6
先に玄関に入って私が靴を脱ぐと彼女は言った。
「くさい!!」
私はあんな臭い海に入ったら誰でもくさいと言い訳をしながら、彼女にも靴を脱ぐように促した。
「くさくない…」
私の彼女は臭くない。あんな汚い海に入ったのに。
「海に謝ったほうがいいんじゃない?」
彼女は私を笑って、煽ってからバスルームまでタオルを引いて道を作って私をお風呂に追いやった。
しっかり洗い、そそくさ流して彼女に交代してから洗濯物を全部入れて洗濯機を回してしまう。もう夕方過ぎだが前半のバスタオルの枯渇は防ぎたい。
それから車から三脚やカメラを上げて汚れや砂を落としてから、PCデスクに向かう。写真を読み込むとスクリーンには撮った写真が大伸ばしになる。
あの時の始めの一枚には曇天の色を反射した波間を跳ぶ彼女とゆっくりと落ちてゴミがよく写っていた。拡大しても十分早いシャッタースピードは彼女の毛先の一本だってはっきりブレずに写している。
10枚進めるとゴミは灰色の水面に落ちてカラフルな色合いをよりいきいきさせる。人間の目は写真を見る時、明るいところ、色彩の豊かな物、複雑な模様、だいたいまだ野生の生き物だったときに生き残るために見るべき情報に目が向く。だからこの写真を見た人のほとんどは鮮やかなゴミや彼女の小花柄のワンピースとカラフルなゴミ達が鮮やかに散りばめられ目を引くが、私にはなにより暗いグレーを彩るゴミ達の中央の彼女の顔を見てしまう。そこに本物がいてもやっぱり私は彼女を見ているのだった。
私は明るさを調整したり、色合いを少し鮮やかにしたりして彼女を待った。あんまり先にレタッチすると彼女は抜け駆けを怒るからおやつを我慢する犬みたいに目の前の写真を見て待った。
彼女がドライヤーを当てる間も写真の感想を伝え続けた。ドライヤーの音にかき消されて彼女は何も聞こえないのにうんうん相槌をくれる。
ドライヤーが終わると彼女も犬のようにモニターに食いついた。私は一人用のデスクチェアを半分開けると彼女もおしりを半分載せた。
「選抜見る?一枚づつ?」
「一枚づつををしょうもします!」
モニターは時系列に沿って一枚づつあの時を写した。
「おおぉー…おっおおぉー、すっごい写ってる!」
彼女は感嘆符をそのまま口から出して感動する。
「やっぱり靴はいてて正解だった」
自分のこだわりを認めてまた一つご満悦になった。
私が拡大ボタンを押すと彼女の爆発した笑顔が大きく映し出された。
「こら!!はぐき見ない!!」
おしりを振りかぶってぶつけてきた。
もうさっきたくさん見たことは彼女には言わずに写真を全体表示に戻す。
「ご注文のお写真いかがでしょうか?」
「レタッチ!オフ!選抜チェック!」
彼女の号令に合わせて私は加工をはずしたうえでさっき高評価をつけたものだけソートする。彼女はいよいよ私からマウスを奪って一枚ずつを真ん丸な目に写してつぶさに見ながらどの写真でもうんうん頷いてくれる。
「お見事でございます」
「ありがとうございます」
彼女は私の首に手を回して体を寄せて、胸の辺りにおでこを押し付けた。私の体に押しつけられて半分つぶれた彼女の顔は至福に満ちていた。
私のこころはたちまち溶けてしまった。洗濯機に呼び出されるまで、何をするでもなくこのゆっくり進む幸せな時間を味わった。
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