第112話 没落寸前の男爵家を救え:②

「リンド・ヘブバ男爵様、わたくしは血の繋がった孫ですから、リンドおじいさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 オレはまず軽いジャブで相手の出方を見ることにした。


 ジェームズもオードリーもオレの発言に驚いていた。どうせアランのご機嫌をうかがうついでに援助おねだりを頼みに来たんだろうから、適当に相手をして帰すつもりだったからだ。


 それはヘブバ男爵も同じで、いきなりおじいさまと呼んでもらってもドギマギするばかりだ。


「リンドおじいさま、ヘブバ男爵領はどんなところなんですか?。教えてください」とオレはたたみ込んだ。


 神眼で読み取った情報とすり合わせてみれば、ヘブバ男爵の人となりがわかるだろう。真実を述べれば良し、うまく誤魔化すならどういうふうに誤魔化すかだな。


「うぅん…、ヘブバ男爵領は自然が多く大きな河と山があるぞ。領民は農民ばかりだが皆真面目に耕作地で汗を流し魔物が出れば力を合わせて狩っている。生活は楽ではない…、だが皆懸命に生きている…、懸命にな…」


「貧しいながら懸命に生きることにかけてはヘブバの領民は誰にも負けんぞ!」


「そんな領民たちにむくいてやるだけの力が…」


「ワシに…、ワシらに…」


 リンドじいさんは言葉に詰まって下を向いてしまった。ジェームズとオードリーもさっきまでの嫌悪感むき出しの雰囲気からなんだか寂しそうな雰囲気に変わってきた。


 うーん、…どうしようかなぁ。こんなに早く追い詰めるつもりは無かったし、コレじゃ何も話が出来ないよね。


 どうしようかなぁ…。


 オレは空気の読めないバカのふりして訊いてみることにした。


「リンドおじいさま、山には魔物が住んでいるのですか?」


 リンドじいさんはしばらく考えていたが顔を上げて言った。


「山にはボアやディア(鹿)がいるな。時々農作物を食べに山を下りてくるから、それを領民たちが集団で狩って肉を食べるし、皮や骨に牙は近くの街で売るのだ。ディアの肉は美味いぞ」


 おっリンドじいさん笑ったぞ。いいねいいね。


「他には危険な魔物はいないのですか?」


「危険な魔物…、そういえば…たまにゴブリンやコボルトが下りてくることもあるが、あやつらは食べられないし、臭いし、厄介だな」


「ゴブリンやコボルトですか…、頻繁に下りてくるわけではないのですか?」


「そうだなぁ…、冬場は山に食べ物が少なくなるから下りてくるが、春から秋は木の実やキノコに魔物もいるから、それらを食べているようだな」


「農作物はどんなモノを作っているのですか?」


「小麦や大麦、芋や葉物野菜だな。自分たちで食べる分を残して、近隣の街で売るのだ」


「領民たちは農民がほとんどと言われましたが、どれくらいいるのですか?」


「昔は数千人はいたが…、今は二百…三百人はおらんなぁ」


「どうして領民が減ったのですか?」


 さてリンドじいさん、ここから本チャンのお話が始まるよ、ちゃんと本当のことを話してね。


 リンドじいさんはしばし考えこんだ。オードリーもなんだか嫌そうな顔をしている。


 やがて意を決したように言った。


「領地内にある山からは鉄鉱石が採れたのだが、ワシのじいさん、初代ヘブバ男爵が亡くなる前に鉱脈を掘り尽くしてしまったのだ。それからしばらくは景気が良かったときの貯えでなんとかしてきたが、もうそれも無い。それどころか農作物を抵当ていとうに入れて金を借りている始末だ。ジェームズやオードリーにもコーバン侯爵様にもご迷惑をおかけしているていたらくなのだ…」


「ご迷惑をおかけしている…ご親戚の方が困っていれば助けるのは迷惑には思わないのではないですか?」


「アランがそう言ってくれるのはありがたいと思うが、それはワシにとっては重荷なのだ。領民たちに負担をかけないようにワシや男爵家では贅沢は禁止しているが、それでは追いつかないのだよ…」


