心中お察ししますっていうか、もうそいつは死んでるんだよ ③

 前回と、同じ場所に飛ばされた。

 前回と同じ様に海が近くにあるのか波の音が聞こえ、そして自分が先に意識を取り戻していて彼はまだ眠ったように意識を取り戻していない。

 死んだように眠っている、そんな表現が似合いそうなほど、彼は、中身の抜かれた倉庫のような建物の床に突っ伏していた。

 すごく時折辛そうな表情を見せるから、自分は彼の首を楽な方向に動かした。彼が起きるまで周りの環境音に耳を働かせ、自分は待った。


 周りを探索して気づいた事なのだけれど、この場所は〝どこか現実(自分達が日々生活している世界)〟に存在する場所なんじゃないのだろうか。でもそうすると疑問や矛盾が生じることも確かだからまぁ、どうでもいいと思って途中で考える事をやめた。どう考えても〝太陽が生きている世界〟というのは自分たちの生きている世界とは相反しているし、〝もし、この世界以外に世界が存在するのだとしたら――〟もしかしてあり得るんじゃないかな、となんとなく思ったりもした。なんとなく、だけれど。


 隙間が酷いくらいに空いている天井からは、太陽の明かりが直接自分たちの肌に届き、温められる身体と心は自分達が産み落とされた世界の酷さをより一層思い浮かばせる。どこまでも奥に、奥に続いている倉庫には開放感があった。まるで全て内容物を抜いてしまった救援物資のような外面だけのマトモさがある。

 窓があったであろう部分には窓枠だけが存在し、どこかから金属と金属をぶつけ合うような、空虚を感じる高い螺旋階段から下に金属パイプを落としたかのような、音がずっと聞こえているし、それがどこからなのかは全く想像もつかなかったけれど、音は恒常的にずーっと鳴り続けていた。


 そうしているうちに彼が起き、自分は、記憶を失った彼(彼は、毎回現実に戻る度に〝何を話したのか〟を忘れてしまうから。自分が誰と話しているのかだったり〝僕〟のことは覚えているようだったけど)。パイプ椅子に座った。自分の右手側には、ずーっと底が見えないほど奥まで倉庫が続いている。彼はいつも『ここは、どこですか?』と訊いてくるのだけれど、それは今回も例外じゃなかった。


「ここは……どこですか?」


 そうして、自分はいつもなんと返答すればいいのか分からなくなるのだ。貴方の潜在意識の中ですよ、とでも答えればいいのか、でも、そうしたら輪廻にとやかく言われるのがオチだなと分かっていたから、それはいつもしない。


「君が、心地良い場所だよ、そうでしょ?」


「はい、そんな気がします。」


 彼は自分より年上だったけど、いつも敬語で自分に向かって話しをする。彼は二十代半ばほどであるのに対し(恐らくそうだと思う、実際のところ本当の年齢は自分も知らない)、自分は十八だから……。


 少しばかりの会話を交えて、互いに波音に身体を許して、そして、いつも通りの対話をした。


 会話は難なく流れるように前へと進んだ。彼は〝いつも〟と同じように悩みを抱えていた。その全てが〝自分にも分かる事〟だったし、自分はそんな彼の悩みで混乱を覚えたこともあったから(多分、あったと思う)、自分の人生の脆さも振り返るように体感した。


「otibaさんは分からないかもしれないですけど、僕たちというか、僕が生きる世界には〝当たり前という概念があって、常識という可笑しいものがあります〟分からないかもしれないですけど……それが〝当たり前〟なんです。でもハッキリ言ってしまえばそれが息苦しいし、家と仕事場との往復が人生だなんて、可笑しい。虚しすぎます。それに、ただ生きるだけでも義務だってこなさなくちゃいけない。どんなに好きな事だけやっていても死にたくなるのに、生まれたいと言ったわけでもないのに生まれて、〝義務を押しつけられて〟……義務ってなんなんでしょう……? 人生って、なんなんでしょう……?」


「分かるよ、そんな世界のことも。でも、それは自分の主観でしかないかもしれないけど、思うんだよ。〝当たり前なんてものはない〟ってさ。当たり前なんてものはないし――でもそんな事を言うと〝常識から外れてる〟だとか、頭可笑しい奴扱いされて終わるのがオチだと思う、でしょ?」


「はい、そうです」


「でも、そんなもの聞く必要なんてないように思えるんだ。当たり前なんてものは、人間の思い込みにしか過ぎない――から。常識なんて自然に生まれた価値観じゃない。じゃあ訊くけど、常識ってなんだろう? 当たり前ってなんだろ? ……たった一つの明確な答えがそれにはあって、それはただ単純な〝そんなものはない〟……ただ、それだけだと思うよ……」


 それから先のことは、そこまで覚えていない。でも、ただ彼の表情が明るくなって少しだけ嬉しくなったことを覚えているし、自分が〝役に立ったのかもしれない〟と思ったことも覚えている。けど――義務ってなんなんでしょう……? その言葉にだけは、自分は答えらしい答えを明らかにすることが出来なかった。


 いいや〝しなかった〟


 〝義務は人を救わないが、人は義務をこなすことで生きている〝風〟な感覚を得る。別にそれが本質的な〝生きる〟ってことじゃないのに――〟


 もし蓮花に彼と自分との会話を聞かれていたらこんなことを言われそうだと思った。


 ――〝ねぇ、今の質問に正しい答えらしい答えななんてなかったけど、でもそれって貴方が〝義務にしがみついている〟ってことの裏返しとかじゃないの? ……本当に〝自分の人生を生きる〟っていうのは、義務だけをこなすだけじゃないって分かっているはずなのに。貴方はそれを無視した。それって〝自分の人生を消化試合にする〟というのと同義じゃない?〟と…………。蓮花との会話ならば、そう言われてしまいそうだ。


 ――自分たちは別れ際の際、まるでブラックホールに巻き込まれたかのような様相を見た。

 それは、ムーンライトが自分達を取り込んだのと真逆の動きで、現実の世界に自分達を追い返そうとする動きそのものだった。元の世界に戻る際、世界が歪んで見えた。彼の潜在意識の世界が〝我々〟に全てを集約をしていく様な様相で、吐き出されたものが、一度展開したものが〝また再度元に戻る〟その動きそのものであると感じられた。


 それは不思議な体験だった。初めてだったから、自分も最初はどこか異次元にでも飛ばされるんじゃ無いかと思ったけれど、元の世界に戻ってくることが出来たときは安堵した。皮肉なことに、この世界に戻ってこれた事に、深く、安堵した……。――そして、自分は、ふと思った。


 もし異次元のような世界があるのだとしたら、太陽がその世界に存在するのだとしたら、自分はそんな世界に行ってみたい。

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