第二話 術初

 ええ?お前誰?俺、死んだよな。意識も失ったよな。というかこの言葉はなんだ?何故理解出来ているんだ?


 困惑していると、


「ゔぁああああああああああああーーーーーー」


 なんかすげえけたたましい鳴き声を出した。

 俺の体が。


「でかした、よくやったぞエリナ!」


 銀髪の男性がエリナと呼ばれる金髪の女性に話しかけている。


「ありがとうダン。これがあなたの息子よ」


 そうして俺を抱いたエリナがダンの方に俺を差し出す。

 え、父親?母親?意味わかんねえんだけど。


 そんな俺の困惑そっちのけでダンは俺をあやす。

 非常に口が臭い。お前絶対酒飲んだやろ。


「よし決めた!お前の名前はアイザックだ!」


 おお!感動!俺、人が名付けられるとこ初めて見たぞ!

 なんなら父さん母さんの顔見るのも初めてやんけ!


 テンパった俺はなぜかまず挨拶をしようとする。


うー!あー!こんにちは!


 めちゃくちゃ間抜けな声。

 おっとそうか。俺赤ちゃんだったな。思考力は高くても身体は赤ちゃんということか。なるほど。


 いやいやいや!どゆこと?赤ちゃん!?時間逆行!?意味分かんないんですけど!



 こうして俺の、文字通り第二の人生が開幕した。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 そもそも俺はなんでこんなところにいて、赤ちゃんなのか?



 だがその疑問を解決するのに時間は要さなかった。



 最初は時間が逆行して、俺が産まれた時からやり直せるのではないか?と思って、興奮した。

 今思えば、補正がかかった俺の唯の願望だったのだが。


 俺は前世の親の顔を知らない。そして俺はどうにも日本人離れした体躯と目を持っており、それがいじめの引き金になったりした。


 具体的には、デカすぎる身長と碧色の目だ。


 だから俺はこんな親を見ても何も疑問は持たなかったし、髪色についても隔世遺伝だろうと勝手に推測していた。

 それに、いじめの原因にもなったが、傭兵時代に早く現場に馴染めたり、コレのおかげで人種差別をあまり受けなかったので、感謝していた。


 その感謝を伝えたかったし、俺は親と生活をしたかった。愛されたかった。

 食卓を囲んで、「今日、この子私のことお母さん!って呼んだのよ!」

 って、言われてみたかった。


 そして、たとえなんかの拍子にまた放逐される運命にあったとしても、なるべく抗ってみたかった。ズルでもいい。前世の知識をフル活用して幼少期から勉学の才能を開花させ、なんとしてでも親に俺の価値を認めさせるのだ。


 よし、そう決まれば本で徹底的に勉強しよう。

 あわよくば読んでるところを見せつけて、親に俺の天才さを見せつけるのだ。

 そう思い立ったが束の間、俺は頓挫してしまった。


あうあうあー俺、赤ちゃんやん


 何を隠そう俺はベビーベッドの上に拘束されていたのである。


 そして冷静になって、気付いた。


 俺の髪の色が違うのである。


 周りを見回す。


 仰々しいシャンデリアと、いかにも貴族!と言う感じの服装と装飾。

 テレビやスマホの通知音なんて言う電子の音が全く聞こえない生活。


 そして何より、傭兵で長らく海外に居た俺でもわからない言語の数々。


 日本では到底出てこない変な食事。まあこれは軍時代はもっとひどいのを食ってたから関係ないが。


 まあ明らかに俺の知っている文化圏の生活ではない。


 そしてこの手。ふよふよのむっちむち。夢じゃないかと思って頬をつねろうとしても全く握力が入らない。

 そしてお腹が減ったら勝手に泣き、漏らしたら勝手に泣くこの体。


 流石にここまでの証拠を突きつけられて未だに信じることが出来ないほど鈍感主人公ではない。


 要するに俺が、日本か俺の知っていない、少なくとも俺が前世に居た頃には全く関係ない家に転生しているということである。


 そして半強制的に他人との生活が始まってしまった。

 俺とは全く関係ない奴の体を奪い、生きて、どうせまた捨てられるのだ。


 ……それを理解すると、正直、失望してしまった。


 俺は、どうせ捨てられるなら自分の本当の親と食卓を囲みたかった。

 こんな抜け殻の状態で生きていこうとは、思えなかったのだ。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「ビヤアアアアア!!!」

