ホブの野郎も混ざってやがる! 先に戦士団の詰め所には行ってきた、あとは団長だけだ!」
少しの間、不思議な空気が三者に漂っていたが、それは村の戦士団の一人が息を切らしながらそう告げたことによって霧散した。
「なんだと!?もう来やがったか...ロンドっ! さっそくだが、実戦だ。いけるな?」
「当たり前だろ! それに、ホブゴブリンもいるんならフレアの力が絶対に必要になる。任せてくれよ!」
想定よりも早いゴブリン達による襲撃だったが、二人に焦りは感じられない。それどころか、彼らには強い意志が感じられた。散々苦渋を舐めさせられてきた魔物たちへと反撃の狼煙を上げる意思が。
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「キュイ!」
「なっ、フレアお前どこ行くんだよ! そっちには何もないぞ!」
「って、あぁ、もうっ! ゼネスさん悪い先に行っててくれ! すぐ追いつくから!」
「チッ、仕方ない! まぁ精霊にも何か考えがあるのかも知れねぇ、何か掴んでから来い!」
ロンドとゼネスの二人は、伝令に走った戦士団のダンに連れられ現場へ急行していた。しかし、突然のフレアの行動。戸惑うロンドはフレアを追いかける。ゼネスはフレアの能力が使えないことによる被害の増加に頭を一瞬悩ますが、調子を落としている原因が分かるかもしれないと別行動を受け入れる。
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「おらぁぁぁぁ!」 「そっちからも来てるぞ!」 「負けてたまるか! クソゴブリンが!」
「落ち着いて戦うんだ、デカブツがこちらへ仕掛ける様子はまだない。慌てる必要はないぞ!」
ロンドと別れたゼネスは襲撃のあった北門へと到着する。こちらに被害はまだ出ていないようだが、それはホブゴブリンがまだ動いていないからだ。奴は後ろのほうで配下のゴブリンと人間たちの戦いを面白そうに眺めている。自分が圧倒的強者であるからこその余裕なのだろう、しかし、今はその油断に救われた。ひとまず、伝令に走り続けていた来たダンに息を整えるよう命令し、副団長であるレイモンドの下へと向かった。
「悪いなレイモンド。遅くなったが、よし、まだ全員生きてるな。現状は、見ての通りか」
「いえ、まだ死者は出ていませんから。それに...英雄は遅れてやってくるものでしょう? 人類最強の団長殿」
「この村以外の人間になんて会ったこともねぇのに言ってくれるじゃねえか。だが...英雄はまだ到着してねぇぞ?」
「ん? それはどういう意味でしょうか?」
「いや、もしかしたら間に合わねぇかもしれないからな。そんなことよりも、ホブの野郎の相手は俺とお前がメインになる...やれるな?」
「当然、死ぬ覚悟はとっくに出来てます。それに貴方の隣で戦い、散るのであれば本望ですよ。」
「馬鹿が、いつもお前らには生き残るために戦えって散々言ってるだろうが! 死ぬことなんか考えてる暇はねぇぞ。まあとにかくだ、俺は雑魚どもの掃討にまわる。お前は奴が動き出したら全体の指示を止めて合流しろ。いいな?」
「了解、お気をつけて」
普段と変わらず、落ち着いた様子のレイモンドを見て魔物たちの襲撃に対する初動が遅れたことへの不安はなくなった。冗談を混ぜてくる余裕まではないと思うが、彼なりの気遣いだろう。ただ、精霊召喚の力を得たロンドを見た以上、人類最強と思ったことは一切ないが、この村最強の称号は剥奪だなと思うゼネス。しかし、自分が戦場に出ることで皆の心の支えとなり鼓舞することはいまだ可能である。声を張り上げ、ゼネスは戦場へと走り出した。
「お前ら、ちゃんと生きてるだろうな! デケェのがいようがいつも通りだ! 二人一組で冷静にあたれ、こいつら程度に怯える必要なんてねぇぞ!」
走り掛けに背後から味方に襲い掛かろうとしていたゴブリンの首を刎ね、戦士団に素早く指示を出していく。予想以上に混乱が少なかったため、現状こちらの士気は高くゼネスの登場に更に湧く戦士達。しかし、こちらの優勢は奴が動けば簡単にひっくり返る。今のうちに出来る限り雑魚の数を減らしておきたいが、勢いを増した人間たちを見てついに相手の大将が動く。
脱力していた腕には血管が浮き上がり、鍛え上げられた筋肉に力が入っていくのが見て取れる。武器を構えたホブゴブリンはその口を大きく開け息を吸い込んだ。
「ちぃっ!」 「なッ、まずッ!」
「グアァァァァァァ!!!!!」
「くっ」 「ぐあっ!」 「耳がぁ!」
咆哮。強者が放つただそれだけで、人間の本能に植え付けられた恐怖が呼び起こされる。反応できた者はそう多くない。時が止まった。
―グチャッ―
ホブゴブリンの一番近くにいた者が、つい先ほどまで人間だった者が、肉塊へと変わり果てる音。予備動作から次の行動を察し、耳を塞いでいたゼネスとレイモンド。両者は太ももが引きちぎれんとばかりに足を動かし、ホブゴブリンの下へ全力で駆けつけていたが未来は変わらない。魔物の手によって今日初の死者が生まれた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」 「ヒィィィッ!」 「クソがぁぁァァァァァァ!」
静寂から解き放たれ、同時に戦士団の士気が乱れる。冷静ではいられなくなり、怯えが、怒りが、諦めが表れた。その隙をつくように劣勢だったゴブリン達は息を吹き返し、動揺した人間の体に武器を突き立て、殴りかかる。次第に増えるのは地に倒れる戦士達の姿。
戦場には、人間と魔物の間で幾度も繰り返されてきた光景が、絶望が広がっていった。
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