打ち沈んだ雰囲気 ③

 自分はコールド・オブ・ナーの本部に向かった。

 これまで自分が沢山見てきたはずの街の景色が違って見えた。ありありとした感覚が自分を包み込んだ。自分が本部に着いた頃にはもう既に大半の人間が準備を終えていて、その圧迫感のある重厚な装備に自分は、ああ、本当にこの時が来たのだな、と改めて思った。


 重厚な装備(戦闘服であると言った方がいいだろうか)は自分の身体の能力を倍以上に出来る装備であると彼は教えてくれた。これまでの自分の、ここ数年の〝日常〟の集大成としての日が今日であると感じる事が出来た。それが終わったらどうなるのか、自分には分からなかった。自分もその重厚な装備に着替え、装備を装着し終えた自分の元に同じ戦闘服を身に纏った忙しそうにしている彼がやってきた。彼は笑みを浮かべながら言った。


「朝から急がしてくてしょうがないよ。でも、今日はそういう日だからね。otibaと出来る最初で最後の任務だから。僕凄く嬉しいよ。緊張はしてるけどね」


「やれることをやるだけだよ。政府の人間達の動向はどうなんだろう? 世界を動かす人間の方も自分はさっぱり分からない。動向をずっと追いかけている人間のいるでしょ?」


「もちろんだよ。世界を動かす人間は寝ているよ。眠らせたんだよ、現実のこの世界で世界を動かす人間に接近した人物がいてね。そいつが予定時刻ちょうどに眠らせて、それに関しては政府の人間は何もって感じらしい。こちら側が〝先手〟を打ってもいいって言っているみたいなものだよ。まぁ、政府の人間からしたら勿論僕たちの存在は知っているだろうし――それはコールド・オブ・ナーもそう言えばそうだけど、互いに互いの戦力というのは見えていないんだ。だから、どうやって世界を動かす人間の潜在意識の世界で柔軟にやっていけるかだね。まぁ、そこら辺は向こうも一緒だから……まぁ、不明瞭な部分が多いと言えばそうだね。でも、やっていくしかないよ」


「そうだね、しっかり遂行出来るように頑張ろう」


 会話が終わると、彼はまた忙しそうに何処かへ行ってしまった。


 その後の自分は、広さとしたらホテルの一室が五部屋ほどくり抜かれた、広々としている多目的な休憩所で時間を潰した。ソファーの端っこでずっと戦闘服の居心地を確かめていた。ヘルメットを被って、視界を遮るとそのヘルメットの中だけは自分が持つ事の出来る唯一無二の戻り場所であると思えた、そうやって、自分は時間がただ経つのを待っていた。途中、そんな自分に缶の入った栄養吸収剤の混ぜてあるココアゼリーを手渡してくれてた男がいたが、その男はこんな事を言いながら自分にそれを手渡した。


「お嬢ちゃんなのか、それともそうじゃないのかは分からないが、ほら、飲みな。……ああ、悪い。男だよな、分かった分かったそんな顔をするなって」


 自分は缶の栄養吸収剤の混ぜてあるココアゼリーを飲みながらその男の話を聞いた。男は三十代の半ばのように思えた。少なくとも自分と男との間には心の隔たりが存在していた。男はヘルメットで視界を覆って俯いている、話しを聞いているのか聞いていないのか分からない自分に、ただ話しかけていた。自分は黙ってそれを聞いていた。なんとも言えない居心地の悪い雰囲気と騒然を躱すのにはちょうど良かった。男は周りの人間と時折挨拶をしたりしながら自分に向かって話をした。自分からしたらとても陽気な人間に思えた。


