第七話 父様と魔術 1

「お前の爺さん、ソリド・ブラッドリーは、俺とは違い、剣豪だったんだ」




 忘れもしない。十年前の夏



「お父さん!今日は何をするの?」

「今日は魔術の訓練。覚悟しておくんだ」

「はい!」


 ひだまりの中、俺は父に話しかけていた。


 この会話の通り、父は寡黙で言葉足らずの人だったが、生まれた時に母を亡くしていた俺の母親代わりもしてくれていたんだよ。

 領主でもあったのによく俺の面倒を見れたなと今でも思う。


 あの人はいつまでも俺の模範だ。


 話がそれたね。そのあと、珍しく寡黙な父が話を繋いだんだよ。

 本当に珍しくて、今でも一言一句外さずに覚えているんだ。


「魔の力を操るのは全てにおける根幹だ。若いうちから魔の力を操る方法を見に付けておけば、お前は領民の手足になることができる」

「はい」

「だがダンよ。お前は決してそのことを他人に誇ってはならない。なぜならやって当たり前のことだからだ」

「はい」


 父は真剣な顔をして言ったよ。ちなみに俺はこの言葉を一言一句外さずに唱えることができる。

 なんて言うかな。生き方の哲学というか…。


 まあとにかく、お前もこれだけは覚えておきなさい。


「お前と俺が生きているのは領民が手塩にかけ、血の涙を流してどんな環境であろうと必死に育てた虎の子の麦や粟や牛を領民から奪い取って生きているからだ。そのために俺達は日々鍛錬を積み領民の傘となり迫りくる脅威きょういから守り、かいなとなり不幸を拭えるだけ拭うのだ。よいな。ダン」


 父は俺の頭をなでていた。


「はいっ!」


 めったに見せない笑顔を見せた父は言った。


「俺やお前の爺さんがしたように、お前も利他の信念のまま、生きるのだ」


「領民のために生き、領民のために死になさい」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「そう、この言葉。この言葉なんだよ」


 ダンはそういうと笑みを浮かべる。ざっくり言うとニタアって笑みだ。

 え?コレ今真面目な話だよね?


 むちゃくちゃ悪い顔だ。


「父が俺に伝えてくれた言葉の中でも別格の重みだ」


 怖い。人とあまり触れ合って来なかった俺でも分かる、明確な殺意。

 だが、何処かで見たことのある顔だ。


 なぜこの話しでこの顔を?


「そこから、父の訓練が始まったよ」



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 あれから俺は父に幾度となく走らされたよ。ちょうどお前も走った、あの丘でね。

 ああ、だからといってお前に走ることを強要するわけじゃない。


 あの時の俺は5歳だったんだ。まだ3歳のお前にあんな事をさせたのは間違っていると思うよ。



 俺は倒れて、そのたびに父から回復魔術を掛けてもらう繰り返しだったよ。



 だが俺は、この世界で戦士として生きていくために必要な”闘気”をついに獲得出来なかったんだ。

 闘気とは、体を硬化させることによって凄まじい衝撃に耐えることができる魔術における最大の発明のだ。


 闘気の獲得によって強靭な肉体を手に入れることで、筋肉の機能そのものを上げる身体強化を獲得でき、それで晴れて一人前の戦士だ。


 これが習得できないとは即ち、戦士として生きていけないということだ。

 父と同じ職業で生きていけないどころか、領民の盾として生きていくことを禁じられたんだ。


 原因は俺の魔術に対する知能がついてから訓練の開始までが遅すぎたのだ。

 知識を手に入れた人間の魔力は、”固まっていく”。


 だが仕方ないのだそれも。父と領軍は招集され見知らぬ地で必死に戦っていたのだから。

 誰も何も悪くない。悪くなかったのだ。



 ただ一人、ついぞ習得出来なかった俺を除いては。



「すまない。すまないダン。俺が不甲斐なかったのが悪い」


 父は俺にずっと謝っていた。ずっと、ずっと。

 だが、俺はついに父の顔を直視は出来なかった。


 怖かったのだ。あれだけ信頼していた父に、「お前は役立たずだ」と罵られるのが。

 あれだけ俺を信用し、俺を育ててくれた父を、俺は最後の最後で信用しなかったのだ。


 俺は、俺を見捨てなかった父を、見捨てたのだ。


 あの時の父も泣いていたかもしれない。

 ただ俺は、それを見ること無く終わったのだ。



 翌日、父が死んだ。



 父が夜になっても帰って来ないのを見て、エドガーが父が視察に向かった村を見に行き、亡骸を回収してきたのだ。



 死因は魔力事故。

 剣豪のはずの父が、なぜ魔力事故で死んだのか。


 その答えは明白だった。


 ティルス北東の村、アディアルソン。

 父は朝からそこの視察に向かっていた。


 向かったエドガーが見たのは、10数キロ四方もある村が丸ごと消滅していたことと、その村の端で周りに折れた剣が地面に刺さり、口から血を流し、片腕と両足がもがれ、魔力の暴走で死んだ父。



 父は何者かと戦い、抵抗したのだ。

 たとえ剣が折れても、足がもがれても。



 子も当然の領民を守るために。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 ここまで話すと、ダンは一息おいて、紅茶を飲む。

 つられて俺も紅茶を。


 あっち。


 熱々の紅茶を飲みながら、俺はダンの顔を盗み見る。


 暗い。話したくないのだろうか。

 なら話さなかったら良いのに…と、言いたいところだが、多分話さなくてはならないことなのだろう。

 ダンが俺に何を話したいのかがさっぱり分からん。

 俺に領主としての自覚を持てということだろうか。


 いかんな。まったく人馴れが出来ていない。

 体をいじめ抜くのにも慣れているから死にかけたとしても案外ケロッと出来ている。


 こういうときって多分、「なんでこんな無理させたんですか!」って親を叱るとこだよな。

 それはそうと、ダンの過去だ。


 羨ましいなあダンは。居なくなった親を悲しむ時間があって。


 きっとそれが彼を強くしたのだろう。

 なんか、損した気分だ。


 理由はわからないが。


「父を殺した相手はわからない。盗賊如きに遅れを取る父ではないし、何故魔術を使ったのかは謎だ」


 そうなのか。犯人が分かっていないのか。


「俺は、本当はお前に父のような死なれ方をしなければ何でも良いと言いたい。これは俺の父としての部分だ」


 ダンは続ける。


「もちろん親として息子には強くあって欲しい。だけど、あくまで生存最優先だ」

「…」

「だがそれ以上に、領主としての俺は、お前にはこの領地をもっと豊かにして欲しいのだ」


 領地を…豊かに?俺が?まがい物の俺が?

 冗談じゃない。重すぎる。


「…と口先で言ってもわかるまい。だから一旦、明日にお前を連れていきたいところがある」


 ダンは俺の顎をつまみ、俺の目を覗き込んで言った。


「俺はお前を必ず虜にする」

「は?虜?」

「ああ、この領地のだ」


 ああ、びっくりした。息子に愛の告白をする変態かと思った。


 それより連れていきたいところか…。どこなんだろうな。

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