第11話 エギジャと出立

 世も明け、早朝。いつもの如く俺は起床する。


「ああ眠い」


 昨日変な夢見て起きちまったんだよな。

 なーんかダンたちと話してたような気もするけど思い出せんな。


「おはようございま…え」


 ぼおっとした頭で階段を降りれば食卓にはダン以外の全員の姿が。エリナ以外はみんな着飾っている。


 こんなに早くみんなが集まるのは初めて…ってかそもそも厨房係のナーナも食卓にいるのはおかしくないか?


「おおめブホオ」


 あさっぱらからダイニングの入口でいつも通り頭をうつダンの音でやっとフリーズ状態から開放された俺は、ひとまず席に座る。 


「いてて…俺で最後か。よしっ」


 ダンも着席したところで、俺は切り出す。


「あの、今日なんかありましたっけ」

「なんか?」


 エリナが反応する。


「フフッ。アイクもまだまだね」

「え?」

「ほら」


 エリナの掛け声で、一斉にテーブルの下からみんなが何かをとりだす。

 全部ラッピングしてある。


「お誕生日おめでとう!アイク!今日はあなたのエギジャよ!」

「え…?誕生日…?」


 そういってエリナ、ダンそして使用人一同はプレゼントを差し出す。

 ああそうか、俺、誕生日か。んでなんか祭りにいかなきゃなんないのか。


 誕生日…誕生日な。そっか。


 しかもプレゼントか。初めてだ。

 少し心が踊るな。


「よしアイク、俺からはこれだ」

「?なんですか?これは」


 最初にダンから渡されたものは大体20センチ四方ぐらいの小さな小箱。

 俺の寝ぼけた顔が写っている。材質は…鉄か?


「いつもの如くこれは俺謹製の魔導具だが、今回ばかりは気色が違う」


 ああそれ自分で言うんだ。


「開けてみろ」

「はい」


 そう言われたので封を切り、開ける。

 すると中には鋭い短剣が入っていた。何かの紋章と魔法陣がある。


「まあお前はもらっても嬉しくないかもしれないが、ここらへんで”ホリック”と呼ばれている、木に切れ込みをいれると火を起こすことのできる短剣だ。あともちろん護身用にもなる。」


 おお、すごい!めちゃくちゃ便利だ!



 ダンはなんかちょっと脂汗をかいた顔のままで話し始める。

 なにか焦ってるのか?


「はい」

「よく聞いて欲しい」

「…はい」


 どうやら大事な話が始まりそうだ。


「これは俺が初めて作った魔導具で、半生をこれとともに過ごしてきた。新たなる門出を祝うのにはちょうどいいだろう。と、いうことでお前にこの剣を授ける」


 胸に手を置き、目を瞑ったままダンは話を続ける。

 おおすごい。魔術師ダンの初めての作品。ダンのおさがりか。これは心が踊るぜ。


 それに俺の門出を…


 ん?門出?


「やはりこの剣を渡すからには馴れ初めから話しておかねば…」

「あの、父さん。門出ってなんですか?」


「「あ」」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「ええ〜!?俺が州都アゾの街に五年間留学?俺まだ三歳…あそうか、まだ四歳ですよ?」


 なんだそのびっくり情報!なんでそんな情報を俺が知らないの?


「いや、なんか大丈夫かなって…てか言ってなかったっけ、昨日の夜に」

「いや言ってないね。言ってないですね」

「あー、まあなんとかなるかって思ってね」


 いやいやなんだそのいい加減な理由は…


「ええ…」

「半分冗談だ」


 冗談、半分。

 いや半分はほんまなんかい…。


 ふうとため息をつくダンは、上を見ている。天井を。

 そんなもん見てて楽しいか?


