慢性的な避暑地 ⑧

〝それ〟に対して、自分達は酷く後悔に似た感情を植え付けられたかのように覚えていた。

 ベットの上で、自分達はただ抱擁だけを何度も何度も姿勢を変えて味わった。互いの過去や、これまでの執着や一緒に過ごしてきた時間の蓄積の一切を無視しながら自分達は味わった。


 蓮花の身体が火照りを帯びていくのが分かった。抱擁はとても心地良かった。蓮花もそう思っていてほしい、と素直に思った。自分達はただ、そうしていることを続けた。遮光カーテンの隙間から入る外灯の明かりはただ自分達二人を祝福もしていないし――そこに自分が感じたのは自分が悲観を覚えている事に対しの拍手のみであった。


 自分はどこに感情のやり場を作り出せば良いのか必死で考えていたかったけれど、それすら蓮花の抱擁が許してくれなかった。これから何度もこうなるんじゃないかって思った。それは間違いじゃなかった。未来の事を自分は完璧に分かる訳じゃないけれど、それだけは間違いじゃないと言えた。何故だかは分からない。自分達は恐らく一緒にこれからもいて、一緒に感情を共有していくし、世界の嫌な部分を見ていくことになるだろうと――まぁ、ハッキリと言えたら良いのだろうけど断言をしてしまう事が愚かであると言えてしまうくらいに、今の自分は昔と比べて馬鹿ではなくなったと感じられてしまったし、無知が武器だからこその勇気も持ち合わせていなかった。


 蓮花の肉体は肉体的な受難を思い起こさせるし、それを抱くことによって人生において急激に現実の訪れを迎える事になるのだろうけど、肉体の持つ肉体的な受難は今の自分達にとって互いの気持ちを埋め合わせる最高の処方箋になってくれた。自分以外の身体を受け入れた蓮花の肉体を、自分は容易に受け入れた。そして、彼女がもう思い出さないよう自らの色で上塗りをした。つもりだった。


 蓮花はシビトとしたセックスの時の事を自分に話しながら自分の身体を貪ってきた。今の蓮花にとっての自分は〝シビト〟だった。シビトとしたセックスの話をしながら蓮花は腰を振ったし股を開いた。それは自分にとって苦痛だった。けれど蓮花は、シビト君とのセックスはこうだった、彼はこうしてくれたわ、そんな事を自分に向かって言いながら腰を振っていた。自分は射精をしてしまった。蓮花にとっては〝シビトの色〟に染められていっていると感じているのだろうなと思った。その後も蓮花は自分の身体を貪り続けた。シビト君、と何度も呟きながら。otibaというお面が完全に崩れ去っていた。落ち葉と化した自分の事を蓮花は完全に〝シビト〟という人間であると思い込んでいるようだった。けれど自分は知っていた。――〝シビトという人間は、少なくとも自分のいる世界では存在しない、と〟。


 蓮花の口から発せられるシビトとのセックスのエピソードはあまりにも生々しかったし、それがより自分の〝記憶〟そのものの所在を根底から揺るがした。もし蓮花の言うことの全てが本当であったとしたら、自分は〝どこ〟で生きていたのだろうと本気で思ったし、冗談にもならない混乱は酷く心を揺るがした。自分の記憶が確かならば、シビトという男は存在しなかったのだ。


 でも、蓮花の肉体をその〝シビト〟と共有して、蓮花の言っていた言葉の端々が嘘じゃないと気がつくことが出来た。蓮花は嘘をついていないし、けれど自分の記憶だって嘘をついているはずがないと信じたい。自分の世界(この世界だって自分の生きている世界だけれど、それとは違う世界)にはシビトという人間は本当に存在しなく、けれどこの世界には存在していた……。


 蓮花の身体は嘘をつかない。その身体をシビトという男と共有して本当に初めて分かったのだ、自分は蓮花の身体に己の色を染めた第一人物ではないと。自分には上塗りをすることしか出来なかった。蓮花の身体はよりうねりを求めていた、疼きを止めることは出来なかった。そして蓮花は、自らがさっき口にしたのと同じ様に――シビトとのセックスを反芻するかの如く、蓮花はより強く激しく腰を振ってより一層能動的に男の身体を抱いた。

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