第三話 異世界転生スタート
ザアアアアア
小雨が降りしきっているのに、まだ生後9ヶ月の俺は地面に座りっぱなしで、ずぶ濡れだ。
凄い。こんなの始めて見た。
「あうあうあ…」
なんだこれ。頭では分かっているけど、理解を拒んでいる。
まるで初めて火を見たホモ・エレクトゥスのように、俺の脳内は完全に停止した。
魔法。
前世でも有名だった、あの魔法。
かの有名なあの丸メガネの少年があのお方を打倒する物語にもでてきた、あの。
まさかこんな力を使う部族があったとは…。
いや、部族などでは無いだろう。こんな広大なところで魔法を使うなど…
うーん、まるで別世界に来てしまったかのようだな…。
いや、ホントに別の世界線なのか。そうだな。こんな地形も山も、生物も鬼だって見たことがない。周りが山で囲まれているわけではないし、そもそも自治区っつってもあるのは俺は中国ぐらいしか知らない。
いや?ここは中国なのか?もしかするとこの人たちが…
いや、ないか。
ここからはじき出される結論は…
うーん、どうやら俺は、俺の知らない世界に転生してしまったみたいだな。
「おおっと!すまなかった!先にこうしておくべきだったね!」
そう言うとダンは何やらまた杖を一振り。すると植物が生えてきて俺の上に屋根を作った。
凄い。言葉が出ない。
「…おお、泣いてない!さあ、アイク。コレが魔術だよ。よく見たかい?」
何に驚いたのかはわからないがダンが驚きで少し目を見開きながら、俺を見つめていた。
驚愕する俺を尻目に、ダンは俺を抱き、颯爽と馬に乗って家に帰ったのだった。
ダンの背中で揺られながら、俺はさっきの光景について思いを馳せる。
魔術かあ。とんでもねえなあ。
杖。そして呪文。
見たこと無い。
それよりも、さっき鬼と話してた言葉が気になる。
術初。前世で言うお食い初めみたいなもんだろうか。
魔術を初めて見る儀式のことなのか?
というかいつも白のローブ着てたから何となく様になっているなあとは思ってたけど、ダンって魔術師だったのか。
かっこいいなあ。魔術師。
というか、結局捨てられなかったな。もしかして育ててくれるつもりなのかな。
だとしたら複雑だなあ。
俺のことが本当の息子じゃないって知ったら、どう反応するんだろう。
怖いなあ。
そう思いながら、俺達は馬に揺られる。
もう雨雲は消え、昼下がりの優しい春の日は、俺の後ろに影ぼうしを作らせながらいつまでも照らしていた。
家に戻ると、俺達を使用人とエリナが待ち構えていた
「おいおいエリナ!アイクのやつ、初めて魔術を見ても泣かなかったんだぞ!」
「まあ、本当?」
「ああ、本当も本当。大マジさ!こいつはすげえぜ!才能だ!俺達の息子には才能があったんだ!」
そう言ってダンはめちゃくちゃ喜ぶ。
ええ?本当?俺に才能?
冗談じゃない。あるわけ無いだろ。
仮にあったとしても、何になるのだ…。
あ、捨てられなくなるのか。ならいい。使っちゃえ。
というか、もしかして、この人たち本気で俺を養育するつもり?
なら冗談じゃないぞ。
なぜならここにいるのは息子の皮を被った全くの他人だからな。
「あなた!それなら早速教本で魔術を…」
「いやいやいや!まだこの子は一歳にもなってないだぞ?それなのに本なんて…」
「いいえ?きっとこの子は天才よ!それに魔術を見て、泣かなくなった子には直ちに魔術を教える。常識じゃない!」
「いいや、しかしなあ…」
両親は思案顔だ。
「あう!」
俺は反応する。さあ、早く俺に本を!本をくれないか!
「うーん、どうしようか」
「そうね…」
あれ?聞こえてない?
