第九話 焦燥

「十五!」

「よし、あと五本だ!」

「おええ…」


 走る!走る!走る!本当に傭兵時代を思い出す!


 筋トレぐらいあればいいんだけど、俺の体ができるまでは体力づくりが優先だよな…。


 もう一ヶ月ぐらいこの訓練を続けている。にもかかわらず俺の体には闘気の闘の字もない。

 流石にダンも焦りが隠せなくなっている。


「十七…」


 俺、やっぱ闘気を習得出来ないのかなあ。


 いやいやダメだ!弱音を吐くな!


 痣作らずに生きていけるだけで素晴らしいことで、俺にとってはもらいすぎだろ。

 親の期待の一つや二つぐらい応えて見せろよ!


「クソっ」


 朧気な不安を抱えながら、日々は過ぎていく。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 場所は中庭。木剣を打ち合う乾いた音がする。


「せい!うりゃ!」

「甘い!」

「ぐわっ!」


 体力がつき始めると同時に剣術の訓練も始まった。先生はもちろんエリナだ。


 闘気の発動のきっかけになるかもしれないとのことだ。だが流石にエリナは強い。一度も勝てないどころか、まもとに攻撃もできない。



 この世界の武術や魔術の腕前は五級五段で表される。

 例えば火魔術。火魔術にも階級があり、難易度が低い順に、五級〜一級。それぞれ五級と四級で下級火魔術士。三級二級で中級火魔術士。一級で上級火魔術士となる。そして一段〜五段。一段、二段で英級。三段で王級。四段で聖級。五段で帝級となる。


 これ以上の難易度の魔術を使いこなす奴がいたらそいつは神級だが、全ての系統の魔術をあわせて歴史上を見ても両手で数えられる程の人しか使い手がいない。


 神級魔術を使うと、世界が滅びる可能性もあるそうだ。

 さながら核兵器だな。


 これは剣でも同じだ。


 この世界の流派は大きく分けて4つ。敵の急所に最高の一撃を叩き込む正伝流、防御と受け流しで相手の態勢を崩し、カウンターで相手を仕留める甲源流。家元が龍神であり、魔族と人族との戦争で使用された一番少数派で世界でも使える者はほとんど居ないのにもかかわらず、その強さ故に最も有名な流派である龍神流。そして最も変則的であり、機動力と防御、攻撃を同時に行う八双流。


 剣も、例えば三段に列せられた正伝流の剣士になると正伝流剣王を名乗ることができ、基本は略され正伝王と呼ばれる。そして龍神流以外の流派の中でも最強の剣士を”皇”とよび、家元となる。


 この4つの流派に家元、正伝皇、甲源皇、八双皇、そして龍神を全て合わせて四皇と呼び、世界最強の座をほしいままにしている。今代のそれぞれの強さは強い順に龍神 正伝皇 八双皇 甲源皇の順だと聞くが、本当のところは誰もわからない。


 わかっていることは、龍神と八双皇の戦いでこのキヴェルディア大陸と魔大陸の海岸線の距離が約500キロ離れたということだけである。


 とんでもなく怖い人達だ。ぜひとも戦いたくない。


 エリナは八双流の上級剣士。八双流は「倒せればよかろうなのだ!」というなんともアバウトな流派で、エリナは大剣使いだ。エリナは闘気を発動することができ、その恩恵の身体強化魔法も使えるので、重い金属も持ち上げるのが可能なのだ。


 流石にチート過ぎる。闘気。


 もちろん闘気無しでも生きていくことは可能だが、あまり仲良くない国の隣の領地で、将来的に戦闘が起こることが予想される地域な以上、やはりその頭領たる人間が戦闘でバグ技とも取ることができる闘気を発動させることは絶対条件だろう。剣や槍使いの戦士にならずに魔術師になるにしても、結局戦場をかけずりまわり、かつ攻撃を食らっても生き延びやすくなるはず。


 真面目にやらないとな。


「相手が自分より大きい時は剣を下げてはダメよ!特に相手は闘気を使えるのだからそのまま押し潰されるわ!剣を上げて受け流す態勢を取りなさい!」

「っ!はい!」


 っといけないいけない。落ち着いて集中しないと。


 元の世界の日本式の剣道の基本型は確か中段だったはずで、上段が扱えるようになるには高校生からのはずだが、この世界ではそんなセオリーなどという言葉はない。まあ刀ではないから一概には言えないんだけどね。