「まあそもそもお前は天才すぎる。故に危険すぎる。ようするに頭でっかちのアホに成り下がる危険がある」

「は?」

「ちょ、ちょっと!」

「わ、若になんてことを!」

「俺はお前がそれで増長するとは思っていないが、やはり外界の同年代とは関わりを持っておくべきだ」


 あー、そういう感じね。出る杭は打たれるっちゅーもんですか。

 ぬぁるふぉーど。


 級友みないなのを作れと。向こうの学校で。


 おk。


 いや厳しいな。うん。いまんとこ家族…とあと使用人としか話したこと無いな。

 ああん、無理。無理だわ、あたし。


「外の世界を学んでくるんだ、アイク」

「…」

「それはそうとだ…なんだ?どうした?朝っぱらからそんな顔で」

「い、いえ、なんでも、ええ、もちろん行きますよ、拳でね」

「…は?」

「わ、若様?」

「アイク様?」


 あ、やべ、テンパって変なこと言った。

 何やねん拳って!まだ俺四歳やろがい。


「ねえやっぱり心配だわ私。アイクにはまだ早すぎるんじゃないの?」


 あ、ほらエリナが心配してる!

 だめだ!今母親は妊婦でナイーブ!心配させるわけにはいかない!


 なによりおなごに心配されたら男が廃るぞ!


「ええ、大丈夫です。五年間、ばっちりと学んで帰ってきますよ、ええ」

「お…」

「どうされました?父様」

「お前切り替え早すぎないか…」

「ええ、それこそが俺です」


 うん、ここは堂々と行け。スパナでぶん殴られてた建設現場を思い出せ。はぐらかしは得意分野だ。

 ここにきて世の中の二大ブラック企業の軍と現場での経験が生きたな。ハッハ。


 それを聞いてなにか思い当たったのかはわからないがダンは笑顔を浮かべ、言い放った。


「まあいい。とにかく向こうには優秀な魔術の教師とライバルがいる。しっかりと学んでこい!」

「はい!」



「若様…なんじゃそりゃ…」

「嵐…ですかね」

「…」

「ア、アイク…立派になって…」

「まだそのセリフで泣くのは早いでしょうが奥様…」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 取り敢えず冷めきった朝食を食い切ってプレゼントパーティーの続きだ。


