第136話 帝王の誤算

「帝王陛下のお言葉である。一同の者。面を上げよ」


 宰相オイマール・ヤンガー公爵が少しかすれた声で言った。


 帝王アレングラードの『王の威圧・威厳』をあびて、宰相といえども体力と精神力を大きく削られているし、さらにアランの神威を使った威圧を喰らってヘロヘロなのだが、ガーシェ大帝国の宰相であるという矜持きょうじでなんとか持ちこたえているのだ。


 謁見の場に臨席している者たちは、それぞれ肩で息をしている者や汗まみれで息も絶え絶えな者もいるがなんとか顔を上げている。


 オレはやりすぎたかな?と少し反省して、その者たちに神威でプチヒールしと清浄クリーンを少しずつかけていった。


 帝王はオレに向かって言った。


「今日は『創造神サリーエス様の加護』を授かった者の謁見を行う。直言を許す。名乗りを上げよ」


 臨席している者たちはザワザワし始めた。帝王自らが『禁忌』とされている創造神の名前を口に出した。これはどういうことなのか?。


 オレは名乗りを上げた。


「偉大なるガーシェ大帝国の英明なる帝王陛下のお許しをいただき恐悦至極にございます。わたくしはドナルド・コーバン侯爵の直孫にして、リンド・ヘブバ男爵の直孫、ジェームズ・コーバン子爵家次男のアラン・コーバンでございます。」


わたくしは創造神サリーエス様の大いなるお慈悲の御心により加護をいただいております」


 臨席している者たちはまたザワザワし始めた。創造神サリーエス様の加護をいただいているということを公言したことと、サリーエス様の御名前を口に出してお呼びしたことが原因だろうが、それは帝王も同じ。


「アラン・コーバンよ、直答を許す。創造神サリーエス様の加護をいただいているそなたの望みはなにか?」


わたくしは創造神サリーエス様から大切なお役目をうけたまわっております。それは、聖サリーエス神教国が神罰を下されて以来、長年サリーエス様の御名前を口に出すことが『禁忌』とされてきたことが間違いであるということをこの世界に暮らす人々に広く知らしめるということです。わたくしの望みは他にはございません」


「そなた自身は爵位や領地、あるいは報奨金などは要らぬと言うのか」


「はい、それらのものは望みません」


「ガーシェ大帝国の帝王の座はどうだ。帝王になればそなたの望みは叶うのではないか?」


「いえ、それは望みません」


 さらにザワザワが高まる。


「では、余にして欲しいことは何も無いのか?」


「はい、帝王陛下にかなえていただきたい望みはございません」


 それを聴いて帝王アレングラードはあせった。


 おかしい…、おかしいぞ!。


 先ほどアランが『念話』で伝えてきたのは、余に布告を出して欲しいということだったはずだ。


 叶えて欲しい望みは無いとはどういうことだ。


 アレングラードは、この謁見の場でアランに対して優位に立つ手だてを考えていたが、アランが布告を出して欲しいと言ったことで、それは容易たやすくなった。


 つまりアレングラードが私利私欲でアランを我がモノにしようとすることは神託で禁じられているが、アランの頼みにより布告を出せばアランが借りをつくることになる。


 その借りを返すためにガーシェ大帝国が何かしら他国に仕掛ける場合や窮地におちいった場合にアランが力を使うことで精算するとすれば、一方的に私利私欲でアランを我がモノにすることにはならない。


 それはアレングラード個人に対してでもいい。


 玉座に座りながらアレングラードは内心ニヤニヤしていたのだ。


 創造神の加護を授かったといえどもまだ年端のいかぬ赤子だな。


 ひとつ貸しをつくれば、ふたつ・みっつと重ねていって、ユルユルと我がモノにしてやろうぞ。


 アレングラードは、アランが布告を出してくれと頼みやすくするために初めはこちらから譲歩してやるつもりで、サリーエス様の御名前を口に出したのだ。


 そして『念話』での話の流れをなぞっていって、アランから『布告をお願いします』という言葉が出るのを待っていたのに。


 なぜ言わない?。


 余は、なにか手順を間違えたのか?。


 アレングラードが戸惑とまどっているのをオレは内心笑って見ていた。


 アレングラードがオレとの『念話』を終えて玉座に向かう時に、オレに貸しをつくっていずれは思い通りに動かせるコマにしてやろうと企んだことは、神眼でお見通しだったからだ。


 ガーシェ大帝国の帝王が布告を出せば、創造神サリーエス様の御名前が『禁忌』では無いというのは広く人々に伝わるが、それは返しても返しきれないほどの借りをつくることになる。


