第47話 お貴族様は…マジめんどくさい

 翌朝はかなり早くおこされた。軽く風呂に入り、下着から新品を着せられた。


 オーダーメイドの礼服も身体にピッタリで、銀色の髪もていねいにくしを入れられ着飾ったオレをキラキラした目で見ながら「ステキですよぉ〜〜」とメイドたちはめそやかすが、オレはもうウンザリしていた。


 オードリーがフランソワの様子を見ながら「アラン、そんなイヤそうな顔をしないで、すぐに終わるからね」と言うが、それを言っちゃうと、なにかよくないことが起きそうな気がするんですがねぇ…。


 食堂に行くと、家族みんなも礼服やドレスを着ていて、汚さないように静かにゆっくり食事を済ませたあとで、子爵家と男爵家の馬車に分乗してコーバン侯爵邸に向かった。


 馬車の中では会話も無く、窓も厚いカーテンがかかっていて、外の景色が見えなくて退屈だったが、柔らか結界で座席にクッションを作ったのは好評だった。


 前世でよくメンテナンスしていた高級車のフカフカ座席をイメージして身体をしっかりホールドするものだから、多少馬車が揺れても乗り心地はバツグンらしくて、毎日馬車を使って騎士団に出仕しているジェームスから「アラン、コレはいいな。毎日作ってくれよ」と頼まれたし、オードリーも「私が馬車を使うときもヨロシクね」とおねだりされてしまった。


 毎日クッションを作るのはめんどくさいが、オレから離れたところでどれだけ長く結界が維持できるかの実験になるからいいかと思いうなずいておいた。


 屋敷の庭に置いてきたガチガチに魔力を込めておいたドーム結界とフランソワの枕元に置いたスライム型の柔らか結界が屋敷に戻る前に消えるのか残っているのかも楽しみなのだが。


 コーバン侯爵邸に到着すると家令のハルンが出迎えてくれた。


 家族は客間に通されたが、オレとジェームスはコーバン侯爵の執務室に来てほしいと言われ、ハルンに案内されて向かった。執務室にはドナルド・コーバン侯爵と、初めて会う男性二人がオレたちを待ちかまえていた。


「アラン、お披露目の前にヘンニョマー侯爵をお前に紹介しておきたくてな」


 コーバン侯爵はハゲてシワシワの顔をした男性を見ながら言った。


 ジェームスが背中をそっと押すので、オレは二人の前に進み出た。


 背中をピシッと伸ばして、両手は体の横に、ズボンの縫い目に手の中指を当ててしっかり揃える…礼儀作法を教えてもらったときに言われたことを思い出しながらオレは顔を上げて言った。


「ジィェーェー・ミィュシィュ・キョォー・ビャァァン・にょぉ・じーにゃぁん・アーリィャァン・でぃぇ・しぃゅ・うぅ (ジェームズ・コーバンの次男アランです)」


 よーし、オレ頑張ったよ…。


 ヘンニョマー侯爵はちょっと驚いていた…、しばらくオレを怪しむように見ていたが、かたわらに立つジェームスにきいた。


「ジェームス、アランは普段からこのような話し方なのか?、もうすぐ四歳になろうというのに」


「はい、お祖父様。他の者と比べて言葉はつたないようです。兄のリチャードが言うには『加護』の影響ではないかと……」


「そうか…、リチャードがそう言うのならば……。アラン、私はオリバ・ヘンニョマーだ。帝王から侯爵位をいただいている。財務大臣を務めさせて戴いている。お前の祖母のクラリスは私の娘だ。これは私の嫡男でオーギュストだ、クラリスの兄でお前の叔父だ」


「オーギュスト・ヘンニョマーだ。伯爵位を戴いている。父上の秘書をしている」もう一人の男性がオレに向かって言った。


 オレはここで突っ立ったままなのに気づいて、あわてて左足を半歩後ろに引き膝を軽く曲げ、右手を左胸に当てて上半身を曲げて頭を下げた…たしか相手の足先に目線をやるんだったよな…。


「アーリィャァン・でぃぇ・しゅう(アランです)」とオレが言うと、ヘンニョマー侯爵は言った。


「ふむ、アランよ、最初に名乗ったときにその礼をするようにな。いいぞ、頭を上げなさい。今日はコーバン家一族のみならず関わりのある者たちが大勢集まるようなのでな、ドナルドに頼んで、ヘンニョマー家の血を引くお前の顔を見ておきたかったのと、渡したい物があるのだ」オリバがそう言うと、オーギュストが小さな箱をオリバに渡した。


 箱のフタを開けてヘンニョマー侯爵は言った。


「コレはヘンニョマー侯爵家の紋章が入った物だ。お前が我が家につながる者であるというあかしになる。これをお前に渡したかったのだ」


 オレがジェームスを見ると、かすかに頷いた。


「ジェームス、クラークにも渡してあるよな?」


「はい、クラークの手元にあります。大切に保管するように申し伝えてありますし、クラークも曽祖父様から戴いたことを喜んでいました」


「そうか、あまり見せびらかす物ではないが必要なときがきたら使うようにしたらいいだろう。もっともコーバン侯爵家の紋章のほうが威厳いげんがあるがな」


 オリバはニヤリと笑うと箱に入っていた大きなクリップがついたアクセサリーをオレの礼服の襟に付けてくれて空の小箱をジェームスに渡した。


「アラン、それはクラリスの使っていた装身具を加工したものでな、ヘンニョマー侯爵家の紋章が入っているからと一度返却されたものだ。装身具は女性用だったので、男性が付けていてもいいようにそのような形にしたのだ。裏側にヘンニョマー侯爵家の紋章が入っている。今日はそのまま付けておきなさい」


 オレは小さな宝石のついたアクセサリーの裏側を見てみた。剣をくわえた犬…狼…?の横顔が描かれている。


 オリバはオーギュストに手を差し出して違う小箱を受け取ると、それをジェームスに渡した。


「コレはロザリーの息子のアーネストに渡しておいてくれ。アランに渡した物とは少し形が違うが、加工する前の装身具の形が違うのでいたしかたない。他の者が見ているところで渡すのは…、良からぬことをさえずる者がおらんとも限らんしな」


「かしこまりました。ご配慮いただいたことも伝えておきます」


「うむ、頼んだぞ」


 コーバン侯爵はオレたちに言った。


「さて、あまり時間をかけても、その良からぬことをさえずる者に気づかれるかもれんから、もうこれで終わりにしておこう」


 ドナルドはそばに控えていたハルンに頷くとジェームスとアランを部屋から退出させた。


 オレは廊下をトテトテ歩きながらアクセサリーに触れてみた。お祖母様の形見分けかぁ…、だがヴィヴィアンのブレスレットとは違い、ヘンニョマー侯爵家の紋章が入っているということは…こりゃあツバつけられたかな。


 たしかに直系の曽祖父や叔父なのは間違いないし、他に叔父や叔母に加えて従兄弟なんてゴロゴロいそうだから、今のうちに関係を結んでおいて何かしらうまく使ってやろうと思っているのかもしれんな。


 お貴族様ってめんどくさいなぁー。

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