第八話 ティルスの里視察with父

「旦那様、なにゆえ若様を視察に?」

「見聞を広めさせるためだ」

「しかしですよ旦那様。アイク様はまだ三歳で、野盗なんかに襲われたりしたら…」

「……俺一人でなんとかなると思うんだけど」

「いけませんよダン様!若様が人攫いなんかに目を付けられたらどうするつもりなんですか!」


 ダンが使用人一同と問答している。

 まあとりま社会見学?あぶねえからやめとけってなところか。


 だがそれも仕方ないだろう。インフラが発達していないこの世界では野盗やら人攫いやらは容易に様々な所に潜伏できるのだから。


「だがしかしなあ――」

「でえい!」

「いってえ!なにすんだよ!」


 ドア前でたむろしていたダン達を吹き飛ばしてエリナが登場。さながら主人公である。とてもかっこいい。

 っていやいやそうじゃなくて。なにをしてんの?


「話は聞かせてもらったわ!私がついていけばいいのね!」

「「「「いやいやどっからそんな結論に…」」」」

「騎士団最強の私がいれば野盗も手を出しては来ないでしょう!」


 そういうとエリナは腕を組み、ニタリと笑う。


「大丈夫よ!この私がかわいい息子を護衛するのだから野盗には指一本も触れさせないわ!」

「あの、俺も守ってね?」


 ダンが自分を指さしながら言う。


「あなたは自分でなんとかなさい!」


 エリナの鶴の一声で俺の視察同行は決定した。


 ってかそんなにエリナは強いのか。騎士団最強なんだな。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 俺は馬車に揺られながら外の景色を覗く。


 ダンとエリナは先程からずっと胸焼けするような話しをしているので、必然的に俺はボッチだ。


 それはそうとさっきのダンの話からなぜ俺が視察に行くことになったのかがさっぱりわからない。


 取り敢えずダンの父親…俺の祖父か…がこの領地を守りきった立派な人格者だったことは分かった。

 じゃあそんな偉大な人物に俺をしたけりゃ、口答えされようもんなら殴ってやらせればいいじゃないか。


 ってなるのはさすがにKYすぎるか。


 前世では人との心のつながりを捨てすぎたせいで落ちるところまで落ちてしまったからな。

 人とのつながりには細心の注意を払わねばなるまい。


 今のところ何も無ければ俺は領主になる男。間違っても領民に「あいつKYやん」って思われたくはない。


 つまるところ、なぜダンが俺に魔術をけしかけようとしたのかを解明する必要があるのか。

 なるほど。こうやって一個ずつ相手の心情を埋めていけば大丈夫かもしれない。


 傭兵時代も大分辛かったし、俺絶対領主には向いてないような気がするんだよな。

 まあ仕方ないけど。家柄だし。


 ああ、じゃあ日記ぐらい付けておくか。俺の身の周りの人々の風貌、性格、好物ぐらいは記しておいて損は無いはずだ。


 さながら国語の授業だな。心情なんちゃらみたいな。ちゃんと授業受けててよかった。

 よし、問題文風に考えてみるか。


 問 ダンはなぜ、俺に魔術を教えるために視察に連れて行ったのでしょうか。本文中の言葉を使い五十文字以内で完結に答えなさい。


 って感じだな。



 ひとまず状況を整理しよう。


 ダンは俺に無茶な訓練を課した事を反省してもうしないって約束した後、それでも魔術はやってほしいから動機づけをしに俺と話をしたって事か。


 よしここまではオーケー。


 んで?ダンの話の内容か。


 ダンの父親は寡黙だったが人格者で、ダンの母親はダンが生まれてすぐ死んだ。

 そしてダンは5歳から俺と同じように魔力の訓練を開始した。


 だがダンは、この世界で戦士として生きていくのに必要な”闘気”なるものを会得できなかった。


 それをダンは、父を裏切ったと解釈していて、それが判明した一日後に父が何者かに襲われ死亡。

 ダンは領民を守って死んだ。


 じゃあそれを見たダンは、自分も命がけで領民を守って生きようって決めたってことか。

 そして俺達領主家が食えているのは領民が汗水たらして作ってくれた農作物と牛や羊のおかげで俺達は生きてて…


 ダンが父に伝え切れなかったことと、領民からの税金で購入する農作物。


 この2つに共通すること。


 つまり感謝か。


 ダンは男手一つで育ててくれた父に感謝を伝えられることなく終わっちゃったし、そもそも食いもんには感謝しろってことなんやな。


 んで、感謝の一環として領民を守る必要があって、それには魔術が必要不可欠と。


 あいしー。


 でもこれはダンが俺に魔術をさせたい理由と俺が領主にならなきゃいけない理由であって、俺が魔術をする直接的な理由にはならないよな。


 あそっか。その直接的な理由を今から見に行くのか。


 じゃあ答は


「ダンは俺に領主になることを望んでいるため、領主になるために絶対に必要になる魔術を学んでほしいから」


 って感じか。多分5点満点なら3点あるかないかの文章だな。

 ふわふわしすぎな文章だな。なんか見落としてるんだろうか。


 ああ、じゃあその理由を探しに行くんだ。今から。おけ。わかってきたぞ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



(ガノザ村)


