第49話 小さな拍手から

 白いローブの集団を入口付近で待機させたリチャードは、一人で会場中央に進み出て、豪華なソファに座るオチョーキン公爵に向かい右手を左胸に当てて頭を下げて挨拶を始めた。


 「軍務大臣サマダン・オチョーキン公爵閣下、本日は万障ばんしょうお繰り合わせの上、ご臨席りんせきいただきましたこと、御礼申し上げます」


「財務大臣オリバ・ヘンニョマー侯爵閣下、並びに軍務副大臣ドナルド・コーバン侯爵閣下におかれましても、ご臨席いただきましたこと、御礼申し上げます」


「本日はコーバン侯爵家三男ジェームス・コーバン子爵が次男アラン・コーバンが五歳の『神恵の儀』をたずして授かった加護と魔法について、その真偽しんぎを確かめることになっております」


「そのため帝都中央教会より、マローン大司教にお出でいただいております。大司教には『神恵の儀』と同様の儀式をこの場にておこっていただきます」


 リチャードは一同を見渡してから、アーネストの立っているところに目線を送り言った。


「その前に、この場をお借りしてご紹介したい者がおります。公爵閣下、よろしいでしょうか」


 サマダン・オチョーキン公爵は鷹揚おうよううなづく。左右に別れて座っているヘンニョマー侯爵とコーバン侯爵も同様に頷くのを見て、リチャードは続けた。



 

 ハッハァーン、こりゃあアレだな。リチャードの仕切りでコトを穏便おんびんに済ませるための筋書きができてるな。


 公爵や侯爵たちはリチャードの書いた台本通りに演じてるというわけだな。


 オレは心のなかで一人で納得したが、問題は教会の連中がリチャードの音頭に合わせて踊ってくれるかどうかだな。


 まぁオレもできるだけうまく踊ってみるよ。


「コーバン侯爵領を領主代行としておさめておりますコーバン侯爵家長女ロザリー・コーバン女男爵が嫡男のアーネスト・コーバンが来年より帝立学園中等部に入学することになりました。アーネストは土魔法を授かり領内の耕作地を広げ、防御壁の構築にも多大な功績があります。帝立学園にてさらなる研鑽けんさんを深め、いずれはコーバン侯爵領をさらに盛り立ててくれるものと思っております」


「アーネスト・コーバン、前に出なさい」


 アーネストはロザリーの後ろから進み出て、会場中央に立った。両手を固く握りしめて顔色は白くなっている。


 オレはアーネストが緊張のあまり右手と右足を同時に出したら面白いなぁと思っていたが、本人はそれどころじゃないだろう。


 アーネストはオチョーキン公爵の前で、直立不動の姿勢から左足を半歩後ろに引き、右手を左胸に当てて頭を下げた。


「サマダン・オチョーキン公爵閣下、オリバ・ヘンニョマー侯爵閣下、ドナルド・コーバン侯爵閣下」


「ご臨席のみなさま、ロザリー・コーバン女男爵が嫡男のアーネスト・コーバンでございます」


 「頭を上げよ」サマダン・オチョーキン公爵はアーネストに言った。


 アーネストは動かない。


 たしかもう一度言われるまではそのまま待つんだったよなぁ…、とオレが思い出していたら、オチョーキン公爵は隣のコーバン侯爵に目線を送った。


「アーネスト、頭を上げなさい」コーバン侯爵が言うと、アーネストは頭を上げた。


「このたび、みなさまにご挨拶をさせていただけることを心より深く感謝いたします」


「私はコーバン侯爵領で産まれ育ち、創造神様から授かった土魔法で、領地内の安定・安全・発展の一助いちじょとなるべく、はげんでまいりました」


「帝立学園に入学した後には、さらに研学けんがくを進め、土魔法のさらなる習熟に努める所存でございます」


「領地を離れて初めての帝都での生活でございますので、生活習慣の違いから、意図せぬご迷惑をおかけするやもしれません」


「ご臨席のみなさま方には、よろしくご指導ご鞭撻べんたつたまわりますようお願い申し上げます」


「また帝立学園に在籍中のみなさま方には学内においてご指導をたまわりますように、お願い申し上げます」


「帝立学園中等部卒業課程をつつがなくおさめたのちには、コーバン侯爵領に戻り、さらなる領地内の発展に寄与する所存でございます」


 アーネストは言い終わると、再び頭を下げた。


 しばし静寂の時間が流れたあとで、ペチペチペチペチという音がお披露目会場に響いた。


 オレが短い手を必死に動かして拍手をし始めたのだ。


 まわりにいる者たちはそれをただ見ているだけだったが、パンッパン・パンッパンという大きな拍手の音が前から聞こえてきた。


 オチョーキン公爵が拍手をし始めたのだ。それにつられてコーバン侯爵やヘンニョマー侯爵、それに臨席している者たちが拍手をし始めて、会場内は大きな拍手の渦になってアーネストを包みこんだ。


 やがてオチョーキン公爵が右手を上げるとそれに気づいた者たちは拍手を止めた。


「アーネスト・コーバン、見事な挨拶であった。コーバン侯爵領の安定と発展に尽力じんりょくしたいというそなたの意気込み、深く感じ入った。コーバン侯爵領の発展は、すなわちガーシェ大帝国の発展につながるものである。帝都での生活は若者には誘惑されるものが多かろうが、それにまどわされぬように、今ここでべた強い気持ちを持って研学に励むように。よいな」


「はっ、ありがたきお言葉を賜り感謝の言葉もありませぬが、胸にしかときざんで夢夢ゆめゆめ忘れぬようにいたします」


 しばらくおいて、リチャードがアーネストに言った。


「アーネスト・コーバン、下がりなさい」


 アーネストは深く頷くと、後退あとずさりしてオレの近くまでやって来て、チラリとオレを見て頷いた。オレは左手を握りしめてそれに答えた。


 よしよし、アーネストのお披露目は問題無く終わったな。


 今度はオレの番か…、もう帰りたい…(二回目)

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