第107話 声を合わせてご一緒に

 サマダン・オチョーキンは奥歯をギリギリと噛み締めていた。

『創造神様の加護』を授かったアランを我が陣営に迎え入れることができれば、いつの日にか我が血筋の者から帝王位につく者を輩出するという悲願に手が届くかもしれないが、これといった妙手が頭に浮かばない。


 ドナルド・コーバン侯爵の孫というのはまだ良いとして、帝王支持派の筆頭といえるヘンニョマー侯爵の直系の孫で、ワシに見せつけるように『おじいさま』と呼ばせている。 このままでは帝王支持派の力が増すことにつながるかもしれない…。


 どうしたものか…、チラリと次男のサリバンを見たが、アランを見ようともせずあらぬ方を見ている。


 ともかくこの場を仕切るのは上位貴族のワシでなければならない!、サマダンは意を決して口を開いた。


「アラン・コーバンよ。創造神様が降臨されてから目が覚めずにいたと聴いていたが、無事に目覚めたのは喜ばしいことだ。身体に異変は…少し背が…手足も…伸びたのではないのか?」


「うむ、たしかに身体が大きくなっているようだが、大事無いのか?」ドナルドがすかさずアランにいた。


 オレは、じいさんたちのマウント合戦を内心ニヤニヤしながら見ていたが、もう少しサマダンをあせらせてやろうと思って答えた。


「オチョーキン公爵閣下、お気遣いありがたく存じます」


 サマダンは他人行儀な答えにちょっとがっかりしたような顔をした。


「ドナルドおじいさま、少し背が伸びたみたいですが、痛みもなく身体に異状はありませんよ」


 ドナルドは多少くだけた感じで答えたオレに満足そうにうなづいた。


「寝ているあいだに身体が大きくなったのは…創造神様の加護の効果なのか?」オリバがすぐさま訊いてきた。


「はい、オリバおじいさま。創造神サリーエス様のおぼしで身体が成長しました」


 じいさんたちとサリバンはギョッとしてオレを見た。


『創造神様の御名前を口にすることは禁忌とされているのに…こやつはそれを知らんのか…』


 しかし、じいさんたちやサリバンに気づかれないように眼を伏せて『神眼』でやつらの考えをそっと読んでいたオレには、そんなことは御見通しなのだよw。


 オレはここぞとばかりにたたみ込んだ。


「皆さまに是非お伝えしなければいけないことがあります。その前に、私に授けられた『創造神サリーエス様のご加護』により使うことができるようになった大いなるお力:神威カムイを皆さまにご披露したいと思います」


 それを聴いてサリバンは身体中から冷や汗が吹き出した。コーバン侯爵邸の書庫で感じた清浄なる大いなるお力:威厳と威圧に圧倒されたあの力をここで披露するとは…、私やジェームズたちはまだ若いから耐えられるかもしれんが、年寄りたちは耐えきれないのではないか?。アラン・コーバンは我が父サマダンやコーバン侯爵・ヘンニョマー侯爵をこの場で亡き者にするつもりか?。


「アラン・コーバンよ。まことにこの場で大いなるお力を使うつもりか?。」


 オレはそれには答えず、神威反射を付与した結界で応接室全体を包み込み、右手だけ結界を解除した、


 神威反射で防がれていた神威が流れ出た。オレはドナルドじいちゃんに右手を向け『一』と数えた。オリバじいちゃんに右手を向け『一・二』と数えた。


 胸を押さえ神威の威厳と威圧に耐えている二人を見て、サマダンに右手を向けて『一・二・三』、サリバンには大サービスで『一・二・三・四・五』と数えてから右手の結界を張った。


 サマダンは胸を押さえ冷や汗をかいているし、サリバンはその場に膝をついて息を荒くしている。


 オレはそれをチラ見してから、じいさんたちに言った。


「創造神サリーエス様の思し召しにより、『神眼』も使えるようにしていただきました」


 オレは神眼がよく見えるようにじいさんたちに近づいた。


 綺麗な色のドットが混ざり合った瞳を見て、じいさんたちは息をのんだ。


 創造神の降臨に立ち会ったサリバンはその後自邸の書庫はもちろん帝立学園の図書室や王城の禁書庫にまで足を伸ばし、創造神の降臨やその力について調べていた。その中に『神の瞳は赤・青・緑・黄・金・銀などの様々な綺麗なドットで構成されている…』という一文が載った古文書があった。


 目の前にあるアランの瞳…様々な色のドットで構成された瞳…これが古文書に記されていた神眼か…。


 サリバンはアランの足元にひれ伏した。この者の不興をかえば我が身になにが起きるかわからない…逆らってはいけない。サリバンは一心不乱に神の許しをうた。


 オレはサリバンを無視してじいさんたちに言った。


「わたくしは創造神サリーエス様から大事なお役目をうけたまわっております。いま創造神サリーエス様の大いなるお力:神威と神眼をお見せしたのは、そのお役目を果たすために皆さまのお力添ちからぞえをいただきたいからです」