「おお!ダン様!お待ちしておりました!」


 でっぷりと恰幅のある中年の村騎士、いわば村長が大手を広げて俺達を出迎える。


 向こうには湖が見えるここは、領内でも一番端にある村。馬車で急いで四時間程の旅路。半径三十キロ弱程のこの領内でも割と大きい村だ。


「やあ。元気だったかいヴェニトロ」

「ええ、ええ、おかげさまで」


 二ヤアリと笑うヴェニトロと呼ばれたとても騎士とは思えない背格好のおっさんは。とても愛想のよい声で言う。


 ……気色悪いなあ。


 本当に騎士か?こいつ。やだなあ。


 ひとまず挨拶を終えると、村の中を案内される。


「ここが塩田となります」


 まず最初に現れたのは塩田。枝条架と呼ばれる特殊な傘のような物が並んでいる。

 ポンプで湖底から汲み上げた塩水をそこに掛けて干すのだ。


「父様!これはなんですか?」


 俺は傘では無く、水を汲み上げるポンプの方に目が行く。

 そう、何を隠そうこのポンプ。魔導具なのである。


 この世界には魔法で動く物品が存在している。具体的には魔法陣を埋め込んだ魔導具や、この世界の何処かにあるという迷宮の中から発見される魔力具という、魔法陣がないタイプの物品だ。


 この2つの大きな違いは、魔力によって発動させるのが魔法陣で、魔力具が発動の際に魔力がいらないということだ。


 例えるなら魔導具が車のモーターや家電で、魔力具が水道の蛇口と言ったところか。魔導具には魔力が籠もっていないが、魔力具からは魔力具自体の魔力を蛇口を緩めて放出すると言った感じだろう。


 今回のポンプは魔導具だ。


「風魔術の魔法陣が彫ってあって、それに魔力を籠めると水が上がって来るのですよ」


 とはヴェニトロの言葉で、何でもこの魔導具の作成者はダンなのだそうだ。風魔術によって配管の中の空気が放出されると、ストローと同じ原理で水が上がってくるのだ。


 もうこの時点で俺が魔術を習うことは確定した。


 魔導具が作れるようになるなんて全然聞いてない。これは有益な情報を聞いた。めちゃくちゃかっこいい。俺も男の子。これにはテンションがアガる。


「こんなの魔術が使える者なら誰でも作れるだろう」


 喜ぶ俺に対してダンは苦笑いしていた。



 ヴェニトロは会った時の印象とは反して真面目な人だった。


「こいつは人相で損しすぎてるんだ。少しは痩せれば良いものを」


 ダンは俺のそんな無礼な言葉を聞いてそう答えた。

 やはり第一印象で人を決めつけてはダメだな。


 教訓がまた増えた。


「あ!ごりょうしゅさまだ!」


 小さい女の子がこちらに手を振り、ダンが振り返している。

 塩田をバックにした景色に、麦わら帽の女の子がよく映える。後は後ろにレトロな電車が走っていればさながら金曜ロー◯ショーのジ◯リ映画だ。


「のどかなところだな…」


 思わず口に出る。


 日本の田舎もこんな感じなのだろうか。都会の汚れた空気か戦場の血塗られた空気しか吸って来なかった俺だが、少しだけ望郷の念を抱くシャチクーマンの気持ちが分かるような気がした。


「俺、ここ好きかもしれないな」


 夕日が照る水面は、いつまでも輝いていた。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 その後俺は村でご飯を食べた。こっちの世界では珍しく塩が効いた飯でとても美味しかった。


「やっぱりこの村はいいわねえ。ついてきて良かったわ!」


 エリナがすき焼きを頬張りながらそんな事を言っていた。

 ああ俺は二の次なんだね。


 茅葺きの屋根に覆われた家に吹き抜ける風が夏の俺達にとってはとても心地がいい。

 観音開きになっている扉の向こうには篝火がたかれており、子どもたちが鬼ごっこをして遊んでいる。


 子どもたちが楽しそうに人目を憚ることなく外に出て遊ぶことができるのは、豊かな証だ。


「混ざってくる?」


 エリナが聞いてくる。


「いいのですか?」

「もちろん!」


 一瞬考えた後、俺は答える。


「じゃあ、混ざってきます!」


 駆け出して、後ろを振り向く。

 ダンとエリナが、陽炎に揺れていた。



「お、俺も入って良い?」

「え!?だ、だあれ?」

「あ!さっきのりょうしゅさまと一緒にいた子だ!」

「あ、え、えと、そうそう。俺は領主の息子で、アイザックって言います!よ、よろしく!」

「「よろしく!」」



 鬼ごっこは、門限を破ってカンカンに怒ったお母さんに一人が連れていかれるまで続いた。


 とても楽しかった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 帰り。あの後村で一泊し、朝イチで村を出た。


「アイク、どうだったか?」


 ダンが俺に聞く。



 なぜ、ダンが俺を連れて行きたがったのか。

 なぜ、ダンがこの領地に惚れ込んでいるのか。


 それは本人にしかわからない。

 そして、それをわかってほしくて俺を連れ立ったのだろうが、俺には残念ながら理解が出来なかった。


 親や先祖が代々守り引き継いで来た地。それに対してダンが誇りを持つのは当然のことだろう。

 愛国心に似たような心だ。


 国もプライドも借金も全て踏み倒して母国を飛び立った俺に、それはわからない。


 だがそれは、あくまでダンの気持ちに理解ができないと言うだけだ。


 俺も今回の旅で、ガノザ村自体は好きになった。


 温かい人、澄んだ空気。


 両方とも、俺が前世であまり触れてくることが出来なかった部分。

 それに触れることができる。それはすごく良いことだと思う。


 俺に領主は向いていないだろうが、魔術、取り組んでみようかな。


 そう思えるぐらいには、今回の旅は素晴らしいものだったと思う。


「魔術、やりたいです」


 俺は初めて、親に頼み事をした。

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