 しかし腕が震えてしんどいな。腕立て伏せ始めるか。やりすぎない程度にな。


 でも鍛え方がわかっているのは本当にでかい。前世から自分をいじめるのは得意だから来年には俺はムキムキだ。


 傭兵生活も無駄では無かったのかもしれない。


「そこお!集中してないでしょ!」


 エリナの木剣が飛ぶ。


「ヒイっ!」

「避けるなあ!」

「ヒイ!」


 …強すぎ。



 このあとめちゃくちゃボコられた。



いっべえいってえ

「もう!男の子でしょう?しゃんとなさいな!避けてばっかりじゃない!」

「があさまばぶよぶびぶんべぶ!」

「え?なになに?」

「ゲボッ。母様が強すぎるんですよ!」

「あのねえ。避けたら闘気の発現の練習にならないじゃない」

「うっ…」


 そうだ、目的を見失うな。ちゃんとしろよ。


「もう一回、やります」

「そうこなくっちゃ!」


 エリナがニッコリと笑って立ち上がる。


 構え。エリナは中段。俺も中段。


「あえて相手の剣は逆手から利き手に流すのよ!相手の剣を地面に誘導するの!」

「はい!」

「ゆっくりやってみなさい!そのまま相手に横薙ぎを入れるといいわ!相手は基本逆手。致命傷を入れやすいのよ!」

「はい!」


 なんつーか。すごいな。とても実戦に則した教えだ。


「ゆっくりやってみなさい!私の型から真似るのよ!」

「はい!」


 俺はエリナに言われるがままに剣を構え、ゆっくりと落とされたエリナの剣をいなす。八双流の三つある基本型の三、『踵落』だ。


 ぬるりと俺の肩の方に抜けたエリナの剣は地面に落ち、俺は横薙ぎをエリナの首筋に添える。


「よし、うまくできたわね!素晴らしい!」


 エリナ、剣を振るうときは別人だ。いっつも脳筋なのにめちゃくちゃわかりやすい説明でギャップを感じる。


 にしても美人だなあ。前世でもこんな人見たこと無い。ダンはいったいどうやってこの人を捕まええたんだろうか。


 俺も今度こそコレぐらいの美人捕まえたいなあ。幸い両親はイケメンだし、今から男磨いてコミュ障さえ直せばイケるかもしれない。


 いやイケる。あいきゃんどぅーいっと。


「なに?こっちみて」

「あ、ええと、母様は今日もお綺麗だなと…」

「あら、そうかしら?もう、この年からこんなことを言うなんて悪い子ね!みっち〜り鍛えて上げるわ!」


 そう言って大剣の木剣の先をこちらに向け、エリナははにかむ。


 純朴に俺と剣のことを考えていることが分かる笑顔。これでエリナが内心「今日の晩ご飯何かしら」と考えていたらいくら母親でもぶん殴ると思う。


「死なない程度に宜しくお願いしますよ…」

「なんでアイクはそんなに他人行儀なのよ…お母さん寂しいわ」

「あ、う、えと、お、おねがいします」


 い、一応これでも語尾にハートをつけたつもりだ。


「うおおお!」

「弱い!力が剣に伝わってないでしょ!」

「わわっ!」


 さっきの『踵落』で、今度は俺の剣がいなされ地面に突き刺さり、脇腹に一撃を食らう。


「うおっ」


 とっさに自分の剣を引き抜き、ガード。エリナの剣の重さで吹き飛ぶが、重心は崩されていない。着地と同時に崩れた態勢を立て直す。


 そして、また『踵落』


「甘い!脇をもっと締めなきゃ!」


 剣閃。俺の手から剣が弾け飛ぶ。威力を受け流しきれなかったのだ。


「ぐっ」


 瞬間、俺は横に転がり剣を拾い、そのまま遠心力を使いエリナに横薙ぎ。

 遠心力を使う斬撃は八双流の基本型の一『流撃』だ。


「おっと」


 剣がすっぽ抜けそうだが気合で耐える。


「甘い!」


 だがしかし、攻撃を見切っていたエリナの後ろ突き。体の後ろに剣を通し、俺の勢いをそのまま俺に返したカウンターは八双流の最もオーソドックスな攻撃様式、基本型の二『打突』。


