第一歩 ⑥
自分が家に帰る事はなかったし、それは必然であるかのように感じられた。それは必然として人生の陳列棚に(それは、DVDが綺麗に小綺麗で人間の矮小な気持ちを窺わせる表情を持ちながら陳列されているように)並んでいく感覚が自分には想像出来た。そこにあるべき存在が、そこにカチッと嵌まる音が想起された。
ボスとの会話に関しては覚えていることと言えば、限りなく政府の虚空実験のこと以外にないと言えるが、それはふとしたタイミングで、としか言えないけれど、思い出した事が一つあった。
――〝手を組むことになったお祝いに、こんなのはどうだ? お前を付け狙っている政府の事人間を始末する、というのは。政府中枢情報部が記憶フロッピーディスクの売人としてのお前を付け狙っている、用意された懲役は二百五十年分。一度懲役を喰らって、生きて帰ってこれると思ったら大間違いだぞ?〟
――その言葉は自分の心の奥に気持ち悪いくらい潜むように染み込んだ。自分はそれに対して何も言わなかったと思う。何も言えなかったのだ。ただ数度言われた通りに、自分には拒否権なんざ存在しない。そして翌日のマスメディアの載せたニュースによって政府中枢情報部の人間の死体が見つかったという情報が自分の元に知らされた。
***
それから時間というものが酷く自分の元から立ち去った。一日の尊厳が一日ごとに失われていくのが分かったしだいぶ大味な人生を自分が生きているのだなという事も分かった。
八月が自分の手元から零れ落ちそうになっている感覚が日頃の自分を埋め尽くしていた。その感覚も徐々に失われていくのも同時に自分の内部に存在していた事は確かで、そんな感覚が徐々に強まっていくのと同時に寄せては返す波のように、八月が自分の手元から零れ落ちそうになる感覚も消えていった。
そうしているうちに時間は無慈悲にも自分を押していき世界には九月という時期が訪れていた。自分は九月という季節に入るまでにずっと街を転々としていき、家に帰る事は一度も無かった。別にそれが重大な人生における事案だとも思わなかったし何かふとした余白に不安が流れ込んできそうになると、まぁいいでしょ、今くらい――そんな言葉を自分に投げかけながら、道端で寝泊まりをしている男から一本だけ煙草を貰って、それを吸うことをしたことも覚えている。
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