第76話 神罰下って日が暮れて:⑤

【 コーバン侯爵家 side:④ 】


「軍務大臣閣下がおっしゃったように、魔法師団に副団長として籍は残しておいて、有事の際には復職するとするか。リチャード、それで良いな」ドナルドがリチャードに問いかけると、リチャードは言った。


「軍務大臣閣下、軍務副大臣閣下の仰せのとおりにいたします」


「うむ、魔法師団長や各所とのすり合わせにはワシも尽力しよう」サマダンはそう言った。


「子どもたちの処遇についてですが、いまだ意識が戻らず邸内にて静養させています。これはアランとは違い、事の顛末が知られる前に速やかに身柄を移すのが得策と思います」とドナルドが言うと、「そのようにするのがよろしかろう」サマダンが同意した。リチャードも頷いた。


「では、そのように手配いたします」ドナルドは家令のハルンを見ながら言った。


「かしこまりました」ハルンは答えた。


「さて、そもそもどうしてこのような事態になったのだ…?」サマダンが呟くように言うと、ドナルドが言った。


「プリックは十四歳で帝立学園に通っていますが、フラックとフリップは八歳、エリザベスもまだ十一歳。まだまだ子どもで自分の考えのみでこの事態を引き起こしたとは考えにくい。これには母親が関係しているのではと思います」


「これは私だけの経験では無く、この場におられる皆様にも思い当たることがあるのではと思いますが、子どもというものは親の影響を受けて育つものです。父親よりもより多くの時間を共に過ごす母親が言う事は、素直に心に刻んでしまうものです」


「つまり、母親が良いと言ったことは良いこと。ダメと言ったことはダメなこととして判断基準を母親に合わせてしまう」


「それは母親が子どもにかけるのろいとなって、その子どもをあやつることになってしまうのではないでしょうか」


「プリックたちの母親は元第六王女のアリアーナです。庶子として産まれ育ったアリアーナが帝王やこの国に対して何か思うところがあるのは想像にかたくないと思います」


「『創造神様の加護』を授かっているアランを我が子の家臣にして、それをもってこの国に奉仕させる…それは我が子を利用してアリアーナ自身がこの国に影響力を及ぼさんとした可能性があります」


「実際にプリックはお披露目会場で軍務大臣閣下や財務大臣閣下をはじめとした、貴族家の当主が立ち会った席で、不躾ぶしつけにもアランの言葉遣いをあざ笑いおとしめました。あのような振る舞いはアランのみならず、我々貴族家の当主をもないがしろにしたものでした。アレはアリアーナの影響が強く出ていたと思います」


 リチャードはそれを聴いて、みずからがアリアーナの子どもたちをかまってこなかったことを思い返して下を向いた。


 ドナルドはそれにかまわず、リチャードにきいた。


「アリアーナは邸内に留め置いてあるな?」


「はい、アリアーナとリリアンは邸内におります」


「では、この場にアリアーナを呼んで問いただすとしよう。リリアンはその後だな」


 ドナルドはハルンにアリアーナを呼んでくるように申しつけて、リチャードに遮音魔法を一旦解除するように言った。


 ハルンが執務室を出ていくと、ドナルドはリチャードに小声で言った。


「お前は眠りの魔法が使えたよな?」


「はい、闇魔法の使い手ほど上手くはありませんが使えます」


「では、万が一アリアーナが取り乱したときには…、それを使え」


「かしこまりました」


 やがてアリアーナがハルンに連れられて執務室に入ってきたが、いきなり大声で叫び始めた。リチャードはあわてて遮音魔法を展開した。


「お様、プリックたちはどこにいるのですか?、あの子たちには大事な用事を申しつけたのに、どこかに姿をくらまして…。アナタ!、あの子たちがどこにいるか知らないの?」


 室内にはオチョーキン公爵もヘンニョマー侯爵もいるのに、それにかまわず挨拶無しでわめき散らすアリアーナに一同は目を丸くしたが、ドナルドは気を取り直してアリアーナにきいた。


「プリックたちに申しつけた大事な用事とは何かな?」


「アランを家来にすることですわ!。あの子が『加護』を与えられたなんて何かの間違いです。プリックかフラック…フリップでもいいわ…、私の子どもたちに与えられるべきのものなんです!!」


「あの子たちは帝王の血を引くわたくしとオチョーキン公爵の血を引くリチャードの子どもたちなのだから、ゆくゆくはこの国の中枢をになっていく重要な役目があるのです。だから間違って『加護』を与えられたあの子はプリックたちの家来になるのが当然なのです」


 ドナルドはもう充分と判断して、リチャードに目で合図をした。リチャードは静かにアリアーナに近づくと眠りの魔法をかけた。


 その場に倒れ込みそうなアリアーナをそっと抱きとめると、リチャードは床に横たえさせた。


 眠ったアリアーナのゆがんだ顔を見て、リチャードは深いため息をついた。


 ドナルドは室内にいる者に言った。


「どうやら私が想像していた最悪のことが起きていたようですな…」


 室内には静寂が訪れた。


 ドナルドはアリアーナも帝都から離れた場所に行かせる必要があるな…と思った。子どもたちはいずれ帝都に戻ってこれるかも知れないが、この女はダメだ。


 ドナルドはふとクラリスの顔を思い出した。アリアーナとは違い、精神こころが壊れてしまっていたクラリスは静かに去っていった。


 クラリスの乗った馬車を見送りながらドナルドはひそかに涙をぬぐったことを思い出していた。





 ーーーーーーーーーー





 再び執務室の様子をライブビューイングで見ていたオレは『このオバサン、どうしてこうなったんだろう?。生まれつきダメな母親だったんだろうか…』と思っていた。


 するといきなりスクリーンに文字がズラズラと並びはじめた、それはこのオバサンの今までの人生を列挙れっきょしたものだった。


 ふ~ん、そもそも帝王がヤリチンだったからかぁ…、こりゃ根が深いなぁ…、と思っていたら、横にいた創造神様は言った。


〚生まれつきの善人も悪人もいないんだよ。その者を育てた者やまわりの者たち、生活環境で人はどちらかに寄ってしまうものなんだ〛


 創造神様は列挙されたオバサンの人生の記録を見ながら言った。


〚この者は幼き頃から精神こころいじられているね。それはこの者の母親もそうだ〛


〚この者が自分の出自しゅつじに気がついた時に、精神こころに大きな傷がついた。その後かなり強く精神こころを弄られている〛


〚表面上は元に戻ったが、傷ついた精神こころの傷から流れ出る血は止まらなかった。だからこの者は他の者を…自分の子どもたちの精神こころを傷つけた〛


〚この者の精神こころの傷はそんなことでは治らないのに…〛


〚愚かだ…〛


 『このオバサンにも『神罰』を与えるのですか?』オレがきくと、創造神様は首を振った。


〚この者には、もう罰は下っている。傷ついた精神こころは元には戻らないよ。私が与える『神罰』よりもむごい罰だね〛


 オレは床に横たわるオバサンとそれを見て唇を噛み締めているリチャードを見ていた。




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