第71話 神罰下って日が暮れて:①

【 帝都中央教会:マローン大司教 side 】


 アランの鑑定と結界魔法のお披露目が終わり、マローン大司教一行はコーバン侯爵家の別室で酒と料理の接待を受けていた。


 侯爵家の接待だけあって、用意されているワインや料理は絶品であり、一同の中にはいささか飲み過ぎで取り乱す者もいる。


 マローン大司教もその一人で、華美な装飾品は好まないが、教会で定められている数々の公務…朝の礼拝から始まり、信者の懺悔ざんげを聴き創造神様の名のもとに許しを与え、夕暮れと共に夜の礼拝をする。その他にも教会内部の人事や経理について書類を決裁し、他の教会から高位の聖職者が訪問してくればそれを饗応きょうおうもする…が終わり一人になれる時間が来ると、キャビネットからワインを取り出し塩気の強いチーズと共に軽く一杯やることを楽しみにしているのだ。マローン大司教は贅沢を嫌い、身の回りに置いてあるものも質素ではあるが、美味い酒には弱いのだ。


 信者が寄進したワインの中でも逸品とされるものはマローン大司教のもとに届けられ、ひそかにそれを楽しむのが唯一の贅沢といえるだろう。



 しかしマローン大司教は物欲はほとんどないにも関わらず、名誉や自身の出世に関しては貪欲どんよくで、それをもって大司教の地位に昇ったがさらに上の地位に…枢機卿すうききょうになりたかった。さらに枢機卿になれば教皇の地位に手が届くかもしれない。


『アラン・コーバンを我がしもべにできれば…、いやワシが彼の者のしもべになっても良い。それで枢機卿になれれば良し、教皇になれれば…、いや『創造神様の加護』を持つ者こそが教皇にふさわしい。ワシはその一番のしもべとなって側に仕えることで、栄誉のおこぼれを美味しくいただければ良いか…』


 マローン大司教が酔った頭でとりとめもなくみずからの名誉欲・出世欲を満たすたくらみに思いをはせていると、ガタガタッと大きな音を立てて立ち上がる者がいる。


 マローン大司教や他の者は眉をひそめてその者を見たが「コレは!、この威厳と威圧は!!。聖なる威厳と威圧に満ちたこの御力は…。大司教様、この屋敷の何処どこかから聖なる御力が…、神威カムイあふれ出ています!!!」興奮気味に大声で叫ぶ声を聴いて、皆も立ち上がった。


 大司教も他の者もそれに気がついた。


 酔ってはいるものの、それぞれが聖魔法の使い手であり、聖職者としてのつとめを長年続けている者たちだから、他の魔法とは明らかに違うその力に一気に酔いが覚めた一同は、神威カムイみなもとを目指して駆け出したが、広大な屋敷の何処かから溢れているか、なんとなく見当をつけて探し回ったが、ピンポイントではわからなかったので、ようやく書庫にたどり着いたときには、創造神がアランの身体を去ったあとだった。


 しかしアランから立ち上る聖なる力…神威の残滓ざんしは充分に感じられる。


 大司教一同はその場にひざまずいてアランに熱い視線を送った。


 大司教は息を整えて顔や口に密かに浄化クリーンをかけて酒臭さを消すとアランを抱いているオードリーにきいた。


「この室内に創造神様の御力の形跡が…、ここで何が起こったのでしょうか?。よもや創造神様がご降臨されたのでしょうか?」


 オードリーはそれに答えず、アランを抱いて書庫を出ていった。クラークとヴィヴィアンもそれに続いた。


 大司教も立ち上がってオードリーを追おうとしたが、ジェームズが鋭い目つきでそれを制した。


「大司教殿、アランが急に体調を崩したので、我々は屋敷に戻ります。どうぞ捨て置いていただきたい」毅然きぜんとしたリチャードの言葉に明らかな拒絶の意志が込められているのを感じ取った大司教は静かに頭を下げて言った。


「アラン様のご回復をお祈りいたします。『創造神様の加護』を戴いているアラン様とはいずれまたお会いできることを願っております」


 ジェームズはそれを聴いても鋭い目つきのままだった、やがて言った。


「大司教殿のおぼし、痛み入ります。ではこれで」


 ジェームズはきびすを返すと足早にその場を立ち去った。


 マローン大司教は書庫内を見ようとしたが、サリバン・オチョーキンが扉の前に立ちふさがった。


「大司教殿、本日はご足労いただいたことを感謝いたします。お目汚しになりますので、この場にてお引き取りをお願いいたします」グッと魔力を込めた目でにらみつけたサリバンに、大司教に従ってきた者たちは気色けしきばったが、大司教は「左様でありますか」と言って、その場を立ち去ろうとしたのでその後を付き従った。


 大司教は早々にこの場を立ち去りたかったので、コーバン侯爵を探して辞去を告げたかったが、取り込んでいるとのことだったので、家令のハルンに「いずれまた時期を見て、アランに会って話がしたい」と言伝ことづけを頼んでコーバン侯爵邸を出た。


 帝都中央教会の自室に戻るまでマローン大司教は一切口を開かずに、これからの戦略を考え続けていた。


 コーバン侯爵邸で何が起こったのか、いずれはその詳細は明らかになろう。コーバン侯爵邸内に帝都中央教会に礼拝する者もいるから、さりげなく聞き出すのも可能だろう。


 神威の残滓から、創造神様ご自身が降臨されたのか、神託があったのか…。何かしらが『創造神様の加護』を戴いているアランの身に起きた。


 おそらくまだ幼いアランはそれに耐えきれずに気を失った…。


 しかしアランが『創造神様の加護』を戴いているのは確定したので、教会としてそれに手を打たなければならない。


 聖騎士を派遣するか…。


『創造神様の加護』を戴いている者を警護するのは教会として無理のない動きだろう。あわよくばお側にはべらして追々取り込んでければいい。今日明日になんとか…という近視眼的な戦略ではなくて、一年・五年・十年とジックリ時間をかけて取り込んでいくのがいいだろう。なにせまだ五歳にもなっていないのだ、十年後でも十五歳だ。なにもあせる必要は無い。それに姉が授かった光魔法も魅力的だ。姉弟合わせて教会に…ワシに従わせるようにゆるゆるとやるか…。


 大司教はキャビネットの奥からとっておきのワインを取り出すと、グラスになみなみと注いでグゥッ〜と飲み干した。


 コレは良いワインだ。飲み干してしまうのは惜しいが今夜はこの一本を堪能することにしよう。ツマミは要らぬな。


 アランが我がものになった日のことを考えるだけで、もう他には要らぬわ。


 大司教はワインを飲みながらニヤニヤが止まらない。


 大司教は知らない。はるか雲の上のさらに上から、寝椅子に寝転んで見ている者がいることを。


 


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