「領地内に何かお金が稼げるモノは無いのですか?」


「それがあったら苦労はせんよ」


 リンドじいさんは悲しそうな顔をして笑った。


 さて、リンドじいさんは嘘は言ってない。下手な誤魔化しもしなかった。


 オレに何ができるかな…?。


 ヘブバ男爵家の名誉回復・領地の産業復興・借金返済…。


 こりゃあ難問山積だよ。


 オレは解決策を探りながら、ストレートに訊いてみた。


「リンドおじいさまは、わたくしに何かしてほしいことがおありなのではないですか?」


 リンドじいさんは目を見開いてオレを見た。


 ジェームズとオードリーもオレが面倒事に頭から突っ込んでいくのにハラハラしているようだな。


「できれば『創造神様の加護』を授かったアランに我が領民たちを救ってほしいと思っている。ワシやヘブバ男爵家がどうなろうと…、領民たちには罪はない。それがワシの望みだ」


 あー、そうですか…。自分たちのことより領民たちのことを考えているんだね。


 ズルイかなと思ったが、神眼で探ってもリンドじいさんは本気でそう思っているようだ。





 では微力ながらお力添えいたしましょうかね。





「お父様、帝王陛下との謁見にはコーバン侯爵様やヘンニョマー侯爵様は臨席されますか?」オレはジェームズに訊いた。


「あぁ、されるだろうな」


「それはどうしてですか?」


「んんんっ?、それはだな…ガーシェ大帝国の高位貴族家の当主であるし、アランの祖父・曽祖父だからだな」


「つまりわたくしの血縁者として臨席すると解釈してよろしいのですね」


「そうだよ」ジェームズは何を今さら訊いているんだという顔をしている。


「では、こちらにいらっしゃるリンド・ヘブバ男爵様も、わたくしの血縁者として帝王陛下との謁見の場に臨席されてもおかしくはないですね」


「うぅん…、おかしくはない…な」とジェームズは答えた。


 はい、言質いただきました。


「お母様。お母様の父上のリンド・ヘブバ男爵様が、わたくしの直系の祖父として謁見の場に臨席されることにご異論はありますか?」


 オードリーは黙ってオレをジーッと見ていたが、やがて小さく頷くと言った。


「いいえ、母方の祖父として臨席されることに異論はないわ」


 はい、コチラからも言質いただきました。


「リンドおじいさま。わたくしの血縁者として、王城での帝王陛下との謁見の場に付き添っていただきたいのですが、いかがですか?」


 リンドじいさんは目を丸くしてフリーズしている。


 オレは手っ取り早く、しかもカネをかけずにできることとして、ヘブバ男爵家がオレに繋がる貴族であるということを、謁見の場に臨席する他家の貴族どもにアピールすることにしたのだ。


 辺境の没落寸前の男爵家が『創造神サリーエス様の加護』を授かった子どもの直系親族であると知られれば、いままで歯牙にもかけなかった連中が何かしら知己を求めて群がるだろう。それはいいことばかりでは無いだろうが、リンドじいさんには頑張ってその連中をさばいてヘブバ男爵領を盛り上げるために利用してもらわないとイケナイ。領民たちのために自分のことをないがしろにできるなら、覚悟を決めてもらうしかない。


「リンドおじいさま!、謁見の場に立ち会っていただけますね!!」


 オレが強めに言うと、フリーズしたままでウンウン頷いている。


「では、二日後の謁見の場にはわたくしと一緒に王城に行きましょう!。よろしいですね!!」


「リンドおじいさま、ヘブバ男爵領の領民たちのことを思う気持ち、たしかに受け止めました。微力ではありますが、わたくしに何ができるのか考えていきたいと思います。その手始めとしてヘブバ男爵家はわたくしに繋がる直系の親族であるとガーシェ大帝国の貴族当主が集まる場で明らかにしたいと思います。そのことによって有象無象がヘブバ男爵家に群がって来るかと思いますが、ヘブバ男爵領を盛り上げていくための手段として利用していく必要があります。リンドおじいさまはこれから忙しくなりますが、大丈夫でしょうか?、もしお嫌ならやめておくのも可能ですよ」


 リンドじいさんは黙って考え込んでいたが、顔を上げると踏ん切りがついたように言った。


「有象無象が群がってくるか…、どうせそのうち没落する家だ。そやつらをワシが振り回してやるのも一興だろう。それがワシの寿命を縮めることになるかもしれんがな…」


「何かしら領民たちに報いることに繋がればそれもいいだろう」


「お父様…」オードリーが涙目で言った。


「オードリー、ジェームズ、お前たちの子どもがワシに汗をかけというのなら、かいてやろう。孫の吹く笛に合わせてジジイが踊るのだ、面白そうであろう?」


 リンドじいさん、わかってるじゃないか。


 いい音させて笛を吹いてやるよ。楽しみにしてな。




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