「皆さまは先ほどからわたくしが創造神サリーエス様の御名前を口に出していることにお気づきでしょう。サリーエス様から承ったお役目というのは、『サリーエス様の御名前をお呼びする、口にするのは『禁忌』である』というのは間違いであると正すことなのです」


「細かい話ははぶきますが、創造神サリーエス様は聖サリーエス神教国に神罰を下された時に『、それをとする』と神託を下されました」


「それがいつの間にか『サリーエス様のも『』である』と間違って伝えられているのです」


「サリーエス様は人々が御名前を禁忌として聖職者や魔法使いたちが使わず、他の人々も創造神様とだけお呼びになるのに心を痛めていらっしゃいます。創造神サリーエス様のうれいいを晴らすのが、わたくしのお役目でございます」


「しかし、いかに創造神サリーエス様の加護を授かっているとはいえ、わたくし一人ではかなうものではありません。ですがガーシェ大帝国の高位貴族である皆さまのお力添えがあれば…」


「サマダン・オチョーキン公爵閣下、サリーエス様の御名前を人々がお呼びするようにお力添えいただけますでしょうか?」


 神威に圧倒され冷や汗をかいて胸を押さえ、さらに神眼を見せられて我が寿命の尽きる日は今日であったかと絶望しかかっていたサマダンは、アランの問いかけにハッとした。


『コレだ!。コレをそつなくこなせば、アランの心象も良く、創造神様の御威光を取り戻す一助として働いた我に・我が一族に周囲の者達も一目も二目も置くであろう。コレを逃す手は無い!!』


 サマダンは、もったいつけて答えた。


「うむ。創造神様から託されたアランのお役目はその小さき身には重すぎるものであろう。ワシやワシの一族を上げてそのお役目を果たすために力を貸そう」


 オレは内心のニヤニヤが止まらなかった。ドナルドやオリバとの親密度合いを見せつけられて、れていたサマダンじいさん。オレが投げてやったエサに喰い付きやがったよ。


「公爵閣下のお力添えがいただければ、わたくしのお役目を果たすのに百万の援軍を得たようなものです。感謝いたします」


「ドナルドおじいさま・オリバおじいさまもお力添えいただけますか?」


「「もちろんだ!。力を貸そう!!」」ドナルドとオリバはサマダンに負けてなるかと声を上げた。


 そんなに力を入れて声を揃えなくてもいいのに。仲良しさんだね。


「ではこの場にいる皆さまに大きな声で創造神サリーエス様の御名前をお呼びしていただきたいと思います。わたくしのあとに続いてください」


「創造神…、はい!、どうぞ!!」


「「「「「「「創造神」」」」」」」ジェームズたちも一緒に言った。


「サリーエス様…、はい!、ご一緒に!!」


「「「「サリーエス様」」」」ジェームズたちは言ったが、じいさんたちは長年言い聞かされてきた『禁忌』が怖いのか言わない。


「もう一度!、サリーエス様。はい!!、どうぞ!!!」


 じいさんたちは踏ん切りをつけたのか、キリッとした顔で言った。


「「「サリーエス様」」」心なしかビクつきながら言ったが、オレはそんなものでは許さないよ。


「もっと大きな声で!、サリーエス様!!」


「「「「「「「サリーエス様ー!」」」」」」」じいさんたちは半分ヤケクソで大声を出した。


「素晴らしいです!、創造神サリーエス様もお喜びでしょう!!」


 オレはその場に左膝をついて両手を胸の前に組み、頭を下げて言った。


「創造神サリーエス様の御名前を人々がお呼びするように広めるために、この場にいる者たちが力を貸してくれます。サリーエス様の祝福がこの場にいる者にたまわりますように」


 オレはそっと天井から光が降りそそぐように魔法を使った。


 その光をサリーエス様の祝福と勘違いしたじいさんたちは、オレと同じように膝をついて両手を胸の前で組んで祈り始めた。ジェームズたちも同じようにやり始めたので、あとでネタバラシしようとしたのを止めた。


 だってぇ…、すごーく怒られそうなんだもの。


 この場にいて、オレのトリックに気がつきそうなサリバンは魔法反射を付与した結界で包んでおいた。神眼で探ったが何も気がついていない。


 サマダンは創造神サリーエス様に祈りながら思った。


『禁忌とされていたのは間違いだったのか…。実際御名前を口に出しても神罰も何も起こらない。むしろ祝福の光が降り注いでいるではないか。よし、コレは我が一族郎党に至急便を出して帝王よりも早く広めねばならぬな。今日は我が一族が繁栄の足がかりをつかんだ良き日になるぞ』


 オレはそっと神眼でサマダンの目論見もくろみを読み取って思った。


『じいさん、いい夢見ろよ』




  

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