 それを返すためにアレングラードの言うなりになったとしても、オレの蒔いた種はオレが刈るしかしないから、神罰を下す理由にするのは無理筋だろう。


 だ・か・ら、帝王には何もお願いしないのだよ…ヘヘヘヘヘ。


 アレングラードはアランから『布告をお願いします』と言わせるために言った。


「しかし、そなた一人で説いて回ってもそう簡単にはいかんだろうし…、時間がかかるぞ」


「創造神サリーエス様からは、いついつまでにと期限を定められてはいませんし、長年『禁忌』とされてきたことを打ち消すのは簡単ではありません。地道にお話しして回って、一人から二人、二人から四人、四人から八人というふうにご理解いただける方を増やして、その方たちからも広めていただこうと考えております」


「我が祖父ドナルド・コーバン侯爵様と曽祖父オリバ・ヘンニョマー侯爵様にもご理解いただけて、わたくしにお力添えいただけるとお言葉をいただいておりますし、母方の祖父リンド・ヘブバ男爵様は領地内にリンド・ヘブバ男爵様の御名前で布告を出してくださるとおっしゃっていただいております」


 リンドおじいちゃんがオレの直系の祖父だと売り込んでおくのは大事なことだから、二回言っておかないとね。


 さらにトドメの一発をかましておくか。


「サマダン・オチョーキン公爵閣下にもお力添えいただけるとのお言葉をいただいておりますので、百万の援軍を得た思いでおります」


 それを聴いてアレングラードはギョッとした。


 確かに弟のサマダンが貴族どもに急使を送っているのは報告されていたが、先を越されたか…グヌヌヌヌ…コレはマズイ。


 何かやらなければマズイ…。


 アレングラードがアブラ汗をかきながら形勢逆転の一手を思案している最中に大声を上げた者がいる。


「アラン様ー!、微力ながらわたくしもお力添えいたしますぞーー!!」


 んっ?、誰…?、ああ聖騎士か。


 臨席している貴族たちは一斉にざわつき始めた。


 なぜなら帝王との謁見の場では、帝王あるいは宰相からの許可が無くては発言してはならないのが鉄則だからだ。


 小声でざわつく程度は見逃されても、大声を出すことは帝王に対する、あるいはガーシェ大帝国に対する敵意有りとしてその場で近衛騎士によって切り捨てられても文句は言えないのだが、相手は教会の聖騎士となると少し微妙な話になる。


 ガーシェ大帝国の貴族や臣下・国民ならば切り捨てられても、教会の聖職者たちはガーシェ大帝国に属しているわけではないからだ。


 彼らは聖教国から派遣されてきた外交大使的存在だから、治外法権ともいえるからだ。


 聖騎士アヤーボ・ノクテーに賛同した聖職者たちも我も我もと声を上げている。マローン大司教も負けじと『聖教国に書簡を送って教皇 猊下げいかに布告を出していただく』とか言い始めている。


 オレは聖職者たちを見てニッコリ笑った。


 聖職者たちは脳内麻薬物質がバンバン出ているようで、身をよじって恍惚こうこつとした表情を浮かべている。


 アレングラードはその様子を見て…この場はもう…どうにもできないと悟った。


 アレングラードの負けだ。


 弟のサマダンに先を越されたのは腹立たしいが、聖教国にも手を打たれるのを手をこまねいて見ているわけにはいかない。


 アレングラードは大きく息を吸い込むと言った。


「ガーシェ大帝国においても、帝王アレングラード・モノ・グランディエールの名において、創造神サリーエス様の御名前を口に出して称えることは『禁忌』では無いと布告を出すこととする」


 年端のいかぬ赤子に手をひねられたか…、この口惜しさは忘れぬぞ…。


 アレングラードは内心はらわたが煮えくりかえる思いでくちびるを噛んだ。


「ガーシェ大帝国帝王陛下のご英断に創造神サリーエス様もお喜びのことと思います」


「ご臨席の皆様に創造神サリーエス様の祝福がありますようにお祈りいたします」


 オレは手を胸の前で組んで頭を下げ、謁見の間全体に神威でプチヒールしと清浄クリーンをかけて、天井から光が降り注ぐ魔法をかけた。


 神眼で謁見の間にいる者たちの様子を探ると、タマシイがほぐされ清められた者たちは降り注ぐ光に見入っている。


 聖職者たちは『サリーエス様の祝福だ!、奇跡だ!!』と大騒ぎしている。


 オレは、はたしてこれでよかったのかな?…、まぁ流れでこうなってしまったものはしかたないか…、と思っていた。




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