第77話 神罰下って日が暮れて:⑥

【 コーバン侯爵家 side:⑤ 】


 床に横たわるアリアーナを見ながら、ドナルドがリチャードにきいた。


「眠りの魔法はどれくらい長く効いているのだ?」


「おそらく明朝まではこのままかと」リチャードが答えると、「そうか…、では邸内の別室に寝かせてやれ」とドナルドは言った。


 それを聴いたハルンがアリアーナを抱いて部屋から出ようと動いたが、リチャードが素早く抱き上げて「私が運ぼう。案内を頼む」とハルンに言った。


 ハルンは軽く頭を下げて、執務室の扉を開けてリチャードが通るのを待った。


「リリアンを呼んで帰ってくるように」とドナルドが申しつけると、二人は執務室を出ていった。


 またしばらく静寂の時が流れたが、アーノルドが立ち上がり言った。


「お茶を入れ直しましょう」


 それを聴いたオチョーキン公爵の嫡男サリダンとヘンニョマー侯爵の嫡男オーギュストも立ち上がり、手を貸してくれた。


 三人は子どもの頃からの顔なじみで近しい親戚だし、それぞれの父親の秘書官として一緒に仕事をすることもある。


 立場的にはサリダンが上位だがアーノルドとは叔父甥の仲なのと同じ軍務畑で気安いし、財務畑のオーギュストとは軍備に関する予算交渉で話をする間柄だ。帝王弟派と帝王派のそれぞれの立場から多少はギクシャクすることもあるが、大きな対立関係は無い。


 父親のサマダン・オチョーキン公爵とは違い、サリダンは帝位簒奪ていいさんだつには興味が無い。帝王になって常に生命を狙われてピリピリしたり、ガーシェ大帝国の舵取りとして激務に神経をすり減らすなんて、やりたい仕事ではない…。


 帝王の子どもたちが死因不明のままで次々死んでいくのも見てきたサリダンは、帝王はなりたいヤツがやればいいさと思っている。それは誰にも言えないがな…ともサリダンは思っている。


 三人は紅茶を入れ直して父親たちに差し出し、自分たちも入れたての熱い紅茶を口に含んだ。


 そうして、今回の事態を穏便おんびんに収めることができそうな話の流れに思いをはせていると、リリアンを連れたリチャードとハルンが執務室に戻ってきた。


 リリアンは執務室に入ると、入り口で立ち止まり、左膝を軽く曲げドレスのすそを軽くつまんで頭を下げて言った。


「オチョーキン公爵閣下、ヘンニョマー侯爵閣下、コーバン侯爵閣下、ご列席の皆様。アーノルド・コーバン伯爵が第二夫人リリアンでございます。お呼びとのことでうかがいました」


 先ほどのアリアーナとは違い、礼儀作法にのっとった妻の挨拶にアーノルドはホッとした。


「うむ、用件はエリザベスとクローディアのことなのだが…」ドナルドがそう言うと「エリザベスとクローディアですか…、しばらく姿が見えないのでどうしたのかと思っていましたが、何か粗相そそうをいたしましたでしょうか?」


「それはこれから説明しよう、まずは近くにきなさい」ドナルドはそう言うと、リチャードに目で合図をした。


 リチャードはすぐさま遮音魔法を展開した。


「エリザベスとクローディアについて話す前にたずねたいことがあるのだ。今日のアランの加護と魔法の披露を見てどう思った?」


「どう思ったですか…、『創造神様の加護』については、マローン大司教様が鑑定され確定したもので、我が親族にそのような者がいることは誇らしい事だと思いました。魔法については、リチャードお様がその硬さを確かめた時のもろさを見て、まだ四歳だし、これから成長していけば、もっと硬くて大きな結界が作れるようになるのかしら…、と思ったのが正直な感想です」


「ではアランがエリザベスかクローディアの家来になったとしたらどうする?」


「えっ?、アランが家来に…。これはまだどことも決まった話ではありませんが、いずれエリザベスもクローディアも良き御縁があれば嫁がせるつもりですし、それはアーノルド様とも話し合っていることです。お付きのメイドならともかく、『創造神様の加護』を授かっている者が家来になっても…宝の持ち腐れになるのではないでしょうか?。」


