第四話 おとぎ
「だあ〜」
俺はエリナからひったくった本を読む。それもさっき読んでもらった所だ。
なぜなら、さっきの所には挿絵が入っているのでちゃんと見てみたかったのと、早く文字を覚えるためだ。
文字を覚えれば、取り敢えず生きていけるようにはなるだろう。
それに、もう異世界転生してしまったことには諦めているが、魔族と魔物の記述を再度確かめねばなるまい。彼らがどんな生物なのかがいまいちわからない以上、徹底的に調べ上げる必要がある。
最低段階だ。ここまでを幼少期、まあ、そうだな。二歳までに完璧に覚えることができれば、よもや捨てられることは無いだろう。
なんとしてでも生存を勝ち取るのだ。それが当面の俺の存在意義であり、証明だ。
まあそれは一旦置いておいて、問題は本の中身だ。
なんとか手を差し込んでスライドしてページを捲ると、大きな挿絵が目に付く。
見開きに広がる挿絵、それは一見、何の変哲もないただの挿絵だが、ここには不可解な情報が幾つか書き込まれているのだ。
この挿絵は英雄イプロスが権力者に力を借りる場面。
それぞれ、帝、王、将軍で、場面が三分割している。
こっちで給食でプルーンが出てきたみたいな顔をしているのが最初の帝、そしてその余ったプルーンを嬉々として食う変わり者の二番目の王、そして少食の将軍。
まあ給食の話は置いておいて、みな面白いように表情の対比が描かれているが、洞察力の高い諸君なら気がついただろう。
おっほん。
要するにもう一人の帝の挿絵が無いのだ。
最期まで力を貸さずに、仕方なく魔族の弱点だけを教えた帝の。
はたしてこれは偶然なのだろうか、忘れただけなのだろうか。
それとも、他の三人は力を貸したのに、この帝だけ力を貸さずに一人助言のみにとどまったので、あまり物語に関係が無いからだろうか。
いや、違う。あまりにも意図的に、そして侮蔑的にこの帝は挿絵から除外されている。
そもそも魔族の弱点を看破せねばその魔族は倒せなかっただろう。
それにこの挿絵は、どの権力者もそれぞれの特徴をよくよく表されており、表情も豊かだ。なのにわざわざこの帝をただ一人ハブり、仲間外れにするのはおかしい。
威厳のある姿で描かれたこの三人に比べ、重要な情報をもたらしたにも関わらずハブられる帝。
う〜ん、わからん。
「おいアイク!お前言語が理解できるのか!」
俺が唸っているとバンと勢いよくドアが開いてダンが入ってきた。
あ、う〜ん、これ、どうやって答えればよいだろうか。
「あ〜う〜」
と、とりあえず適当に答えておいたぞ。
因みにこの言葉の意味はない。
「あなた!やっぱりわたしたちの息子って天才だわ!」
そう言って、あとから入ってきたエリナが俺をぶん回す。
うん、吐くよ?だからやめて!ブンブン振り回すのは!騎士団の馬鹿力ここで発揮しなくていいから!
「ちょ!こらエリナ!まだ赤ちゃんなんだぞアイクは!」
「アイクは天才よ!天才だったんだわ!」
「あう〜」
おろろろろろ
めちゃくちゃ吐く俺。
エリナのトルネードのせいで遠心力を受け、嘔吐物は円形に吐き出される。
綺麗なゲロサークルと俺のゲロを見事に被った両親の完成である。
「きゃあ!」
「おいエリナ!何してるんだ!」
「なによこれ!どういうこと!?」
「お前がアイクを振り回したからだ馬鹿!うええベットベトだあ」
やらかした…。
けど今回に関しては俺、悪くないもん!
騎士団パワーで振り回すエリナが悪いんだもん!