そんな俺なんかどうでも良いと言わんばかりに両親は物思いにふけっている。
「あの〜」
すると、唐突に執事のエドガーが俺達の後ろに来ていた。
エドガーは姿勢を正したまま、ゆっくりと口を開く。
「どうした?エドガー」
「折衷案として、こういうのはどうでしょう」
「魔術を見て泣かなくなった子には魔術を教える。確かにこの世界の常識です。ですがまだこの御子は一歳にもなられておらず、とてもではないが本を読める状態ではない」
「なら、魔術という存在そのものを認識しておられないのでは?」
「は?」
「え?」
「つまり、何らかの理由で魔術であることを理解するのを拒んでおられるのではないか?ということです」
その言葉を聞いた両親ははたと深刻な顔になる。
ああ、可哀想に。まるでおもちゃを取り上げられたわんこのよう…
いやいや、そうじゃなくて。
俺、魔術理解してますよ?
「そ、そうなのか…?」
「いえ、まだ可能性です。奥方様のおっしゃるとおり、この御子が稀代の天才様であらせられる可能性も、十分にあります。しかしあまりこの御子はお泣きにならない。まだ判断をするのは時期尚早かと思います。世の中の物が理解することができない、”呪い子”である可能性も十分にありますのでね。」
呪い子。ふむ。呪い。
理解がするのが苦手。
あ、もしかして知的障害ってこと?こっち…といってもまだ定かでは無いのだが、やはりこっちの世界でもそういうのはあるのだろうか。
ふむ、困ったことになったな。
前世では、もう既に人がどんな状態であれ、社会の一員として生活ができる世の中が構築されていた。
たとえ左手が欠損していようと、どれだけ社会で生きていくことに慣れていなくても、一人一人、取り敢えずの居場所があったように思う。
親なし親戚なしの俺でさえ働いて金を得ることが出来ていたのだから。
だが、自分と少し境遇が違うぐらいで他の、自分と条件が違う人を認めることができない愚か者も居たもんだ。
人間、少し自分と違うものを見ると、気味が悪くなってテリトリーから吐き出してしまうのだ。
「俺はコイツみたいなゴミ虫なんかじゃない」「俺はコイツよりはマシ」
そう思いながら、みんな生きてるんだ。
そして、今世。
一応まだ異世界かどうかは確定していないが、まあ取り敢えず俺の知る文化圏で無いことは確定している。
そしてどうやら貴族という概念すら残っているようだ。
権力者が世襲で蔓延る世は、ろくなものではない。
凝り固まった価値観や常識で、きっとこの世界は塗り固められているのだろう。
男尊女卑だの、人種差別…もしかすると種族差別みたいな概念もあるかもしれない。
そこから導き出される結論。
他の人と違うと、きっと前世よりも酷い差別に苦しむことだろう。
俺は、嫌だ。
そんな生活は。
絶対に前世よりはいい生活を送ってやる。
やり直すんや。俺は。リセマラや。
もうこうなった以上は絶対に成功してやる。
「うーむ。取り敢えずもう一回明日、魔術を見せに行ってくるよ」
俺が固く決意していると、ダンの声が聞こえてきた。
あ、明日も連れてってくれるの?
やったー。楽しみー。
「あの〜奥様」
「なあに?」
赤髪のメイド、ルルがエリナに話しかける。
「魔術の教本に関してですが、代替案として、魔術に関するおとぎ話をアイザック様に読み聞かせをなさればよいのでは?」
「読み聞かせ?」
「はい。魔術の知識が入っていて、かつお子様にもわかりやすい物語を」
おお、本!本!ほっほん!
うーん、だが創作ファンタジーレベルマシマシおとぎ話かあ…
前世の時から本は大好きだ。俺の唯一の友達と言って良い。
説明文とか、世の中の理を説明してくれる本は大好きだ。
本は俺を失望させない。いい意味で俺を裏切ってくれる。
ただし創作物、テメーはダメだ。
俺は創作物が嫌いだ。
努力せずに有名になったり、英雄になったりする主人公、ご都合主義…。思い出すだけでもありえねえ理屈だの展開だのが出てくる。
確かに俺が中学の頃はそーゆー物語ばっかり読んで、俺もいつかこうなるんだと本気で信じていた。
具体的には、あの宇宙ドンパチ系SFや、天からお告げがきたり、謎の時計と愉快な仲間たちと冒険する物語だ。
それの物語の必殺技を施設で偶に誰も居ない時に使ったものだ。
…認めよう。中二病だ。
だが、どれだけ努力しても、天からお告げは降ってこず、運良くウォッチは手に入らなかった。
それなのに、自分よりも裕福な主人公たちが偶然により自分よりいい思いをしているのが、許せなかったのだ。
それで飽きてしまった。嫌いになった。
…まあ、今の状況も大分創作話だが。
まあ取り敢えず今は、同意ってか、何かアクションしたほうが良いのかな?
