第73話 神罰下って日が暮れて:②


【 コーバン侯爵家 side :① 】 



 アランを抱いたオードリーを先頭に書庫を出ていくジェームズ・コーバン一家を見送ってからマローン大司教を追い払ったサリバン・オチョーキンは、書庫の中をあらためて見渡した。神罰が下って授かった魔法を取り上げられた子どもたちは気を失ったままだし、一人だけ神罰が下らなかった女の子は座り込んだまま虚空こくうを見つめている。


 父親のリチャード・コーバンは気を失った子どもたちの安否を確認したあとは、膝を抱えてゆっくり身体を揺らしながら小声で何かつぶやいている。


 サリバンは何事かと書庫に近づいてきたコーバン侯爵家のメイドにドナルド・コーバン侯爵をひそかに呼んでくるように申しつけた。


「くれぐれも公爵様やヘンニョマー侯爵様には気づかれぬようにな」とキツく言いおいた。


 メイドは一礼するとその場を早足で立ち去った。


 サリバンは静かに書庫の扉を閉め、それに寄りかかると深いため息をついた。


 さて、この事態をどう納める?。帝王陛下には報告せねばならない。私がやらなくても、いずれ誰かがするだろう。


 何をどう報告すればいいのか…。


 まったくあの子どもたちはとんでもないことを仕出しでかしてくれたものだ。


 やがてドナルド・コーバン侯爵がメイドに案内されて書庫にやってきた。


 サリバンはメイドを書庫の扉から離れた場所に待機させて、ドナルドを手まねくと耳元でささやいた。


「口には出せない、とんでもないことが起きた。詳しい話は中にいるリチャードに聴いてくれ。この屋敷に他の貴族の息のかかっていない配下はいるか?」


 アランのお披露目が首尾よく進んで、オチョーキン公爵やヘンニョマー侯爵たちと酒食を楽しんでいたドナルドはしたたか酔っていたが、何ものかは知れぬ大いなる力が邸内に満ちようとしているのに気づいて仔細しさいを調べさせていたところを呼び付けられ困惑こんわくしていた。


「とんでもないこと…、とは…?」


「それはリチャードに聴いてくれ」


 サリバンは繰り返した。


 サリバン自身も整理がついていないから誰かに説明してほしいと切実に思った。


 そこへ邸内の異変を調べていた警護隊長と部下たちがやってきた。コーバン侯爵家の生え抜きの配下たちの姿を見て、ドナルドはホッとした。


「ミッチェル、この場を封鎖して誰も近づけるな」ドナルドは警護隊長に指示すると書庫に入って行った。


 サリバンは警護隊長にありったけの毛布とシーツをここに持ってきて、コーバン侯爵の指示を受けるまでは、何者も書庫に入れてはならないと厳命した。


 本来ならば他家の者の命令など聴く必要は無いが、公爵家の紋章を付けた礼服を着たサリバンの鋭い目つきと威圧に逆らえずに、部下と近くにいたメイドに毛布とシーツを持ってくるように命じた。


 サリバンはそれ以上何も言わずに立ち去った。


 警護隊長ミッチェルは、何も説明せずに指示を下し立ち去ってしまったサリバンを呆然ぼうぜんと見送ったが、我に返って書庫に通ずる廊下の封鎖を指示して扉の前で待機した。


 書庫に入ったドナルド・コーバン侯爵が見たものは、床に倒れ込んだ孫たちと膝を抱えて小声で何かをつぶやいているリチャード、それに虚空を見つめて座り込んでいるクローディアだった。


 ドナルドは倒れ込んでいる孫たちが呼吸をしているのを確認し、ひとまずホッとした。


 リチャードに近づき声をかけたが反応しない。


 小声で何を呟いているのかと耳を寄せると「ワタシノ セイダ…ワタシガ ワルインダ… ワタシガ ダラシナイカラ コウナッタ…ワタシハ チチオヤ シッカクダ…ワタシノセイダ…ワタシガワルインダ……」と繰り返している。


「リチャード!、何があった!?」ドナルドが怒鳴るように言ってもうつろな目で見るだけのリチャード。


「リチャード!、リチャード!!、しっかりしろ!!!。ここで何があったのだ!?」


 虚ろな目のままでドナルドを見るリチャードに業を煮やしたドナルドは、リチャードの頬を平手打ちした。


「リチャード!」


 パアン!


「リチャード!!」


 パアン!パアン!


「リチャード!!!」


 パアン!パアン!パアン!


 頬を赤くらしたリチャードは目の焦点を合わせてドナルドを見た。


「父上…」


「リチャード!、しっかりしろ!!、ここで何があったのだ!!!」


「父上…、神罰が…、神罰が…」


「神罰…?、それがどうした?」


「子どもたちに神罰が下されました…」


「どういうことだ、説明しろ!」ドナルドはリチャードの両肩をガッシリつかんで強く揺さぶった。


「父上…」リチャードはいきなりドナルドに抱きつくと、幼子おさなごのように泣きじゃくった。


「私が…悪いのです…私が…」


「私が…父親として…子どもたちを導いていれば…しっかりと子どもたちを見守っていれば…こんなことにはならなかった…」


「私は父親失格です…この国随一の魔法使いと呼ばれ…うぬぼれて思い上がった私がすべて悪いのです…」


 泣きじゃくるリチャードに当惑とうわくしたドナルドは『何があったかよくわからんが、泣きたいのは私だよ』と思ったが、リチャードをそっと抱きしめ頭を撫でてやった。


 こうしてリチャードを抱きしめるなんて何十年ぶりだろうか、小さい頃から魔法一筋に突き進んできて、ガーシェ大帝国随一の魔法使いと呼ばれ、密かに畏怖いふしていた息子が身も世もなく泣きじゃくっている。


 ドナルドは、孫たちに気づかれなければいいがな、と苦笑いをしながらリチャードを抱きしめた。





 ーーーーーーーーーー





 ライブビューイングでその様子を見ていたオレは頬を流れる涙に気がついた。


 神威カムイで作られた身体でも涙が流れるんだと驚くと同時にそれを冷静に受け止めている自分にも驚いていた。


 神威…なんでもアリかよ…。


 創造神様はオレの肩に手を置くと言った。


つらいのならもう見るのをやめなさい〛


地上したで起きていることは、アランが責任を感じることではないぞ。あの者たちがみずからまねいたことなのだから〛


『はい、それはわかっていますが、あの者は私が魔法をより良く使えるように導いてくれた者です。その者があのように泣きじゃくっているのを見るのは心が痛みますが、それでも事の顛末てんまつを見届けたいのです』


〚そうか…。ではアランの気が済むまで見届けるがいい〛


 創造神様はオレの肩をポンポンッと叩くと、フッと姿を消した。



 

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