第74話 神罰下って日が暮れて:③

【 コーバン侯爵家 side :② 】


 泣き止まないリチャードを抱きしめながら、すっかり酔いが覚めたドナルド・コーバン侯爵は冷静に状況を分析していた。


 リチャードもサリバンも『神罰が下った』と言っている。


 ならば『創造神様』そして『創造神様の加護』を授かったアランに孫たちがチョッカイをかけたのではないか?、そしてそれが『創造神様』の怒りを買い『神罰が下された』


 幸い生命は助かったようだが魔法一筋に生きてきたリチャードがこれほどまでに取り乱すということは、何か魔法に関することかもしれない…。


『創造神様にお前の魔法を取り上げるとでもおどされたか…いや、すでに子どもたちから魔法が取り上げられたのか…?』


 ドナルドはリチャードを落ち着かせて説明させるために、リチャードの頬を両手で挟んで、その目を見ながら、穏やかな声で話しかけた。


「リチャード、少しは落ち着いたか?、ここで何があったのだ。教えてくれ」


 リチャードはまだグズグズと泣き止まなかったが、両頬を包みこんでいる父親ドナルドの手の暖かさを感じると少し心が落ち着いてきた。


『父上にこんなふうに抱きついたり、頬に手を当てられるなんて何十年ぶりだろうか…』


 リチャードはドナルドの顔をあらためてジッと見た。


『父上も老いられたなぁ…、子どもの頃は厳格で職務に追われて忙しくされていて、あまりお話しもできなかったし、私が魔法に夢中になりすぎて父上とジックリお話しすることも無くなった』


『こうして見ると、子どもの頃には怖かったお顔もシワが増え、頬もこけてしまわれている』


 リチャードは頬に当てられているドナルドの手を自分の両手で包んだ。


『大きくてたくましくてよくゲンコツを喰らったものだが、この手もシワだらけでずいぶん小さくなったように感じる』


『ご苦労されてきたのだな。それは私が一番の原因かもしれぬ。本当に不出来な親不孝な息子だ、私は』


 リチャードは新たに涙がこみ上げてきた。しかしもう取り乱したりはしない。創造神様の降臨について・下された神罰について説明せねばならぬが、まずは父上にびなくてはいけない。


 リチャードはドナルドの前に両手両膝を床につけ、頭を深く下げて言った。


「父上、私は魔法が好きで研鑽を続けてまいりました。人よりも大きな効果がある魔法・人よりも多く強い魔法を放てるようになって、この国随一の魔法使いなどと他人から呼ばれるのをいいことに、うぬぼれ思い上がっていました。そのせいで父上に多大なるご迷惑をおかけし、ご心労を重ねさせてしまいました。このたびのこともすべて私の責任です。心より深くお詫びいたします」


 ドナルドは黙ってそれを聴いていた。


 リチャードは一部始終を見聞きしていたサリバンから聞かされたことと『創造神様』から告げられたことを合わせてドナルドに話した。


 ドナルドはそれを聴いて、深くとても深くため息をついた。


『愚かだ…、子どもとはいえあまりにも愚かだ。よくぞ生命が助かったものだ。この場で塵芥ちりあくたに変えられていても文句は言えない』


『創造神様』が、授けた魔法を取り上げる程度で収めてくださったお慈悲にドナルドは感謝した。


 魔法を取り上げられたのは大変な痛手だ、だが孫たちはまだ生きている。生きてさえいれば、自分たちのやらかしたことを反省しながら魔法が使えないこれからの人生を生きていけばいい。貴族でも魔法が使えない者はいる。その者たちは剣技を磨いて武官となったり、知識を身に着けて優秀な文官として生きている。


 いずれ孫たちに『神罰が下った』ことは人に知られるだろう。事が大きくならない内に収めるには、オチョーキン公爵とヘンニョマー侯爵を巻き込んでいくのはどうだろうか?。


 両家とは姻戚関係にあるし、子や孫の代で帝位簒奪ていいさんだつを密かにたくらんでいるオチョーキン公爵と現帝王を支持しているヘンニョマー侯爵の間をバランスよく駆け引きをしてきたドナルドは、今こそヤツラを利用してこの惨事を収める時だと思った。


 孫たちの醜聞しゅうぶんを逆手にとって『創造神様の御威光』を喧伝けんでんするのだ。


 『、『あなど


 その御験みしるしとして『神罰が下った』。


『創造神様』への敬意と感謝の気持ちを忘れてはならぬ。


 ドナルドは今のところはこのような方向で話を進めれば、なんとかなるかな?、と思った。


 しかし孫たちはどうしてアランを家来にするとか、国に奉仕させるとか言い出したのだ?、孫たちだけの考えなのか…?。


 ドナルドはハッとした。


 プリック・フラック・フリップたちの母親は元第六王女のアリアーナだ。庶子として産まれたアリアーナが、子どもたちを使って権力を得ようとしたのか…?。


 エリザベスとクローディアの母親はヨーバル伯爵の娘リリアン…、ヨーバル伯爵の正子だし、現帝王支持派だ。


 エリザベスがプリックたちをそそのかしたのか?。


 いずれにせよ、アリアーナとリリアンを問いたださねばならないな。


 落ち着いてきたリチャードと話し合い、ひとまず子どもたちを人に会わせずに看護できる場所に移すことにした。


 コーバン侯爵邸には地下に食料貯蔵庫やワインセラーがあるが、留置所もある。そこは邸内で不祥事を起こした者を内密に取り調べたり…始末する場所だ。


 そこに移せば、余人の目には触れない。警護隊長に命じて子どもたちを移そう。そう思ったドナルドは書庫の扉を開けた。


 そこには山盛りになった毛布とシーツの側に立ち周辺を警戒しているミッチェルがいた。


「コレは…、どうしたのだ?」ドナルドがきくと、ミッチェルは答えた。


「サリバン・オチョーキン様が指示されたのです。毛布とシーツを集めておけと」


 なんと、先読みされていたか…、あまり大きな声では言えぬが『帝王の影』は抜かりないな。


 ドナルドはミッチェルに命じて、子どもたちを信頼のおける部下に運ばせることにした。毛布とシートで身体を包み込んで、丁重に扱うように言い渡した。


 リチャードには、アリアーナとリリアンを別々に邸内に留め置くように言いつけ、合わせてオチョーキン公爵とヘンニョマー侯爵もしばし留め置き、その場にアーノルドも呼びつけることを命じた。


 大司教にも何か感づかれているだろうが、それは追々巻き込んで、こちらの有利な状況に引きずり込んでやるか。


 ドナルドは脳をフル回転させて、どういう戦略でこの惨事を乗り切るか考え始めた。





 ーーーーーーーーーー





 書庫の様子をライブビューイングで見ながらオレは感心していた。


『ドナルドじいちゃんスゲー!。さすが侯爵家当主として長年務めてきただけのことはあるな。あのリチャードでさえ取り乱していたのに、この局面を打開するために冷静に戦略を練れるのはかなり強固で冷徹な意志が無ければ出来ないな』


『まぁリチャードも落ち着いたようだし、ひとまず安心したよ』


 ふと横を見ると創造神様が座っていた。


〚どうかな、少しは状況が落ち着いてきたようだが〛


『はい、この状況を収める為に動き出したようです』


〚アランが気にしていた者も落ち着いてきたね〛


『はい、一安心しました』


〚そうか、それは良かったね〛


 オレは創造神様とお話ししながら、地上したに戻ったら、ドナルドじいちゃんとゆっくり話をしようと決めた。


 


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