人類の落としもの ③

 自分達は鉄の扉の向こう側の部屋に踏み入った。


 そこは厨房だった。石窯が置いてあったり様々な料理器具の存在というのが自分の目にハッキリと映った。どこかのレストランの厨房のような場所だった。床はとても冷たく映り、死体を焼くには不向きな場所であると感じた。解体されるのを待っている肉というものがやけに今自分が抱え運んでいる彼の死体との類似性を感じさせた。気持ち悪さを感じる生温い沼地に脚を踏み入れたような気分になった。自分達は互いに死体をそこに置いた。隊長は床に、自分はアルミの調理台の上に。


 自分は空腹を感じていた。お腹にぽっかり穴を開けてしまっていた。厨房なのだし何か食べ物があるのだろうけれど、自分はそれを探そうとも、手元にあるとそれを食すまでには至らない気分だったから、ただただ腹部を押えていた。

 自分達は大きく息を吐いた。重厚で真紅のカーペットを低俗な軍靴で歩いていた時とは比べものにならないくらいに疲弊を抱えていた。今すぐにでもこんな戦闘服なんて脱ぎててしまいたいと思ったし、けれど自分の妄想がそれを止めた。自分は何か、に対する恐怖によって戦闘服を脱ぐ勇気が持てなかった。隊長は戦闘服をさっき脱ぎ捨ててしまっていたから、自分は自らが着ている戦闘服を代わりに来て貰おうと思ってそのような事を口走った。隊長は無表情でそれを拒否した。


 レストランの厨房の床に自分は座り込んでしまった。けれど隊長はそれを拒んだ。すぐに自分に立ち上がるようにと言った。自分はその言葉に従い、その場を立つと隊長は石窯の薪に火をつけた。自分はその場でただ立ってなにかを待つことしか出来なかった。

 隊長は二つの石窯に火をつけた。そうなのか、と思った。そうなんだろうな、とも思った。――隊長は自分の目の前にある石窯の中に、もう一人の名前を知らないメンバーの死体を入れた。次は自分の番なんだなと思った。自分はゆっくりと石窯の扉を開いた。口の中は乾いていた。自分のお腹がぎゅるぎゅると音を立てた。隊長と自分は顔を見合わした。


 自分は、自分よりも重い死体を、石窯の中に放り投げて扉を閉めた。世界から自分が大切にしていた宝物が消え去っていく、自分から希望が逃げていく感覚に自分は酷く襲われた。自分は空腹を感じた。飢えを感じた。心が乾いていくのを感じた。身体が冷えた。溜息をついた。自分は彼の死体を焼いているその石窯の炎に手を身体を近づけた。そうして暖を取った。自分の身体がこんなにも暖まるだなんて思いもしなかった。自分はより石窯の炎に近づいて暖まった。とても暖かかった。ずっとこうしていたいと思った。彼が焼かれている石窯の熱で、身体はとても温かくなっていった。


 自分を構築していたものがボロボロと音を立てて崩れ去っていくのが分かった。自分はどうしようもない気持ちになった。それを救ってくれる人間は自分以外にいるのだろうかと思った。

 けれども「行くぞ」自分はその言葉によってそんな気持ちを心の奥底に眠らせた。自分は深呼吸をして現実を再認識して、状況を把握して、しっかりと隊長に向き合って言った。


「分かりました。先を急ぎましょう」


 そう言うと、隊長はまた歩き始めた。その後を自分も着いて行った。自分達は厨房の奥の扉を抜けて、更衣室を抜けて少し歩いた所にエレベーターを見つけた。

 自分達はエレベーターに乗ると、最後となるであろう降下を始めた。自分の頭の中は焼却されてしまった死体の事でいっぱいだった。自分は空腹を感じていた。好きな人の全てを身体の中に入れてしまいたいように、彼の身体をいっそ食べてしまいたいと思った。それくらいに自分は飢えていたし、乾いていた。身体は自分の意思と反して冷酷なくらいに冷えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る