「びやああああ!」
俺は泣く。泣く。
贖罪だ。俺は無実だ。
「ちょ、ちょっとあなた!貴方が大声を出したからアイクがぐずっちゃったじゃない!」
「いや元をたどればエリナのせいだろうが!」
「なんですって!?」
「なんでも何も!」
この騒動が収まるのには小一時間掛かった。
「やっぱりアイクには本を与えましょう!それが良いわ!」
「ま、まあ…そうだろうな。しかし…」
「あ な た ?」
「だがなあ…」
「あ な た ?」
「はい…」
喧嘩の結果、エリナに口で敗北したことによりダンはエリナの司令を飲まされた。
実に面白い。
この地域でも最大の有力者が妻に口喧嘩で敗北するのだから。
まあそんなことは置いておいて、方針が決まったらしい。
まず俺にはおとぎ話の本を与える事になった。
エリナの読み聞かせに加え、俺がハイハイができるようになったタイミングで書庫の近くに部屋を写し、自由に本を閲覧できるようになるらしい。
まあそれまではこの物語大全で我慢だ。
「やはり子供に与える本なのだから最初は魔術の本にしましょう!」
「ああ、それが良いな」
「なら子供用の中級までの魔術が載っている教本を買ってきましょうか」
ダンとエリナの会議はまだ続く。なぜかお茶を入れてきたエドガーも一緒だ。
「では御主人様、魔術教本ですね?なら御主人様がお得意な風魔術でいかがでしょうか?」
「風魔術?ダメだダメだ。あれは地味すぎる。子供に教えるものでは無いだろう?」
「ですが…」
「俺自身がアイクに教える魔術は火魔術にする。これは絶対だ」
( ・ิω・ิ)キリッ
こんな効果音がよく似合いそうなほど、ダンは生真面目な表情を作って言った。
何なのだろう。地味だと困ることでもあるのだろうか。
「しかしですね御主人様。火魔術となると少々…」
「なぜだ!いいじゃないか爺。頼むよお。風魔術はちょっと…」
「ですがねえ…」
「そこをなんとか…」
ダンとエドガーの押し問答が始まる。
だがそれに待ったをかけるのがエリナである。
「あ な た?」
「ヒイっ!」
「ちゃんと本心を言ったら?」
「ほ?本心?無論、アイクが飽きないように…」
「あ な た ?」
エリナの眼がギラリと光る。まるで獲物を捉えた鷹のようだ。
非常に怖い。さすが騎士団と言ったところか。
やはり俺達傭兵とは違い、騎士団は敵とより近い位置で接する。剣や槍での命の取り合いだろう。まあ恐らく魔術のせいで飛び道具系も無いだろうし、こういう眼光も戦闘においては大事なんだろうなあ。
「い、いやその…」
「その?」
「…あーもう分かった。正直に言うよ。僕はアイクにいい姿を見せたいだけでした。はい。言ったろ?これでいいか?」
するとこれまでの眼光が嘘かのようにエリナが笑みを浮かべる。
なるほど美人だなあ。こりゃダンも捕まえるわけだ。
ん?
いい姿を見せたい?俺に?
俺に?
俺にか。
嘘だろうなあ。
きっとこうやって俺の親も俺を捨てたんだろう。にわかには信じられない。
大体ダンなんてそこら辺で女を引っ掛けていそうなチャラ男の雰囲気がプンプンする。そんな男の言葉は嘘まみれと相場が決まっているのだ。
どうせナーナ辺りでも連れ込んでいるんだろう。
戦場で女ばっかり思い浮かべる奴は、弱かった。等しく弱かった。
だが、死ぬ間際だけが違った。
奴らは散々足手纏いになりながら、死ぬ間際だけ「生きたい」と言うのだ。
そして、それは利敵行為に他ならない。
その命の灯火が正に消える寸前、奴らは「生きたい」という呪いを残し、去っていく。
呪いは、周りにいる奴らに伝播し、その手に持つ鉄器のトリガーを錆びさせる。
戦場において、
自分が可愛いものは、相手も可愛くなる。
そして相手を伺う行為は、戦場で最も許されない行為なのだ。
まあ俺はもう傭兵ではないが、こういう輩を見るのは些か不快だ。
「よろしい!アイクには立派な火魔術師になってもらいましょうね!」
俺の思慮をよそにエリナが許可を出す。
「…まあいいでしょう。火魔術の中級教本ですね?明日の朝に買い求めにいきます」
「うむ!よろしく頼む!俺が直々に教えるからにはアイクをキヴェルディア随一の魔術師にしてやる!」
鼻息荒いダンは意気込んでいる。
「…あなたねえ」
ダンの意気込みをエリナが呆れる。
「わ、分かっている分かっている!大丈夫だ。火魔術でも中級まではしっかりと…」
「そういうことじゃないでしょう?あなたがはりきりすぎて館をブチ壊さないかが心配なんです!」
「そんなことするわけ…ありますね。ごめんなさい」
「分かればよろしい!」
ええ…大丈夫なのか…。
というか魔術にも種類があるのか。
術初めの時に見せてもらった物は明らかに水だろうし、きっと他の魔術もあるんだろう。
面白いな。調べる価値がありそうだ。
ここから、俺の本の虫生活が始まった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
あの日の家族+執事会議があってから、俺はハイハイで書庫に向かって本を読む生活が開始された。
買ってきてもらった本は三種。
まずは火魔術の祖である、エルメス・ゲーリュサック著「基本火魔術」