「あんたは知ってるか? あんたがどのような経緯でこの場所に来ているのかはとやかく聞くつもりはないから安心してくれよ。まぁ、この場所にはそんな奴らが沢山いるからな。まぁ、そんな事はいい。なぁ、あんたは知ってるか? これから始まる任務はまぁ、色々と俺自身も分からない部分がいっぱいあるんだが、俺は思うんだよ〝これは未来との代理戦争なんじゃないかなって〟。そんな顔をしないでくれ……って、まぁヘルメットであんたの顔なんて見えないんだけど、まぁ、それはいいとして。でもな、俺はずっとそう思ってたんだよ。世界を動かす人間の〝希望〟が狙われているんだろ? だったら、これは〝世界を救う任務なんじゃないか〟ってな。未来がどのような形になるかなんて分からない。それはそうだ。未来はどんな時でも不確定だからな。でも、もしかしたら今日のこの任務で〝未来〟が失われてしまうかもしれない。おお、怖い怖い。でもな、不安なんていらないと思うぜ。起きるかも分からない事に感情を奪われていたら、今この現実で成せる事も成せなくなってしまうからな。あんたが〝運命〟を司る人間なのかは分からないが、もしあんたが運命を司る人間ならば、一言言わせてくれ」


 自分は短く縦に二度頷いた。そして男は言った。


「作戦だけ知っていればいい。未来のことなんて逆に知らなくていいんだ。自分に正直になれ、自分の感覚を信じろ。ただ目の前の事に集中しろ。そうしていると分かるんだよ〝もしかしなくても、人間の感覚がそう感じているだけで、時間なんてものは存在しないってな〟。だからある意味その論理に従うならば〝人間は過去にも現在にも未来には同時に生きていると言える――〟それが今から始まる任務にどのような関係があるかって思ったか? ならば端的に言おう。〝――作戦が成功するか失敗に終わるかは、自分が〝成功する、しっかり遂行出来る〟と思った瞬間からもう既に任務は成功し、完了しているのと同じみたいなものだってことなんだよ――〟だってそうだろう? 人間は生きている最中にそう感じてしまっているだけで、実際に時間なんてものはなく、現在進行形で人間は過去にも現在にも未来にも生きているのだから。もしあんたが運命を司る存在、運命に好かれている存在ならば、自分の人生の中で〝未来の風を感じる瞬間〟があるはずだ。自覚していなくても、あるはずだぜ。もしそういう瞬間があんたの人生の中にあるのならば、この任務はもう既に完了しているようなものさ」


 ヘルメットの中のテリトリーで、ずっと考えていた。自分は運命を司る存在なのかを。未来の風が自分の人生に流入してくる瞬間というのを自分はこれと言って思い出すことが出来なかった。けれど、無意識的な自分は確かに感じている瞬間が少しでもあるのではないだろうかと思うことが出来た。そんな事を考えている自分のテリトリーに入り込んでいる意識は、男のこんな言葉によって脆く果てしなく崩れ去った。


「さぁ、時間だぞ。お仕事の時間だ。あんたに幸があることを祈っているよ。んじゃ、互いに生きて帰ってこれることを願っておくとするよ」


 自分の肩を叩きながら男はそう言うと、長い廊下のどこかにある自分の一室へと戻っていった。自分は急いでココアゼリーを飲みきった。そして、ある一室に人が集まっているのを見て自分もそこに行くと、そこはコントロール室だった。


 街やお店の中など様々な場所に付けられているカメラの映像が部屋のディスプレイ一面に映っていた。そしてそのディスプレイのある一面には世界を動かす人間の家のベットが映し出されていた。ベットの上、男が寝ている。それが世界を動かす人間であるという事を間違えるはずはない。自分が何度も潜在意識の世界に入り込んで対話を続けた〝彼〟で間違いはなかった。


 世界を動かす人間の潜在意識の世界に入り込むのには慣れていた。けれど今回は潜在意識の世界に入り込むのは自分以外にもコールド・オブ・ナーや、それこそ政府の人間も含まれている。つまりそれはいつも入り込んでいる小さな世界とは比べものにならないくらい広い世界になるという事だった。自分は一度取り外したヘルメットを再度被った。そして気持ちを入れ直した。

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