第一歩 ⑧


 一ヶ月、otibaという人間が私の現実から抜け落ちた。

 何故どこかに行ってしまったのかを説明する手立てを見つけてほしいと思ったし、まず自分が悪かったのかもしれないという思慮深い、けれどしょうがない考えがぐるぐると優しくカップに入った珈琲を掻き混ぜるような感覚で渦巻いていた。


 otibaと一緒に寝ていた布団だったり、彼の着ていた服だったり、まあ、元々otibaの家なんだからそりゃあどこを嗅ぎ当てようとも〝あの人〟 の匂いがするのは当たり前なのだけれど私は無我夢中で男の人の匂いを嗅ぐことを続けた。何が欠落したかも分からずに、何が私を埋め合わせるのかも分からずに、ただ前よりは煙草臭くなった部屋で一人眠り、一人吸い、一人死んだように眠っていた(それが本物の睡眠ではない事は私を酷く苛つかせる)。


 煙草臭く、薬臭くなった部屋に意識を戻す度、そんな事実に嫌気が差した。もしかしたらotibaはそんなだらしない自分が嫌になって出て行ってしまったのではないかとも思った。otibaが家からいなくなったあの時から私の中で何かが蠢いて、何かが唸り下腹部を揺らした。陰毛を震わせ、残留しているotibaの残り香を求めながら、そして自分は鼻元にotibaのお洋服を当てながら、自慰行為をし、それは瞬間的に絶頂まで私を連れて行ってくれた。


 そんな事象がもたらした結果というのは、彼に対して〝淋しい〟という感情を抱いてしまった、という事だった。そんな感情は私を置き去りにしましたし……それをどう表現すえればいいのか検討もつかない。激しく唸るようにotibaのお洋服の中で泣き叫んだ。身体の内部から大事な芯が抜けてしまっているように感じられた。肉体を捨て去ってしまいたかった。未だにotibaとセックスをしたときの精液が私の中に残っているなら、躊躇なんてすぐさま側に投げ出してそれをまた口の中に入れてしまいたいのに。それが私の、素直な感情だった……。


 私とotibaとの関係性が元々どのようなものだったのかは分からないしあの人がどう思っているのかも知り得ることが出来ない事であるし、私自身もどのような関係性として紡いできた数ヶ月間だったのかを反芻し、それを他人に説明することはできない。けれど一つ言えることがある。それは〝――私たちの関係性は、既に一、男性と一、女性という側面を遙かに超えたもの〟にまで肥大化して成長してしまった、ということだった。


 小綺麗な表情をしているかのような部屋の印象は脆くも崩れ去って、otibaの色彩が前々よりかは抜け落ちて、私色に染まってしまった。薬や煙草は私の内部に存在する遙かなる欠落を埋めてはくれませんでした。


 ――愛の意味を会いたいにしてくれたotibaに会いたい、自分は素直に、そう思った。

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