この本は火魔術の基礎が何から何まで書いてあるもので、前世で言う入門書のようなものだ。
内容はこう。
火魔術は主に炎魔法と熱魔法に分けることができ、炎魔法は燃やすもの、要するに
どういうことかと言うと、要するに炎魔術は相手や環境に効き、熱魔術は己に効くということだ。炎魔術は炎を出し、熱魔術は自分の体温を上げる。ただそれだけである。
はっきり言ってここの何処に派手な要素があるのかは全くわからない。
それでも一通りの知識は得た。
魔術の詠唱呪文と基本知識。これさえあれば何だってできそうだ。収穫は一番多いかもしれない。
次に作者不詳の、「エイバルの谷」というおとぎ話。
主人公の宝玉剣士ラーゼンが主人に結婚を認めてもらうために旅をして、谷の下にある迷宮にある”神宝”を取りに行くというお話だ。児童書だがかなりの厚みがある。
作成者は神とも言われる宝物。ラーゼンはそれをなんとかして手に入れる。
最期のドラゴンとの戦闘は落涙物だ。哀愁漂う描写にはこの作者の文才が遺憾なく発揮されている。
宝玉騎士ラーゼンが手に入れたお宝は”鎧”、”槍”、”弓”、”刀”、”盾”、”杖”、”斧”、”玉”、そして”毒”。
玉以外全て武器だ。
そしてラーゼンは、手に入れた宝を主人に届ける途中で落とし物をする。
順番に”斧”、”杖”、”毒”、”盾”、”弓”、”槍”の順番だ。
主人からは”宝玉”のみが欲されていたので、ラーゼンは”
それで気を配れずに、落としたことにも気付かなかったということだ。
因みに落とした物はそれぞれ動乱を生む。
”斧”、”弓”、”毒”はそれぞれ戦争や政争で使われて国を傾け、滅ぼし、”杖”、”槍”は部族を滅ぼしたのだ。
さらに残った宝玉は主人の元に届いたものの、主人の心を狂わせ、主人の人格を乗っ取ってしまう。
主人を乗っ取った宝玉はそのまま眼の前に居たラーゼンを殺そうとしたものの、神鎧と神刀を手に入れたラーゼンに討伐される。
しかし自我を持った宝玉には逃げられ、敬愛する主人の亡骸の前で宝玉討伐を誓い、ラーセンは宝玉を捜す旅に旅立ち、物語は終了する。
まず色々調べたいことがある。迷宮とはなんぞや?神宝ってなんぞや?
うーむ、THE 異世界。
まあそんなことは置いておいて、この本は非常に良かった。割と面白かった。
俺はなんとか二年をかけて上の二冊を読破した。そしてそれを見たエリナが、もう喋れるようになった俺に何の本を買ってきてほしいか訪ねてきたので、これらよりもちょっと難しい本を欲しいとおねだりしてみたのだ。
中々骨が折れる作業だったどころか、真剣に憑き物について心配されたほどだ。
と、いうことで必殺”泣き”で両親を陥落させ、買ってきてもらったのが、
ゴルファイト・ムトファ著「ハチミツとぶどう酒」
この本は凄まじかった。前世で例えると三国志や平家物語ぐらい有名な、いわゆる軍記物語と言われる部類のこの本だが、多分高学年なら小学生でも読めるような内容で、かつとても面白いストーリーだった。
ある日、ゴブリン族の集落に一人の赤子が産まれる。ゴブリン族とは、「魔物の子鬼に似ている」という理由だけで種族名が付けられた被差別部族で、その知的レベルは人族をも凌ぐ人族の近縁部族である。
だが、その赤子はゴブリン族の集落でさえ差別に遭った。母親はゴブリン族と魔族のハーフ。そしてあろうことか父親は龍族と人族のハーフだったのである。
父親は強かった。最強の力を持つ龍族と、最強の知能を持つ人族のハーフ。弱いわけが無い。案の定この世界でも一位二位を争う実力者だったのだ。
対して母親はあまり強く無かった。近接戦闘においては。魔術に優れたある魔族と智略に優れたゴブリン族のハーフである母は遠距離戦闘において無類の強さを誇った。
そんな2人の息子、名前はファルカス。
頭がよく周り、力も、魔術も優れているが、それ故に差別を受ける少年。だが少年は白帝の地に住まう龍との出会いで人生を変える。
白帝の龍に出会ったファルカスは、仲間を増やす戦いを開始する。
まあそんなんで色々どっこいしょあって、邪神をぶち殺して天下を統一する、というお話だ。
この物語の見どころはその色々どっこいしょの部分。実力者をぶち殺したり、倒したり、人格を破綻させたりして味方を増やしていくのだ。
その描写の細かさと心情の繊細さがよく描かれていて、いい本だった。特に最後の酒場でハチミツ酒とぶどう酒を割る場面は語り草だろう。
ダンをして、この本が世界で一番有名だ、と言わしめるだけある。
そんな本子供に見せんなっていうツッコミは置いておこう。元を言えば俺が悪い。
まあそんなこんなで俺はハイハイ本読み生活を謳歌してきたのだ。おかげで字も覚えたし、この世界の慣習や常識も知ることができた。
…まあ親や使用人達には依然として憑き物の心配をされているがな。
本から得たこの世界の常識としては、
・火魔術は炎と熱の二種類がある。
・迷宮という存在がある。
・ゴブリン族、魔族、龍族、人族という概念がある。
ぐらいか。
そして本を読む内に三年が経った。
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