第135話 謁見当日:④

 アレングラードはアラン・コーバンの瞳を見て身が凍る思いがした。


 おさえようとしても身震いが止まらない。


 アラン・コーバンの瞳には、赤・青・黄・紫・翠・黒・白・金・銀…様々な色の鮮やかな小さな点が輝いて見えた。


 コレは…このような瞳は…人の子の瞳では無い。


 人ならざるもの…神の瞳だ。


 骸骨たちにまとわりつかれ我が身も朽ち果てようとした間際にあらわれた者。


 我に使命があると告げた者。


 あれはただの悪夢では無く、アラン・コーバンと巡り合う定めであると告げた予知夢であったのか…。


 アレングラードは震える身体を抑えきれぬまま、小声でアランに訊いた。


「アラン・コーバンよ、そなたの望みは何か?、直答を許す」


 オレは黙ってうつむいたまま神眼で帝王の心情を読み取っていた。


 コイツは…臆病者だ。ものごころがつくかどうかの頃から生命を狙われ、身近な裏切り者はもちろん血を分けた兄弟たちや姉妹たちを始末してきた。周辺諸国にも派兵して無辜むこの人々を殺させてきた。


 ローダイ王国での謀反鎮圧の際には、無血で解決するためにリチャード・コーバンが広域殲滅魔法を見せつけて大量殺戮は避けられたが、それでも首謀者たちやそれを支援した者たちは処刑された。


 ガーシェ大帝国帝王アレングラードは頭の先から足の爪先まで血まみれで、無念の思いで死んでいった者たちが骸骨となってアレングラードの身体にしがみついている。


 臆病者だからこそ、自分の生命や地位を脅かすものをいち早く見つけ始末してきた。


 臆病者だからこそ、自らが命じ処理させた者たちや自らが手にかけた者たちの怨念におびえている。


 臆病者だからこそ、帝王位に就いた者だけが受け継ぐ『王の威厳・威圧』で周りの者たちを押さえつけてきた。


 だが、それも今日まで…。


 所詮しょせんは人の子のアレングラードがいかに威力を込めても創造神サリーエス様を凌駕りょうがすることはできない。


 その創造神サリーエス様から加護を授かったアラン・コーバンにも『王の威厳・威圧』は何の効果も無かった。


 アレングラードや王族たちに高位の貴族たちは、状態異常無効・毒無効・物理攻撃無効・魔法攻撃無効が付与された礼服や指輪や腕輪に加えて、一度だけ即死を逃れられる身代わりの首輪を身に着けていた。


 だからアラン・コーバンが何かしら仕掛けてきても対応できると思っていたが…、それは大きな間違いだった。


 なぜならそれらのものは人や魔物が武力や使モノ。


 魔力や魔法を学んで、それを解析して魔導具を造り、魔力を使った魔法でその効果を測定したモノ。


 創造神サリーエス様の大いなるお力:神威に対抗はできない。


 なぜなら神威を学び、解析してそれに対抗できる魔導具を造るためには…、神威を使える者が必要だから。


 この世界において神威に対抗できるのは、アランが創造神サリーエス様との特訓で編み出した神威吸収・神威放出・神威反射を付与した結界のみ。


 だから不死鳥フェニックスのアンドリューが鍛錬場に来襲してきた時に、その身体をアランの結界で包まれ神威を奪われて、アランに膝を屈したのだ。


 謁見の場に臨席した者たちが膝をつき息も絶え絶えになっているのにもかかわらずアラン・コーバンはその幼き身体で耐えている。


 いやむしろ余裕の笑みを浮かべている。


 アレングラードは創造神の加護の力におびえていた。


 創造神サリーエスの加護を授かったアラン・コーバンに全力の『王の威厳・威圧』をぶつけたがなんの脅威も畏怖も与えられなかった。


 これが創造神に対する敵意の表れと解釈されたら、この場にいる王族は神罰を下されて皆殺しだ。


 王城も壊滅させられる。


 持てるものをすべて投げ売っても神罰は避けなければならない。


 だからアレングラードはアランに訊いたのだ。


『望みは何か?』


 オレは帝王に『念話』で話しかけた。


『帝王陛下、直答をお許しいただけましたが、余人には聴かせられぬお話しになりそうですので、『念話』にてお答えさせていただきます』


『許す、もうせ』


わたくしの望みは創造神サリーエス様の御名前を口に出すことが長年『禁忌』とされてきたことが間違いであると広め、日常生活の中でサリーエス様の御名前を人々が口に出してお呼びするようにすることです。これはサリーエス様から私がうけたまわったお役目なのです』