 俺と剣先と剣の柄と俺が同一直線上に並んだ瞬間、エリナは背面を通したことにより体の位置からずらし、さらにその同一直線上おいた大剣を俺の剣先に叩き込んだのだ。


 体格差と闘気の差、そして武器の重さの差で俺は押し負けて剣の柄が手から抜ける。そしてそのまま柄は俺の胸にダイレクトアタック。


 俺の攻撃の反動+エリナの攻撃の力のダブルパンチをもろに硬いところで受けたので俺は吹き飛んだ。


「いい攻撃だったわ!でもまだまだ軽いわね!」


 ああ、この人…


「強すぎる…」



 剣同士の音は日暮れまで続いた。

 夕食時に俺の頭はたんこぶだらけになったのでダンが思いっきり吹き出していた。


 そして俺はエドガーに治癒魔術を掛けてもらい、眠りについた。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 それからも日々訓練は続いた。

 しんどい訓練だが、俺は全力でやった。


 全力でやった…が、闘気は、ついに発現しなかった。


 それでも、自分はできると思って必死でやった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 秋も濃くなり、俺の生誕エギジャまで残り一ヶ月。俺はダンの執務室に呼ばれた。


「………」


 なんとなく、呼ばれた理由はわかる気がする。

 分かる気はするが、そうでなくあって欲しい。


 そう思いながら、俺はドアを開ける。


「すまん、俺の力不足だ!」


 入るなり、ダンが頭を下げた。


「恐らく、お前には闘気の才は、無い…」


 平身低頭。その言葉がよく似合う景色だ。



 まあ、正直そうではないかと思っていた。

 なんて、強がりを言うつもりはない。


 なぜ闘気が幼少期の訓練によってでしか習得出来ないのかはわからない。

 わからないけど、俺なら、転生体の俺なら、習得できると思っていた。


 自分だけは特別だと思っていた。


 だがそれは、どうやら違うようだ。


「そう…ですか…」


 それにしてもあんだけの訓練をしたのに全てがドブとは、流石に来るものがあるな。

 まあポジティブに行くしか無い。体力はついたんだ。


 それに同じく闘気を纏うことができていないダンでも領主にはなれているんだ。


 俺でもできる。大丈夫。

 そう思うしかない。



 でも…やっぱり、期待に応えたかった。



 剣で生きるにしろ、棒術使いになるにしろ、体術使いになるにしろ、いわゆる『戦士』として戦いの前線に出て闘う職業には付けそうにない。


 自治区領主という特性上、ダンはきっと俺にそういう役についてほしかったんだろう。


 これができない以上、俺はダメ息子だろう。



 せっかくここまで俺を育ててくれたのに、なにも返せなかった。

 また人生の最初から失敗してしまった。



「俺の教え方が悪かったんだろう。最初からあんなに失敗して、お前に恐怖心を植え付けてしまったかもしれない」


「俺のせいだ。俺のせいでお前にこんな思いをさせてしまった。本当に、申し訳ない」

「ッ…」


 俺はとっさに顔を伏せる。



「あっ…ま、まあそのなんだ、要するにお前のせいじゃないってことだ」



 切り替えろ。


 そう、ダンの言った後に幻聴が聞こえた。



 一回、俺は自分の境遇について学校の先生に言われたことがある。

 そう、励ましでもなんでもない、ただ、言われる。


 中三の夏のある日、先生と面談していた時のことだった。


「三者面談あるけど、お前、親いないよな」

「いないです」

「おっけ、わかった。なんとかする」


 その二言だけ。めんどくさそうな顔はしてたが。


 それで終われば、良かったのに。


「まあ、なんだ、お前のせいじゃない。切り替えてくれ」


 お前のせいじゃない?

 なんのせいって、俺なんかお前にしたのか?


 そう思って、俺は振り向いた。

 そこには、変な顔をする先生の姿があった。


 俺を厄介者扱いする、先生の顔が。

 それには答えずに教室を出て、外で待っていた女の子と交代。


 チラリと後ろを見ると、満面の笑みでその女子生徒と面談する先生…。



 あ、俺、厄介者扱いされるのが嫌なのか。

 こんな子、産ませなきゃよかった。


 そう思われたくないだけなのか。


 子供だな。俺。

 前世生きてたはずなのにな。


 なんかアホらしいわ。



 結局、ダンって、頑張った俺を励ましたいだけじゃないのか?

 それを意固地になったら、それこそ前世と同じだろ?


 またあんな裏切り裏切られる人生を送りたいか?


 違うだろ。


 じゃあ何をするべきか?


 今はダンとしっかり向き合うべきだろ。



 俺は前を見る。ダンを。はっきりと。


 そして言った。


「俺は、貴方の息子で、とても感謝してますよ」


 俺は俺なりの笑顔で。


「あ、ああ」


 伝わり切ったかはわからない。でも、伝わり切らなくてもいい。


「ああ、本当にすまない。ありがとう…」


 ダンはまた俺に頭を下げた。

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