「
…いい加減言語を喋れるようにならないとなあ。
あれから三時間ほど、すっかり日が沈み、光は蝋燭のみだ。
「さあ、アイク。絵本を読みましょっか!」
と、いうことでその日から寝る前、エリナの足に挟まれながらの読み聞かせが始まった。
…正直親がこんな近くにいるのが初めてでどうして良いのかがわからない。
どうしようか。
ええい、困った時は背筋をピン!だ!軍官の基本だ!
ピン!
…ならない。ピン!ってならないいいい!
あかさまの体、慣れないでやんすねえ。
「よいしょっと」
エリナに抱かれた。
「じゃあアイク、今日はこの本を読もっか!」
そう言ってエリナは結構分厚い本を出す。
Oh shit!俺、書き言葉はわっかんねぇぞ!
ああでもそうか、読み聞かせか。読み聞かされるから文字とかわかんなくて良かったのか。
にしても読み聞かされるとか初めてだからよくわかんねえんだよなあ。
「英雄イプロスの冒険」
読み聞かせが始まった。
この物語の概要はこんな感じだ。
ある日、ある村で子供が産まれた。
だがその子供は森に捨てられ、森の中で魔物に育てられた。
魔物に育てられた子供は、大きくなると森の中から抜け出し、各地をさまよい歩いた。
一通りさまよい歩いた後、彼はある国で暴れまわる魔族がいることを知る。
最初、彼は様々な策を弄し、その魔族に挑んだ。
だが、結果は呆気なく敗北。
敗北した彼はその魔族を退治するために、巨大な力を持つ者達の力を借りた。
最初の
二番目の王様に頼んだ時は快く承諾してもらえた。王様の持つ最大限の魔術と体術、剣術を訓練した。
三番目の将軍様は気難しい顔をしたが、結局力を貸した。
四番目の帝様は最期まで首を縦に振ることは無かったが、去り際にその魔族の弱点を教えてもらえた。
そして借りた力で魔族と一対一の勝負をし、己の全ての魔力と剣の力を用いて倒し、英雄となった。そして最初の帝に「イプロス」という名前を授けられたのだ。
「…そうして、英雄イプロスは末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
いや、面白い物語だった。
おとぎ話というのは、想像の物語だが、モデルはある。
前世でも、例えば桃太郎だったり、花咲かじいさんだったりっていう物語には、きちんとモデルがあったし、仮になくとも、その文化圏の生活が色濃く反映されているのだ。
そう、色濃く反映されているのだ。
…まず、魔物と魔族ってなんですかね。
そして、王と帝と将軍ってなんなんですかね。
えええええ?What!?
ぶっ飛び過ぎじゃない?
まず帝様とか王様って何人もいてもいいの?
意味分かんないんですけど!
ううん、どうやらここは異世界で間違いないようだ。
それに、取り敢えずこの本は読み込んでおく価値がありそうだな。
「あうあうぅ〜」
俺はうめき声を出す。
「う…そ、そうよね、ま、まさか零歳児が理解できるわけ無いよねえ」
そう言いながらエリナはついていた頬杖を外し、俺に見せていた本を取り上げようとする。
「うううう!」
あああ、ちょっと待って!読みたいところあるから!やめて!持ってかないで!
俺は渾身の力で本を引き止める。
うぐぐぐぐ。渡さないぞ!
「あ!こら!ちょっとアイク!」
エリナが引っ張る。
ああちょっと!力強すぎ!流石騎士団!
「えい!」
俺から本は無くなった。
フッフッフ。だが第二段階だ。
「ギャアアアア!!!!」
俺は渾身の力を込めて、泣く。そう。かの有名な赤ちゃんの特権、秘技、泣く!
「ああ、ちょっ、アイク!」
するとエリナがハッとする表情を取る。
「ま、まさか…」
「あうう!」
そう言いながらエリナは恐る恐る俺に本を渡す。
へッ!わかりゃいいんだよ。分かれば!
本を受け取った俺はうんしょうんしょとまるで亀が甲羅から頭を出すみたいに本を開く。
「まあ!」
その瞬間、エリナは駆け出して部屋から居なくなっていた。
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