第75話 神罰下って日が暮れて:④

【 コーバン侯爵家 side:③ 】


 ドナルド・コーバン侯爵は今後の対応を協議するために、オチョーキン公爵やヘンニョマー侯爵を接待した部屋に向かった。そこにはコーバン侯爵邸内に起きた異変についてあれこれ話し合っている者たちが残っていた。ドナルドは邸内で起きた異変について話し合いたいと言い、サマダン・オチョーキン公爵家当主と嫡男のサリダン・オチョーキン伯爵、オリバ・ヘンニョマー侯爵家当主と嫡男のオーギュスト・ヘンニョマー伯爵の四人のみを執務室に案内した。


「当家からは嫡男のアーノルドと次男のリチャードが同席します。異変については二人が来てからお話ししますから、しばらくお待ち下さい」


 極上のワインや正餐を振る舞われてしたたか酔って顔を赤くしている四人を見てドナルドは思った。


『この屋敷で起きたことを知った時の顔色が楽しみだな』


 やがてアーノルドとリチャードが家令のハルンを伴って執務室にやってきた、ドナルドはメイドたちを部屋から出ていかせ、リチャードに言った。


「リチャード、遮音を頼む」


 うなづいたリチャードはいつもより強めに魔力を込めた遮音魔法を張り、室内の話し声が外に漏れないようにした。


「では、この屋敷で起きた異変について説明させていただこう」


 ドナルドはリチャードから聞いた異変のすべてをその場にぶちまけた。下手に隠してもいずれはどこからか漏れるのは間違いないから、手持ちのカードをテーブルにさらけ出したというところだ。もちろん切り札は袖の中に隠してあるが。


 ドナルドが話し終え、リチャードも追加する話を終えたとき、我が娘が『神罰』を受けたと聞いて腰を浮かしたアーノルドにドナルドは言った。


「アーノルド落ち着け、今お前がエリザベスやクローディアのところに行ってもできることは何もない。ここで一緒に対策を練ることがお前ができることだ」


 それを聴いたアーノルドはソファに座り込みため息をついた。


 ドナルドは他の四人が酒に酔った赤ら顔が酔いが一気に覚めて青から白く変わっていくのを内心ニヤニヤしながら黙って見ていた。


 ドナルドは家令のハルンにたずねた。


「ジェームズたちはどうした?」


 ハルンはジェームズたちは全員屋敷に帰ったと答え、合わせて帝都中央教会のマローン大司教が、落ち着いたらアランと話がしたいとドナルドに伝えて欲しいと言い置いて屋敷から去ったと報告した。


 『フンッ、落ち着いたらか…。アランをなんとか取り込もうとからめ手でくるつもりだな。そううまくいくかな…』


 やがて『創造神が降臨し神罰を下した』という事態を飲み込み、どう対応するか考えをまとめたサマダン・オチョーキン公爵が口を開いた。


「その場にはサリバンがおったのだな?」リチャードが頷くと、「ではもう帝王の耳に入っているだろう。それに教会も黙ってはいないだろうな」


「アランの様子はどうだったのだ?」とサマダンが尋ねると、創造神の大いなる力:神威に身体が耐えきれずに気を失ったとリチャードは答えた。この場における最上級貴族のサマダンが話し続けるのを他の者は黙って聴いていた。


「アランを帝王や教会に渡すわけにはいかない。そのようなことがあれば、また『神罰が下る』だろう。その時にはどれほどのものになるのか…この国が亡くなるかもしれん。それは帝王や教会に明確に伝えねばならんな」


 教会はともかく、帝王に『創造神様の加護』を持つ者を渡すわけにはいかん。帝王の権力がさらに強まることは絶対に阻止そしせねばならんとサマダンは思った。


「先ほどお披露目会場で決めたように、アランをコーバン侯爵領に行かせて、静養させるのが良いだろう」サマダンはドナルドを見た。


『帝王がアランを手に入れて、権力を強めさせるわけにはいかんよなぁ。そんなことになったら、帝位簒奪ていいさんだつは叶わないかも知れんしな』サマダンの思惑おもわく推測すいそくして心の中でニヤリとしたドナルドは静かに頷いた。


「明日明後日にもコーバン侯爵領に行かせるのが良いか、意識が戻るのを待つのが良いか…」


「しばらくジェームズたち家族に見守らせて、時期を見て…二十日ほど様子を見てからではいかがでしょうか?、家族とはしばらく会えなくなりますから、明日明後日は性急ではないかと…」リチャードはそう言った。


 リチャードは創造神の降臨や自分の息子たちが神罰を受けたことに冷静に対応するようになった。起きてしまったことはもう元には戻せない。この場に集まった者たちで最善策を練るしかない。


 だからより冷静になる必要があるし、書庫で父親ドナルドの前でギャン泣きして抱きしめられた事でき物が落ちたように爽やかな気分にもなっていた。今までため込んでいた心のおりが洗い流されたようだった。