「こちらです若様」


 眼鏡の赤髪。ルルからのプレゼントは一本の羽ペンとインクだ。


「わあ!ありがとう!大切に使うよ!」

「ええ、勉強なさって、御主人様のお支えにお早くなられますよう」

「うん、わかっているよ。本当にありがとう!」



「頑張ってくださいアイク様!応援していますよ!」

「ああ、ありがとう!」


 ナーナからはリュックだ。そこら辺の旅行者が持っているものだ。

 ちょっと俺には大きいかもしれないけどどうせすぐ成長するだろうし、色もデザインも好みだ。



「では最後にワタクシ…」

「まだ私が残ってるでしょ!」

「あ、これは失礼いたしました奥様」

「ん!よろしい!」


 エドガーとエリナの謎の問答によって俺にプレゼントを送るのはエリナの方が先になった。

 この二人はいっつも漫才してるな。


「ほら!アイク!お誕生日おめでとう!」


 エリナからは白にグレーで縁取りされたローブだ。これも少し大きいが、俺の銀髪も合わさって清潔感にあふれている。

 州都で自分より立場の上の人の居る場にはちょうどいいローブだろう。


 エリナのセンスの良さが垣間見えている。


「うわあ…めちゃくちゃいいですね!ありがとうございます!」


 取り敢えず感謝。マジ感謝感謝。


「さて、今度こそ最後ですね。こちらです。坊ちゃま」

「お、これは」


 ツルギだ。


 俺の手のサイズにピッタリの黒い柄に、俺にはちょっと大きい紺の若干のっぺりした鞘。

 控えめな装飾と俺の名前が「アイザック・ガータイス・ブラッドリー」と掘られている。


「剣?」

「はい。剣です」

「え?こんなん僕が持っていていいの?」

「勿論ですとも」

「僕、剣士にはもうなれないのに?」


 その言葉を聞いたエドガーは表情こそ動かないが、目線が少しだけ下がる。


「将来、坊ちゃまにも守るべき人ができるでしょう」

「まあ、できる…のかな?」

「ええ。できますとも。そして将来、様々な人とも出会うでしょう」


 エドガーしゃがんで俺と同じ目線になり、俺の手に剣を握らせつつ話を続ける。


「うん」

「どれだけ考えても信に値せざる者かどうかがわからない者が現れたときはこの剣を手にとって目を瞑って深呼吸をしてくだされ」

「…うん」

「さすれば、自分が信じるべきか信じないべきか自ずと答えは見えるはずですよ」

「うん。わかった」


 要するにあれか、嘘発見器で使えってことか。


「そして見栄を張るためなど言語道断。この剣はよほどのことが無い限りこの剣抜くべからず。ただし自分より弱き者、そして守るべき者が憂き目にあっている場合は迷わずこの剣をお抜きなさい」

「…」

「そこの間に壁は作らぬよう。将来の為政者として、公私を混同してはなりません」

「はい」


 そしてエドガーは一息おく。口は真一文字だが、目は笑っている。


「そして、辛い時はいつでもこの剣を見てブラッドリー家とティルスを思い出してくだされ」

「はい」


「この剣は、このブラッドリー家全員からのプレゼントです」

「わかった!大切にします!」

「ええ、そう言ってもらえて爺も嬉しいです」


 そう言われ、俺の手に剣が完全にわたる。


「ほらアイク、抜いてみて?」

「はい」


 エリナにそう言われ俺は鞘から引き抜く。


 現れたのはスラリとした白銀の剣。

 それなりに業物だ。絶対高い。


「ありがとうございます!」


 多分人生で一番心のこもったお礼だったと思う。

 いくつになっても男子というのは武器には心を踊らせるものなのだ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「どうだ?なにか気になるものはあるか?」

「いえ、特には」

「そうか」


 昼下がり、俺達は妊婦のエリナと手伝いのナーナを家においてエギジャに出発した。

 エリナ以外が着飾っていたのはこれが理由だったのだ。


 今は屋台の立ち並ぶ路地を中心部に向けて一家全員で歩いている。

 横にはアクセサリー屋だ。勾玉みてえなのを売っている。店の旗には「ストーンパワーのご加護」と書いてある。


 なーにが「ストーンパワー」だ。

 霊感商法はこっちでもあるらしい。


「ほらほら!勾玉だよ!東将トウショウ様だよ!」


 ん?なんだトウショウって。


「トウショウ様?とはなんですか?父様」

「おお、東将様。東将様ってのは、この大陸の四柱よんちゅうの一人だ」

「よんちゅう?」

「その四柱ってのはこのキヴェルディアの守護者で、それぞれ東西南北で、北神様、東将様、南神様、西将様のことだ」

「はあ」

「その四柱ってのはもうだいぶ前の英雄らしいのさ。それで東将様がいつも身につけていたのが勾玉だから、あの娘は東将様って言ってるんだ。因みに全員どれかの宗教の御神体だ」

「へえ〜」

「勾玉はメノウ教の神具だから、なにか特別な力があると考えられている。もっともそれがなにかはまだわかってないんだけどね」


 面白い。他の三人はどんな感じなんだろう。また家帰ったら調べてみるか。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 そんなこんなで約10分。歩いて出た先は大きな広場だ。