「はーいミルク飲もうね〜」


 俺にせっせと母乳を飲ませるこのポニテ美女の名前はエリナ。

 そしてこっちで変顔してるのがダン。割とイケメンかもしれない。髪はボサボサだが、色気がある。

 エリナは金髪でダンは銀髪だ。


 俺の名前はアイザック・ガータイス・ブラッドリー。愛称はアイク。

 名付け主はダンと、多分占い師。


 アイザックがダンがつけた名前で、ガータイスが占い師がつけた名前だ。


 占い師の名前はマーマルト。深く被っていたフードのせいでなにを言っているのか全くわからなかったが、まあ大丈夫(?)だろう。


 どうでも良いけどな俺のミドルネームなんか。前世でも全く使わんかったし。


 ダンもめちゃくちゃ尊敬してたしな。ほぼ土下座だったし、あれ。



 今は産まれてから1ヶ月後。


 因みに産まれたときから何故かこっちの言語、といっても話し言葉だけだが、が分かる。


 そして産まれたばかりの俺は全く動けないので、ベビーベッドの上から聞いたエリナとダンの話で大体の俺の産まれた環境が分かった。



 この辺り一帯のことをティルスの里と言うらしい。

 そしてブラッドリー家はこの辺り一帯を治めている。


 現当主はそこにおわすダン・ブラッドリー君。

 若くして当主になった彼はここ一帯の統治で忙しくしている。


 前世で言う市長と言った感じか。


 更にもっと言うとこのティルスはオルタン共和国という国を構成する中でも辺境の自治区に属している。

 よってティルスを含めたこのあたりの地名をブルガンディといい、広がる平原をブルガンディ高原という。


 因みにダンの仕事は地方領主だが、エリナの仕事は自治区軍の騎士だ。


 自治区軍についてはまだ詳しくは分かっていないが、辺境の地であるゆえに生じる問題…例えば領土問題だったり盗賊問題だったりなどを対処する軍隊らしい。

 警察と軍隊の集合体、所謂アメリカの州兵みたいなもんか。


 そしてこの家には使用人が三人。2人のメイドと一人の執事だ。


 それぞれ名前を、ナーナ、ルル、そしてエドガーといい、全員甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。


 因みにナーナのダンを見る目は完全に恋する乙女であることを付け足しておく。

 俺でもわかるんだからよっぽどだ。大丈夫なのだろうかこの家は。


 まあ今の俺の知る知識はこんなもんだな。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「さあてアイク、今日はお父さんとお外に行こう!」


 産まれてから9ヶ月ぐらいたったある日、俺はダンに抱きかかえられて外に連れ出された。


「いってらっしゃーい!」


 エリナに手を振られ、俺達は家から出た。

 このご時世にしては珍しく馬に乗る。多分車にしないのは足がつきにくくなるからだろう。馬の方が目立つと思うがな。

 初めての外界だ。


 そして悟った。ああ、捨てられるのだ、と。

 俺は悲壮感から、なるべくダンから身を離してうつむいてしまった。


 もう何もしたくない。やだ。捨てられてまた施設に入れられるぐらいなら今すぐ殺してくれ!



「お、やあヘルメック。調子はどうだい?」

「へへッ。絶好調ですぜ若旦那!」

「おう、それならよかった。しっかりと働いてくれ」


 俺がぼうっとしてると何やらダンが話を始めた。ああもう、なんで証拠残すの?馬鹿じゃないの?

 子供捨てに行くんだよ?なんでわざわざその子供の顔を他人に見せるの?


「して、そちらの聡明そうなお子さんは?」

「おお?聡明とな?フッフッフ。やっぱりヘルメックさんは見る目がありますねえ。実はこの子、僕の息子なんですよ〜」

「息子様!ついに外出、ということですか?」

「そういうことだ。抱いてみるか?めちゃくちゃかわいいぞ?」

「おお?良いのですか?ではお言葉に甘えて」


 そう言って俺に手を伸ばしたヘルメックと呼ばれた男の指が俺の前に来る。

 緋色だ。


 へ?


 緋色!?


 びっくりして俺はとっさに首を上げる。


 そこには頭から二本の角とヒゲが生えた…鬼が立っていた。


「ビギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 気付いた。俺は、こいつに食われるのだ。

 ああかわいそうなアイザック。こんなやつに食われて人生が終わるなんて・・・。


「あああ、すまないすまないぃぃ」

「おいおい、ウチの息子を泣かせないでくれよ〜。おー、よしよし」

「すみませんなあ。強面なもんで」


 ダンは俺の頭を撫で回す。


「ビエ…グスン」


 あれ?食われないのか?なんで?


「・・・術を見せる予定なんだ!」

「おおそれはそれは、術初じゅつそめですか。ならば儂は邪魔するわけにはいきませんなあ」

「すまないなあヘルメック。埋め合わせは今度するよ」


 そう言うとダンはヘルメックと分かれ、さらにずんずん道を進む。


 食われなかった。てかそもそもあの生物は一体何なんだ?

 その2つの素朴な疑問のせいで、俺は捨てられることへの恐怖はすっかり忘れていた。


 ふと気になって鬼の去っていった方に目を向けようとする。

 だが、その前に俺に飛び込んできたのは、俺の見たことのない絶景だった。


 眼下には、一面の草原が広がっていたのだ。


 青々とした草原…高原、か?沢山の羊が放牧されている。確かステップ気候ってったっけ。そして向こうには雪化粧の山脈が見える。いずれにしろこんなのどかな光景は見たことがない。


ううーうわー!」


 思わず声が出た。

 と、そのうちに俺達は馬から降りて、俺は地面に座らされた。


 俺は捨てられることなんか忘れて景色にふけっていた。

 俺は海外旅行なんて行ったことがない。俺が見たことあるのはビルと砂漠だけだ。


「さあ、アイク。見とけよ?」


 いつの間にか俺の顔を覗き込んだダンが確認を取る。


 ああ、そうだ。俺、捨てられ――


「さあ、青龍の帝よ、そちのその秘めたる力を、矮小なる私に降り注がん!いでよ!青龍の力よ!いでよ!自然の力よ!今立ち上って、我に力を与えん!『霧雨スプラッシュレイン』!」


 そう唱えながら、ダンは何処からともなく取り出した大型のステッキを振り回し、謎の呪文の詠唱の修了と同時に逆さに地面に突き立てる。


?」


 俺があっけにとられていると、


 ぽつ、ぽつ、ぽつ、


 ザアアアアアアア!!!


 小雨が降り始めた。

 

 この時に見たもの、


 これは、俺が人生で初めて見た、


 魔術だ。



 そう、この転生は、唯の転生ではない。


 異世界転生である。

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