第114話 没落寸前の男爵家を救え:④

 オードリーは紋章を手に取ってシゲシゲと見ていたが「ピカピカ光って綺麗だけど派手ね。まぁいいでしょう」と言って屋敷に戻って行った。


 奥様のおめがねにはかなわなかったかな。


 オレはジェームズに『念話』で言った。


『お父様、明日は二人だけでそーっと屋敷を抜け出して鍛錬場に行きましょう。他の者に知られると大騒ぎになりそうですからね』


『他の者…クラークとヴィヴィアンにもか?』


『クラークは大丈夫かなと思いますが、ヴィヴィアンはねぇ…』


 オレが苦笑すると、ジェームズもため息をついた。


『あのは…そうだな。そーっと抜け出すか』


 ジェームズとオレはニヤリと笑い合った。


『まぁどうせ誰かが気づいて追いかけてくるでしょうがね。帝都の外へ出るための身分証はお忘れないようにお願いしますね』


『あぁ、わかった。明日の朝食後だな』


『はい、それでお願いします』


 オレたちは屋敷に戻りながら『念話』を続けた。


『父上は私がヘブバ男爵家に力を貸すのはお嫌ですか?』


『いや、そんなことはないが、アソコは本当に何も無いところだぞ』


『そうかどうか一度行ってみようと思います。話に聴くのと自分の目で確かめることは違いますから、実際にヘブバ男爵領の現状を見るのは大事なことだと思います。夕食の時にそのことについてみんなにお話しします。リンドおじいさまにもお話して私を迎え入れる準備をしてもらう必要がありますから』


『そうか…、わかった』


 オレたちは屋敷に入ると、それぞれの部屋に行った。


 オレは魔物図鑑でゴブリンとコボルトの生態について調べ始めた。


 ヘレンが夕食の準備ができたと言って迎えに来た。


 食堂に行くと家族とリンドじいさんがいた。


 オレが席につくと、ジェームズが言った。


「クラーク、ヴィヴィアン。お前たちにリンド・ヘブバ男爵を紹介しよう。ヘブバ男爵はオードリーのお父様だ、つまりお前たちの直系のお祖父様だよ。さあご挨拶をしなさい」


「ジェームズ・コーバン子爵家嫡男のクラーク・コーバンでございます。どうぞよろしくお願いいたします」


「ジェームズ・コーバン子爵家長女のヴィヴィアン・コーバンでございます。よろしくお願いいたします」


「うむ、リンド・ヘブバだ。帝王陛下より男爵位をいただいておる。初めて会うが二人とも聡明そうだな。よろしく頼む」


「さて、食事にしようか」


 ジェームズがそう言うと、メイドたちが夕食を運んできた。しばらくは黙って食事をしていたが、ヴィヴィアンが口を開いた。


「男爵様は帝都によくいらっしゃるのですか?」


「いや、オードリーがジェームズと結婚した時に来て以来だな。あれはもう…」


「お父様、ワインのグラスが空ですわ。まだ召し上がるでしょう?」


 うん?、オードリーは年齢がバレるのがイヤなのかな?。帝立学園の中等部を卒業して結婚してから十数年として、気にする年齢では無いと思うけど、女性に年齢の話しは禁句だからな。


 またしばらくは黙って食事をしていたが、見ているとリンドじいさんは普段は節制していて飲まないワインをグイグイ飲んでいい感じに酔っ払ってきたようだな。そろそろオレの計画を話しておくか。


「みんなに話しておきたいことがあるんだ。お父様とお母様とリンドおじいさまと四人で話したことなんだが、ヘブバ男爵領の復興のためにボクが授かったサリーエス様の加護で何かしらできないか考えてみることになったんだ。それで二日後の帝王陛下との謁見の場にはボクの直系の祖父として一緒に臨席してもらうことになったんだよ。当日までこの屋敷に滞在していただいて、一緒に王城に行くからよろしくね」