 どでかい屋根が覆い、一段上がったステージが用意されている。


 そのステージにダンと俺は登る。もう先に何人か待っているようだ。


 配置につき、静まり返った広場に向けてダンは喋り始める。


「皆、よくぞこの一ヶ月を働きぬいてくれた!感謝する!そしてこのエギジャをまた開催出来て本当に嬉しく思うぞ!」


「さて、今月生誕したものを順に発表していく!」


 そうしてダンは懐から紙を取り出し、名前をとりあげていく。


「ナカバ村、レノウ、ムラギシ、ラドゲレ…」

「グラリス・グラケル、ガデキ・グルーヴェル、そしてアイザック・ガータイス・ブラッドリー!」


「…ふう」


 俺の名前が呼ばれる。瞬間、すこし会場の熱が上がる。

 恥ずかしい…


「おお、あれが領主様の御子息…」

「なかなかに利口そうな顔ね!」

「大丈夫か?顔青いぞ?」


 ダンは続ける。


「これより、ここの29名は、年を一つ持ち越す!今宵、無事に年を越せたことに感謝を!乾杯!」

「「乾杯!」」


 そうしてみな、右手拳を突き上げる。

 これが伝統作法らしい。なんとも風変わりなものである。



 その後、みんなにもみくちゃにされて、俺のエギジャは終了した。

 人生初の体験だった。


 割と、楽しかった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 エギジャが終わり、2日。

 あれよあれよと出発の時がきた。


「忘れ物はない?」

「ありませんよ」

「ほんとに?」

「ほんとです。一緒に確認したじゃないですか!何回この問答するんですか…」

「心配だわ〜」

「大丈夫ですよ、もう…」

「奥様…」


 玄関。さっきからずっとエリナと問答している。

 さっきから乗り合い所まで俺を運んでくれるウチ付きの馬車をまっているのだが、もう小一時間ずっとこんな感じ。


 うっとおしいったらありゃしない。


 ああ、それにしても緊張するなあ。

 学友か…


 またいじめられないように、今度は外交努力を頑張ろう。


 今度こそ、期待に答えるんだ。


 なんて思っていたら急にダンが出てきた。


「アイク」

「はい、なんでしょう」


「正直、お前でもこの留学は不安かもしれない」


「けど」

「けど?」


「けどまあ、なんとかなるだろ」

「はあ?」

「それぐらいの気持ちでいけ」

「はあ…」


 なんか力が抜ける。なんか凝り固まったエトセトラがバーニングした感じ。そう、なんか燃え尽きたような。


「力の入れすぎなんだよ」

「…それ父さんに言われたくありませんね」

「はっは!久し振りの父親の威厳だ!」


「アイク、前の誕生日の短剣だが、あれは父さんが一番最初に作った魔導具だ」



「俺は一時期、このブルガンディを巡る戦いの余波で露頭に迷った事がある。」

「!?」


 なんとここで衝撃のカミングアウト。

 俺の知らないサムシングが中枢で起こっているらしい。


「箝口令が敷かれているからあまり大きな声では言えないが、お前の爺さんが死んだ後にブルガンディ州都が急襲された」


「占領されこそしなかったが、州都は荒れ果て、領主は殺された。そしてその責任を負わされ、時の三頭議長によってこの一帯の領主はみな更迭された」


 ええ?それだけ…ではないけど、更迭?クビ

 マジで?厳しすぎない?


「厳しすぎると思うだろう」

「はい。いくらなんでもそれは…」

「だが、仕方のないことだ」



「現在の国の仕組みは大きく腐敗している」


 え?そうなのか?

 そうは思えないが…


 だが、使用人たちも目を伏せていて、この事が事実であることを物語っている。



 そして、そのことをあまり大手を振って話せないことは間違いない。


 隣の国ばっかり見ているわけにはいかないというわけだ。



「その実情を知るにもお前にはいい機会だろう」


「俺は結局、またここの領主になった奴が失脚して、民に乞われて領主に返り咲いた。それで民に還元せねばと、日々善政を心がけている」


「今の生活を普通だと思うな。いつでもこの生活は崩れ行くんだ」


「向こうにいるブルガンディ州の領主はこの国でも有数の権力者、三大宮家グラックスの『V』の一族、ラガレス・ヴェノザンビーク・グラックスだ。きっと色々なことを直接お前に叩き込んでくれるはずだ!」


「吸収して、もっと強くなれ!アイザック・ガータイス!」



「はい!」


 俺の、初めての留学が始まる。

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