「では、『神罰』を受けた子どもたちをどうする?、人に知られたら後ろ指をさされるだろうし、貴族としては死を宣告されたようなものだ。たしか他家との縁組も成立しているのだったな?」サマダンがリチャードに尋ねた。


「はい、三人とも決まっていますが、それは白紙に戻すしかないですね」帝王の思わくどおりにはいかなくなったなとリチャードは思った。


 サマダンも帝王支持派の力が弱まるのは大歓迎なのでそれを認めた。


「しかし子どもたちをこのまま帝都に置いて、帝立学園に通わせるわけにもいくまい。アランと同じように帝都から離れた場所に行かせるか…」サマダンがどこかいい場所はあるかなと考え込むと、ドナルドは言った。


「帝都から遠く離れた場所に静養に適した修道院がございます。クラリスが暮らしたところが」


 それを聴いてオリバ・ヘンニョマー侯爵は目を見開いた。


「あそこか…、あそこに送るのか…。ドナルド、あそこはたしかに帝都から遠いし教会の勢力とも距離を置いているが…、あそこはなかば世捨て人の行く場所だぞ」


 あそこは…、あの修道院はロザリーの闇魔法で精神こころを病んだクラリスが死んだ場所だぞ。ドナルドはそれを忘れたわけでは無かろうに…。


 オリバは、思い出したくもない場所を使おうとするドナルドが怖くなった。


「しかしあそこなら静かに静養し身体と精神こころを鍛えるには最適の場所かと…、これから魔法が使えない人生を送る者たちですから、武芸や勉学にはげむ必要がありますし…」ドナルドが答えると、リチャードが言った。


「私が付き添って一緒に暮らします。父親としてなすべきことをおこたったがゆえに起きた事態です。子どもたちが立ち直るために全力を尽くします」


「しかし、そなたには帝都魔法師団の勤めがあるであろうが…」


 サマダンは言った。軍務大臣としてはこの国随一の魔法使いがいなくなるのはマズイ。他国に知られたら、謀反むほんを起こすキッカケになるやも知れない。しかしそれが帝王の権力を削ぐことになれば…、サマダンは続けて言った。


「職を辞してまで子どもたちを立ち直らせようという気概きがいはわかったが、職務を他の者に補佐させておき、副団長の籍は残しておいて、いずれは復帰するというのはどうだ?。子どもたちを見守るのに一生をかけずとも、一年…まぁ二、三年もみればよいのではないか?。それにリチャードは空を飛べるよな。万が一の時には、飛んで帰ってくれば良いのではないか」


 サマダンの提案にドナルドは考えた。リチャードが職を辞して子どもたちに付き添うつもりなのは意外だったが、書庫で盛んに呟いていた懺悔ざんげの言葉からそれも無理は無いなと思った。


 軍務副大臣としても、ガーシェ大帝国の最大戦力と呼べるリチャードがいなくなるのは痛い。ここはサマダンの考えに乗っておくか。





 ーーーーーーーーーー





 オレはライブビューイングを見ながら、あの三バカ兄弟と縦ロールが送られる修道院…、クラリスお祖母様が亡くなられた場所ってどんなところだろうと思った。


 その瞬間にスクリーンに森の中に建つ古いお城が映し出された。高い塀に囲まれたお城の中では、畑で作物の手入れをしたり、食用の動物の世話をする者が見える。


 えーーー、ナニコレ。なんでこんなモノが見れるの?。


 静かに近寄ってきた創造神様は言った。


〚面白いだろう!、アランは神威にだいぶ馴染んできたようだね。だからアランが頭の中で思ったことがこのスクリーンに映し出されるんだよ〛


〚アランがもっと神威に馴染むと、こんなこともできるようになるかなぁ…〛


 創造神様がスクリーンに向かって右手を振ると、スクリーンに細かく分割されたそれぞれ違った風景が映し出された。


『コレはこの世界のあちらこちらを映し出しているのですか?』


〚そうだよ。私は地上したをこうやって何ヶ所も同時に見ているんだ。こんなふうにね〛


 創造神様がまた右手を振ると、スクリーンが上下にスクロールされた。分割されたスクリーンに映し出された人や動物・魔物たちはそれぞれのいとなみを続けているが、中にはスクリーンをジッと見返すモノがいる。


『創造神様、あのモノはコチラを見ています。どうしてですから?』


〚おっと、アレはアランに見せるのはまだ早かったな。まぁいいか。私が『加護』を与えたモノには人の形をしていないモノがいると言ったよね。アレはその一つだよ〛


 スクリーンを見返すモノたちはこうべをたれた。


〚もうこのへんで止めておこう。あのモノたちにはあのモノたちの生活や役目があるから、邪魔はしたくない〛


〚アランが地上に戻った時には出会うモノもいるだろう。楽しみにしておくといい〛


 オレはそれを聴いて、猫とか犬とかのナデナデモフモフできるモノがいいなぁと思った。

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