3
リュックから飛び出した火ばさみを引き抜いて彼女に渡した。彼女はまたすぐに波打ち際まで駆けて、私がゴミ袋を取り出す間にゴミを拾って戻ってきた。
「みてみて!この赤いゴミ」
それはちょうどストリートビューに写り込んでいたものに見える。
「知ってる人だよ!」
彼女は腕を空に伸ばすとそのゴミは火ばさみに挟まれたまま高く掲げられた。まっすぐ伸びた腕、開いてる手は腰に当てて足を少し開いてどっしり構える。剣を掲げた勇者のように荘厳だった。もし日差しが差していたら冒険譚の表紙にできたかもしれない。いや曇天でも十分かもしれない。
私が何も言わずに見惚れていると彼女は神々しいゴミを下ろして私の方に差し出した。私はゴミを賜るためにゴミ袋を開いた。勇者を辞めた彼女はそそくさ袋にゴミを入れた。
「第一号だね」
「はじまりはじまり!」
大声で開始を宣言して私からゴミ袋を奪いとって駆け出した。彼女は止まらない。
「手伝おうか?」
「自分で拾わないと趣旨がぶれる!」
彼女は一度足を止めてゴミ袋を砂浜において、その手を大きく開いて突き出して私にNOを伝える。そうだねと思って他のことをする。天気予報を調べたら引き続きの曇天。太陽を透かさない灰色の雲で上空は覆われていた。
海岸はストリートビューで見た通りの有り様でお菓子の包装やペットボトルや釣具や木片やなんだかわからないものが散乱する。きっと私は彼女以外の人とこんなところに来ることはないだろう。きっと彼女も同様に。そう思って愛しくなってカメラを構えて彼女やゴミの様子を写真に撮って過ごした。
30分一人で拾って彼女は少し落ち着いた。
「ここのゴミ全部拾っても2袋パンパンにならない」
実際に動かないとわからない知らせは計画した人に刺さる。それでも彼女が気分良く目的を果たすために考える。
「そもそもさ」
彼女はくっと私を見入って次の言葉を待った。
「両手にパンパンのゴミ袋持つと撒けなくない?海の中で不安定だし」
彼女もハッとして口を開けた。さっきの私と同じくらい刺さったようだ。
「そうだね!一袋でいい!」
彼女は勢いを取り戻し、なぜだか二袋に分けて集めていたゴミを一袋にまとめた。
「ここでいい?」
彼女は靴を履いたまま海に入って太ももの下の方まで浸かった。
「いいと思う!」
それまで自由に風に靡いていた深いグリーンに細かく白い花柄が入ったワンピースの裾のところが波に浸かって大人しくしている。でも勢い良い風は布を通り抜けてワンピースの腰の辺りがバタバタと風の形をしている。
「すごくいいよ!笑顔にする?」
彼女は風でなびく髪先を空いた手で押さえながら曇天を見上げて少し考えた。
「瞬間決める!」
「1回だけだから大げさに表情作って!」
私はあれこれ伝えながらピントを合わせて、ずれないようにマニュアルフォーカスに切り替えた。
彼女もそれを見て準備ができたことを知って、やはりニマニマと口元に抑えきれない笑みを浮べだしている。私は告げる。
「いつでもいいよ!タイミング任せた!」
彼女はその眼差しを灰色の水面におろした。彼女の肩がもぞもぞ揺れる。海中を踏みしめて足場を確認しているようだ。大きく膨らんだゴミ袋の縁を両手で深く握り込んだ。それから深く呼吸した。
いよいよだ。ファインダーに目を当てながらシャッターにかけた指先に集中する。世界はスローになって私の鼓動は早まった。体は静止しているのに、時間は遅く感じるのに、胸の鼓動だけが早まって、相対的に心臓は破裂しそうに鼓動した。
彼女の肩が、膝が沈み込む。そしてその分だけ力を溜めた。まるでイルカが跳ねるみたいな勢いで彼女は飛び上がってゴミ袋をそのまま空に向かって放り出す。重力はすぐに宙にある彼女も袋も飛び出したゴミも水面に向かって引き付け始めて、ここで私はシャッターを押した。
シャッターを押し込んでいる間、1秒20コマ撮影される。だけど私の目にはもっと多くの光景が記録された。
なぜならゴミ袋が十分下がると彼女の表情が目に写ったから。歯が、いや歯茎が見えるほど大きく笑う彼女の顔が見えた。思わずファインダーを覗く目を閉じて裸眼で彼女に魅入ってしまう。その瞬間瞬間が私の脳髄に投影されて焼き付けられた。
あんまり笑っているから彼女の目は一本の線になっていた。口元や目じりに笑い皺が出来ていて、大胆過ぎてひどい顔だと彼女は後から言うかもしれない。
私はこの幸福な瞬間を破裂しそうな心臓の鼓動に合わせて全身に巡らせて、ただ満ちた。
「ショッパイ!!」
彼女の足は水面を突き破り、跳ねた海水のしぶきが顔の辺りまで上がってきた。そのまま数滴口に入って彼女が叫んだ。その時ちょうど膝の高さの波がきて彼女はバランスを崩した。大きな水音を立てて転んだ。
私は駆けた。急いで海に、彼女の元へ駆け寄った。
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