心中お察ししますっていうか、もうそいつは死んでるんだよ ④

 この、生暖かい世界と世界の狭間のような季節の時に自分は、とても不安定なメンタルを抱えていた。

 それが〝どのような〟事象を抱えてどのような要因によって形成され、どのような事象を生み出しているのかはとてもわからなかった。自分が関与できる範疇に〝それ〟がないような気がしたし、仮に何かに自分が依存をしていて〝中毒〟を覚えていたとしても、今の自分にはどうすることも出来ない様に感じられた。それが〝人生の必然であると――〟思わされているかのように。これまでの自分が見ていた世界とは大分違う世界に来てしまったように感じられた。本当に違う世界に来てしまったのかもしれないし、――ムーンライトを通ってこの世界に帰ってくる事は何度もあったけど、このようなことが起きた事は初めてだった。


 けれど自分は今まで通りの生活を続けていた。蓮花と共に過ごし、世界を動かす人間の生活を見守り続け(ムーンライトを使って、彼の潜在意識の世界での対話は高い頻度では行わない)、そして自分は、自分の人生の中に中庸を探し続けた。どうなれば満足するのかも分からずに。


 ――自分は〝昔のこと〟を訊かれる事に嫌悪感を抱く人間であるけれど、それは昔からだった。


 子供の頃から〝背後に、自らの影として存在し続けている過去や記憶してきたもの〟に対する嫌悪感が理由となって〝過去をほじくり返されるのが嫌い〟という人間になってしまったのだけれど、その時(小さい時)はそれが普通だとも思っていた。けれど違った〝人間は、本当に存在していたのかすら確かめようのない〝過去〟とやらにとても興味を示すし、しかもその過去とやらに〝価値〟を見いだす生物なのだと気がついた〟。そこからより一層過去に、自分の背後に順番待ちみたく立ち並んでいる記憶に嫌気が差し始めた。だから〝今〟の連続で世界が構成されているように思えるし、もしかしたら過去も今も未来もただ因果が存在するだけで〝時間〟なんて概念は関係なく、ただ単純に〝過去も今も未来も同じテーブルの上に広げられていて、そのテーブルの上で後ろに存在する物事を〝過去〟と呼び、中庸に存在する物事を今と呼んで、前に存在している物事を〝未来〟と呼んでいるのではないのだろうか――と。〟


 でもその思案すら信頼性の欠如しているものだと感じた。何故ならば自分には〝今――〟ただ、今この瞬間とその連続しか目の前にないからだ。


 ――自分は昔、権力に手を貸してしまいそうな時があった。それは〝政府〟という強大な権力に対してで、その時の自分は少しだけなら、政府がどんな事をしていて、どんな事をこれからしようとしているのかが分かっていた。

 けれど、実際の実像としての政府を眺めていると、自分はその〝権力〟に対して力を貸そうとした事自体、愚かなことであると思った。その経験が嫌になり始めた時に、自分はどこにも属さない生き方をしようと決めて、そこから輪廻に出会って、自分がこの世界で見てきた歪さと息苦しさの原因が答え合わせのように理屈として自らの体内に落ちてきたのだ。


 降音という神々の居場所を知って、輪廻という存在に出会って、確証とまではいかなかった、自分が感じていた歪さの答え合わせの中で、一つだけ〝断言〟できるものがあった。それは――〝この世界に住み着いている人間の大部分は(大部分かは分からないが)、自分の経験してきた記憶と違う記憶を持っている可能性がある――〟という事だった。昔生きていた世界と、今生きている世界が、ハッキリ言って〝違う世界である――〟という事も、断言出来た。


 そう確かなる〝答え〟のようなものに辿りついた時、激しい混乱が自分を襲った。


 激しい混乱とも言えないような、何にも代え難いうねりを体感した。それがなんなのかは分からなかった。とても怖かった。まるで、木を引き抜こうとしたら、地面まで崩れ落ちてしまったかのような、そんな〝喪失感と虚無〟を全身に覚えた。


 ――政府に手を貸してしまいそうになった経験と、輪廻に出会っての自分が抱えていた歪さとの答え合わせというのは通ずるところがあった。それは〝自分が抱えていた世界に対する歪さというものは〝政府〟が主導でやっている――〟という、確かなる現実であった。


 自分は記憶フロッピーディスクの売人をやっているけれど、それは〝様々な人間の記憶を手にして、同じ様な記憶を植え付けられていないか〟を探る為でもあった。勿論全員が全員同じ記憶を持っているだなんて言わない。けれど自分が政府に手を貸そうとしてしまっていた時に知った一部の計画の中に〝人々に架空の記憶を植え付ける〟という項目があったから、それで自分は、〝人間の記憶〟について扱う立場に置かれることを選んだ。それは自分の人生をも総じて良い方向に持っていったし、自分はその立場にいる事を好んだ。


 何故そんな計画が出てきて、何故人々に架空の記憶を植え付ける必要があるのかというのを必死に考え込んだ。そして、一つだけ仮定にしか過ぎないけど憶測が生まれた。それは――

 〝もしかしたら、記憶を植え付ける前の人間達は〝この世界に太陽が存在していた時代から生きている人間〟であり、この、今の現行の不可思議な世界に疑念を浮かばせないために架空の記憶を植え付けているのではないのだろうか?〟ということだった。


 ――窓際でそんな事を考え込んでいた自分に、蓮花が話しかけてきた。


「ねぇ、太陽って本当にこの世界にないのかな。もしかしたら私達は太陽を隠されているだけで、もしかした本当は存在していたりしないのかな?」


 何故そんな事を思ったの? と訊くと、彼女は〝なんとなく〟と答えた。


 自分は少しだけ悩む素振りを見せてから、蓮花にこう返した。


「太陽なんてとうの昔に死んだよ。隠されている可能性というのも考えた事があるけど、それは違うかもしれないと思うんだ。太陽なんてとうの昔に死んだよ。彼らはやってはいけないことをやってしまったんだよ」


 太陽なんてとうの昔に死んだよ、自分からしても思いがけない言葉だった。この世界に、太陽は存在しない。けれど直感で分かる、自分は太陽を愛し、太陽の存在する世界で――………………ひとつのことを望む。

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