間話 ダン・ブラッドリー

(ダン視点)


 英雄丙歴33年、俺に息子が生まれた。

 俺は21歳。エリナは19歳だ。


 周りに比べたら遅かった方だろう。


 やっと授かった子供。


 俺はダーリア教に入信している。北の神である北神キタガミを信仰する集団のことだ。


 子供が授からなかった時は生命を司る北神の神殿に何回も足を運んだものだ。ようやく努力が結ばれた、と俺はとても歓喜した。


 しかも生まれてきたのは跡継ぎ男の子だ。


 その時はティルス中が歓喜に溢れ、エギジャもとても盛大なものとなった。


 師匠に名付けをしてもらい、自分でも名付けた。アイザック・ガータイス・ブラッドリー。我ながらかっちょいい名前を付けれたなあと感心した。



 生まれてきた赤子は、天才だった。


 生後八ヶ月での術初めで泣かずに、読み聞かせしたあとすぐにエリナから本をひったくり、読んだ内容を全て理解し、そのあと俺が買ってきた本も全部読破した。


 神童だ。


 話し始めるのも一歳から。


 三歳になるまでずっと本を読んで過ごす。子供用玩具にも全く興味を示さない。

 あと好き嫌いもない。俺の嫌いなピーマンも好んで食べる。



 アイクが二歳になった頃、俺はそれを記念して玩具をプレゼントした。


 俺謹製の喋る自律人形だ。


 アイクが喋った言葉をオウム返しするかわいい羊型の人形だ。


 言うなれば、人工知能とでも名付けるか。

 主の命令に従い、主の好まれる行動を取るのだ。


 主の言葉を復唱して文字を確認、解析。そして次に主が望む行動をする。



 現時点の俺の制作ナンバーで言えば7。



 No.7 熟成された身代マチャード・ランサム



 俺は幾度となく、何千、何万と魔導具を作ってきた。

 故にその腕に絶対の自信があった。


 俺と領地を繋止めていたのも、魔導具だ。

 俺は魔導具と魔術だけでこの世を生き抜いてきたのだ。



「うわあ!父様!魔導具ですね?」


 息子はまず魔導具自体を見破った。

 正直それは予想どおり。


 三歳になったばかりの息子から出てくる言葉とは思えないがまあギリセーフ。うん、セーフ。


「うわあ!この人形、僕の後を追ってきますよ!」


 走っているのをまるで見せつけるように、アイクが言う。


「この人形、とてもいいですね!気に入りました!ありがとうございます父様!」

「ん、うむ」


 そして喜んでいる。凄く。

 気になる。


 なんでそんなに棒読みなのか。


 思い出す。



 決して父として感じてはならない嫌悪感。


 何故かだぶる社交界の光景。



 なぜか重なって見える、笑顔。



 こんな子がいるのかと思った。


 が、俺の息子だ。



 早熟でませた子



 そう思うことにした。

 使用人一同は憑き物の心配をするが、俺は気にしない。


 たまたま俺達の息子が天才だったという、喜ばしいこと。それだけだ。




 術初めで泣かなくなった日から魔術の知識入れは始まる。

 そこから闘気の発現の練習をして、知識入れの開始から3年経つまでに闘気を獲得出来なかったらもう一生闘気を獲得できることはない。


 体を幼少期から闘気に適合する、魔力を纏えるように作り変えるのだ。

 こうすることにより戦士として生きていくのに必要不可欠な闘気と身体強化を手に入れることができる。


 その後に魔術か剣術などの戦術を練習するかで分かれ、魔術師は主に後方支援と遠距離攻撃。戦士は前線で指揮をとり、肉弾戦。


 闘気を会得し、敵の魔術を逸らす技術を身に着けた相手の戦士には魔術は効かない。



 この世は戦士至強時代。魔術師の地位は低い。大昔に立場が逆転したっきり、ずっと魔術師は狩られる側だ。


 といっても闘気が無くても戦士になることができるハンター冒険者バンディッツ野盗者達の間では重宝されるらしいが…。


 とにかく、対人では魔術師は弱い。


 さらに社交界において武勇は一つのステータスだ。



 早めに社交界デビューさせたいところなので、処世術うんぬんかんぬん以前に武勇の特技を持たせておきたかったのだ。



 だが、やはり息子は天才すぎた。


 アイクが最初にこの世で知識を得たのはまだ一歳にもなっていない時。

 これはあまりにも早い。


 世の親、特に貴族の親は子供になるべく早めに知識を付けさせる。

 自我が芽生え、闘気を発現する訓練をサボるという行動をなるべくさせないためだ。


 基本子供は育てば育つほど親の言う事を聞かなくなる。

 だから世の貴族の親は血眼になって訓練をさせるのだ。


 人間の物心がつくのは約三歳。


 よって三歳になるまでに読み聞かせるなどして本を読ませる習慣をつけさせる。


 本をずっと身近においておくことで、初めて子供が自発的に本を手にとってから三年数えおわるまでに闘気を覚えさせるのが一般的な辺境貴族の子育てなのだ。


 そして大体二年は知識と行動範囲を増やすことに重点を置き、残りの一年で発現訓練だ。

 だから俺が初めて訓練したのが五歳であり、アイクの初めての訓練は三歳であったのだ。



 俺はアイクが走れるようになるまで待って訓練を始めた。

 仕方ない。走れない内は訓練どころではない。


 そう思っていた。



 おかしいと感じたのは最初の訓練。



 俺はアイクを潰してしまった。


 いや、確かに俺はアイクが天才だから沢山の訓練を課した一面もある。

 それでも、俺は正気を失っていた。


 普通、この年の子供が体に負荷をかけると、兆候が現れる。

 まるで体の内部から魔力が溢れ出るような。


 実際には見ていないのだが、幻影とでも言うべきか。


 とにかく、その時に溢れ出る魔力の量で大体闘気が現れるか現れないかが決まる。



 でも、息子はその兆候すら出なかった。



 俺は一時期都で先生をしていたことがある。

 戦闘職に就けなかったからだ。


 その時に闘気の訓練をしている様子を見たことがあるが、少なくともアイクのような例は見たことがない。



 戸惑いが隠せなかった。

 と同時に、俺の知りたいと思う心が刺激されてしまったのだ。



 その後、息子に俺のバックグラウンドを話した。


 まず俺のやってしまったことを謝罪した。

 そして息子が訓練を受けなければならない理由を話した。


 民を守るために領主になるんだから、守る者たちも見ておかねばなるまいと視察にも行った。



 息子は、多分納得してくれたと思う。


 あれから俺は息子の顔をまともに見ることができなくなった。

 そして変わらず接する事ができるエリナが羨ましかった。


 自分の気持ちに気づきたくなかった。


 息子は最後まで、闘気を発現出来なかった。


 結局のところ俺は小心者だった。



 息子に話せていないことが沢山ある。

 何から話せばよいかがわからない。


 顔を上げると、そこには俺を真っ直ぐ見つめるアイクの姿があった。



 俺とは大違いだ。


 気概も、知恵も、何も、かも。



 俺は予感した。


 いずれ来る15年前の来襲。



 その主役はきっと俺ではなくこの子であろう。と。

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