「ではアランはこれからどうするのがいいと思う?」


「それは…、お披露目の場でオチョーキン公爵閣下がおっしゃられたようにコーバン侯爵領でのびのびと生活して身体と精神こころの成長を待ってから、ジェームズやオードリーがアランと話し合って決めればいいことではないかと思います」


「つまり、リリアンには直接関係の無い話だと」


「はい、その通りでございます」リリアンは話の流れが見えないので、不安そうにアーノルドを見た。


 アーノルドは妻に書庫で起きた事態について説明した、そしてエリザベスとクローディアが帝都を遠く離れた場所にある修道院でしばらく暮らすことを告げた。


 リリアンは血の気が引いた顔でよろけた。素早く近寄ったアーノルドがその身体を支えた。


 リリアンは人目をはばからず泣き出した。


 その背中を軽く叩きながらアーノルドは言った。


「リリアン、何も心配することはない。しばらく帝都を離れて空気のいい場所で暮らすだけだ。それにリチャードも付き添ってくれるから安心しなさい。お前も一緒に行くか?」


 アーノルドがきくと、リリアンはしばらく考え込んでいたが、やがて涙声ながら顔を上げて言った。


わたくしはアーノルド様のおそばにいたいのです、ダメでしょうか?」


「いや、ダメではないが…。娘たちのそばにいたいのではないか?」


「先ほども言いましたが、いずれはどこからか良き御縁があれば嫁がせる娘です。少し早いとは思いますが、子離れ親離れをしてもいいのではないかと思います。冷たい母親と思われますか?」


「いや、そうは思わないよ。子離れ親離れか…。そういう考えもあるか…」


「それにアナタとは娘二人はもうけましたが、息子も欲しいなと…」言っているうちに涙は何処へやら、顔を赤くしたリリアンを見て軽く股間が熱くなってきたアーノルドも顔を赤くしながら「リリアン、皆様の前ではしたないぞ」と言ったが、『息子がもう一人増えてもいいなぁ』と思った。


 室内にいる者たちは突然始まったアーノルド夫婦のイチャイチャシーンに唖然あぜんとしたが、やがて誰ともなく笑い出した。


 アーノルド夫婦はバツが悪そうにしていたが、やがて同じように笑い出した。


 オチョーキン公爵とヘンニョマー侯爵はコーバン侯爵と目線を交わした。


『リリアンはこの事態には関係ないな』三人は頷きあった。


 「えっへん!、夫婦仲良きことで大変けっこうであるな」オチョーキン公爵はニヤニヤしながら言った。


「まことにそうですなぁ」とヘンニョマー侯爵も続けた。


「リリアン、今回の事態を穏便に済ませるための処置だ。こらえてくれ。アーノルドは今しばらくここに残る。アーノルドとは後ほど


 孫が増えるか…、それも良しだなと思いながらドナルドは言った。


 リリアンが執務室から下がると、とりあえず打ち合わせた内容を再確認し明朝帝王と謁見して報告することに決めた。


 謁見の先ぶれはオチョーキン公爵がすることになり、王城で待ち合わせることも決めた。


 教会については帝王との謁見後に打ち合わせすることにした。


 この場は散会となり、それぞれの屋敷に戻ったが、今後のことを思うと眠れない夜になることは間違いない。


 アーノルド夫婦には違う意味だがw。





 ーーーーーーーーーー






 執務室内での一部始終を見届けたオレは大きく腕を伸ばしてあくびをした。


 途中までは陰陰滅滅としたドヨ〜ンとした重たい空気の中での話だったが、最後にリリアンがぶちかましてくれて、明るい空気に変えてくれて良かったねと思った。


 しかし疑問が残ったのは、あの母親リリアンの様子から見て、縦ロールエリザベスがオレにガーシェ大帝国に奉仕しろと言った理由はわからないままだったなぁということだった。


 まぁ詮索せんさくしてもしかたないことかなと思いスクリーンを閉じて少し眠ることにした。


 今日はいろいろなことが起きすぎて精神的に疲れたよ…。


 おっと、この身体は神威でできた精神体だから疲れないし、眠らなくても大丈夫みたいなんだけど気持ち的にねw。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る