「それから謁見が終わったらヘブバ男爵領に行ってみようと思っているんだ。実際に現地を見ないと、何ができるのか分からないからね」


「アラン、あそこは本当に何も無いところなのよ。それにアランが帝都から出るのはコーバン侯爵領に行く時じゃないの?」


 オードリーが訊いた。オレはみんなに、そしてどこかから聞き耳を立てている者たちに聴こえるように言った。


「ヘブバ男爵家は、リンドおじいさまが言うにはこのままでは没落寸前の貧乏男爵家なんだ。でも直系の孫のボクがサリーエス様の加護を授かったことによって何かが変わるかもしれない。あるいは変わらないかもしれない。サリーエス様の加護があるからと言ってもボクはなんでもできるわけじゃない。でもなにかヘブバ男爵領の領民たちにしてあげたいんだ」


「だから、帝王陛下との謁見の場に一緒に行ってもらって、ボクの直系の祖父であると他の貴族家当主に知らしめることで、そこからなにかが始まるかもしれない。それに加えてボクがヘブバ男爵領に行ってなにかしたとかいう噂が立てば、さらになにかいいことがヘブバ男爵領の領民たちに起きるかもしれない…、起きないかもしれないけれど、このまま何も行動しないよりはいいと思うんだ」


「アランがやりたいと言うのなら私はそれをやればいいと思うよ。私もお母様の生家が没落するのを黙って見ているのはイヤだが、今の私にはそれを変える力は無いから…、頼むぞアラン」クラークが言った。


「無理はしないでね」ヴィヴィアンが言った。


「うぉぉ〜〜〜ん」


 大声を出してリンドじいさんが泣き出した。


 オレたちが呆気あっけにとられて見ていると、リンドじいさんが立ち上がって叫び始めた。


「ワシは幸せ者だ!、今日この屋敷に来るまではまもなく没落するしかないヘブバ家をどうやって永らえさせるか、コーバン侯爵家にとりなしてもらって援助してもらうしかないと、ジェームズの靴をめてでもなんとしても助けてもらおうと思っていたのに、本来ならばワシなんぞ相手にもしてもらえないはずのアランは優しく話しかけてくれて力を貸そうと言ってくれたし、帝王陛下との謁見の場でワシを祖父として扱ってくれるとも言ってくれた。それにクラークも優しく声をかけてくれたし、オードリーも昔のように笑いかけてくれた。ワシは今日まで生きてきて本当に良かった」


 リンドじいさんはグラスに残ったワインをグイッと飲み干すと言った。


「ワシはやるぞ!、ヘブバ男爵領の領民たちのためにやるぞー!!」


 オレは苦笑しながら立ち上がると、リンドじいさんの横に立って背中に手を置いて言った。


「リンドおじいさま、お気持ちは充分伝わりました。まずはお座りください」


「うぅん…、あぁ。座るか…」


「リンドおじいさま、私がヘブバ男爵領に行っても何かできることがあると決まった話ではありません。しかし私が直系の祖父であるリンドおじいさまを訪ねて行ったという事実が大事なのです。何ができるかは実際に現地でご相談しましょうね」


「うん、うん。そうだな。相談しよう」


 オレは右手の人差し指の先端を包んでいる結界に針でついたくらいの穴を開けて、リンドじいさんの背中を中心に、ごくごく少量の神威で生活魔法の『プチヒールし』をかけた。


 思ったより効果バツグンで、リンドじいさんは張り詰めていた緊張がゆるんで身体の力が抜けて眠りこけそうになっている。


 オレは結界の穴をふさぎ、家族の体調に異変が無いか確かめた。誰も具合が悪くはなっていないようだ。


「リンドおじいさまはずいぶんお疲れのようだ。ワインを飲みすぎたのもあるかな…」


 オレは食堂の隅に控えていたホルンを手招きして言った。


「おじいさまを客室に運んでくれ」


 ホルンは静かに頭を下げると、軽々とリンドじいさんを抱えて運んでいった。


 ホルン…、身体強化使えるのか、お前スゴイな。

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