『それだけで良いのか?、そなたが望めば爵位や領地を与えよう。報奨金でも良い。あるいは…あの玉座に座っても良いのだぞ』


『それらのものは私が望むものではありません』


『ガーシェ大帝国の帝王の座は要らぬと言うのか?』


『それは…その玉座に座りたいと思われる方たちのものですから…』


『そうであるか…。創造神の名前を広めること以外に望みは無いのだな』


『帝王陛下、創造神様の御名前はサリーエス様です。どうぞサリーエス様とお呼び下さい』


 オレは帝王にぶつけている神威をちょっと強めにした。


 アレングラードはオレの圧力が強まったのを感じてあせった。


『うむ、そうであったな。創造神様の御名前はサリーエス様だったな』


『帝王陛下には是非サリーエス様の御名前が『禁忌』では無いと人々に広めるためのお力添えをお願いしたいのですが…』


『余は何をすれば良いのだ?』


『この場に臨席されている貴族様たちや周辺諸国の大使たちに聖職者たちの前で、ガーシェ大帝国帝王の名において布告をしていただきたいのです』


『布告を…』


『はい、創造神サリーエス様の御名前は『禁忌』では無いとの布告をしていただきたいのです』


『それだけで良いのか?』


『はい、ガーシェ大帝国の帝王陛下がそのような布告を出せば、それに追随ついずいする者は増え、私一人が人々に説いて回るよりは、はるかに早く広く伝わることになると思います』


『そうであるな…、その他には余にできることはあるか?』


 オレはニヤリと笑って言った。


『私を私利私欲で我がモノにしようとする者には神罰を下すとの神託がありました。いずれ私の家族や姻戚関係にある者たちを取り込もうとする者たちが現れると思いますので、その者たちの排除をお願いできれば…』


『そなたの家族を取り込む…?』


『我が兄姉と婚約・婚姻すれば、私の義理の兄弟となり影響力を持つことになると夢想する者はおりますでしょう、それに我が父を陞爵しょうしゃくさせようとする者もおりますでしょう』


『それは…余に言っているのか?』


『帝王陛下にはそのお考えが無くとも、王族方や高位の貴族様方には違うお考えがあると思いますので』


『それについては、即答はできぬが…、対処すべく宰相と協議しよう』


『かしこまりました』


 オレは神眼で謁見の間にいる者たちの様子をうかがった。


 オレの家族やオレが【好意の緑】でマーキングした者たちは神威反射を付与した結界で包まれているから平気だが、それ以外の者たちは創造神サリーエス様の大いなるお力:神威の威圧に耐えきれずに膝をつき息を荒くしている。


 聖職者たちも同じように床に這いつくばっているが、笑顔でオレを見ているよ…コワーイ。


 法悦ってヤツかな…、聖騎士は身悶えしてるし…あーヤダヤダ、見るんじゃなかったよ。


 ひざまずいているオレの前にいつまでも帝王が立ちすくんでいる構図はマズイかなと思ったので、帝王をそっと結界で包んで、神威を使って生活魔法のプチヒールしと清浄クリーンをかけてやった。


 魔力を使うと身体に効果があるが、神威を使うとタマシイをほぐして清める効果があるようだ。


 帝王はだんだん顔色が良くなり、身体の震えもおさまってきた。


『帝王陛下、どうぞ玉座にお戻りください。そして布告をお願いいたします』


『うむ、うむ』


 帝王はきびすを返すと玉座に向かい着席して言った。


「皆のもの、面を上げよ」


 ヤレヤレ、やっと段取りどおりに謁見が始まりそうだ。


 オレは少しずつ神威を抑えていった。


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