第45話 哀しい女の子:②

 ドナルドとクラリスはロザリーとジェームスを得て、しばらくは幸せな夫婦生活を送った。


 ドナルドの第三夫人のシンディにもカレンが産まれ、スクスクと育っている。


 ほころびはなんでもないことから始まった。三歳になったロザリーにイヤイヤ期がおとずれたのだ。


 アレがイヤ、コレがイヤ…、とにかく目にするもの手にするもの全てにイヤと言わなくてはすまなくなり、それはまだ幼いジェームスをクラリスやメイドたちが世話することにもイヤイヤを言うようになった。


 ワタシが一番、ワタシを見て…、やがて弟なんていらないといい始めた。


 誰もが子供なら一度は通る道として軽く考えていたが、やがてメイドたちやクラリスの体調がおかしくなってきた。


 幻覚を見たり、幻聴が聴こえたり…、なぜだかジェームスのことよりもロザリーのご機嫌を取らなくてはいけないという強迫観念にとらわれる者も出てきて、お腹を空かせたりオムツが汚れて泣いているジェームスが放っておかれる事態になってしまい、他の子どもたちのメイドたちや使用人からドナルドに報告されるようになった。 


 どうしてそんなことになったのか…?


 体調がおかしくなったメイドたちには休暇を取らせ、クラリスも静養させたが、代わってロザリーとジェームスの世話をするようになった者たちもまた体調をおかしくしてしまう。


 ある夜屋敷の執務室でドナルドがどうしたものかと考えあぐねていると、次男のリチャードが執務室にやって来て言った。


「お父様、屋敷の者たちがおかしくなっているのは……ロザリーが原因ではないでしょうか?」


 ロザリーとは三歳違いの六歳になったリチャードは五歳の『神恵の儀』で火・風・土・雷の四属性の魔法を授かり、それから手当たり次第に魔法書を読み込んで知識をたくわえている最中だったから、体調がおかしくなったり、幻覚や幻聴を感じる者たちが何かしらの魔法の影響を受けているのではないかと考え、精神こころに干渉する魔法について調べたと言った。


 そこでわかったのは【闇魔法】ならそれに該当すると、そしてロザリーはその魔法を使える素質があるのではないのかということ。


 こじつけだが、ロザリーの髪色が黒いのもそのあかしではないかとリチャードはつけ加えた。


 ドナルドにとってクラリスとの間に産まれた可愛い娘の髪色が黒だろうがなんだろうが、そんなことは関係ない!、闇魔法なんてとんでもない!!、と思ってはみたが、その場は自分でも調べてみるからそのことは他言無用とリチャードに言い渡しておいた。


 否定してはみたものの、精神干渉が原因でメイドたちや使用人がおかしくなった可能性も捨てきれず、家令に命じて密かに状態異常耐性の魔道具を取り寄せることを決めて翌日手配させた。数日後取り寄せた状態異常耐性の魔道具=腕輪をロザリーとジェームズを世話する者たちに付けさせ様子を見た。


 メイドたちや使用人たちは次第に回復したが、クラリスには手遅れであった。


 静養するように言い渡したあともクラリスはロザリーのそばを離れなかった…、いやロザリーがクラリスに執着して手放さなかったのだ………。


 状態異常耐性の腕輪をつけても回復しないほどにクラリスの精神こころは壊れてしまっていた。


 ほうけたような笑顔を浮かべてロザリーを膝に抱くクラリスと満足げにクラリスにしがみついているロザリーを見て、ドナルドは愕然がくぜんとした。





『ロザリー叔母様も『神恵の儀』の前から闇魔法が使えたのですか?』


 オレはあまりに重たい話に耐えきれなくなって、ジェームスに聴いてみた。


 ジェームスも、母親が姉から精神干渉を受け自分は間接的にいじめを受けていたという話はあまりしたくないらしくて、しばらく考えていたが、やがてとつとつと答えてくれた。


『それはわからない…。五歳になって『神恵の儀』を受けるまで、姉上が闇魔法を使えるかどうかは調べていないはずだ…』


『そうですか…、それでクラリスお祖母様はどうされたのですか?』


『遠くの…とても遠くの修道院に送られて静養された……』





『そしてそこで亡くなられたよ』





 ジェームズはグッとくちびるを噛み締めた。


『もう昔々の話だ…』


『姉上も母上がこの屋敷から居なくなってしばらくは落ち着かなかったらしいが、やがて『神恵の儀』で闇魔法を授かっていることがわかってからは、知識を身に着け、魔力を制御できるようになって……今に至るわけだ』


 オーイ!、いくらなんでもちょっとはしょりすぎじゃないのお?。




 


 しばらくお互いに黙り込んでいたが、やがてジェームズは顔を上げてオレを見ると言った。


『私にはときどき思い出す風景があるんだよ』


『それは夕焼けに照らされてうれいをたたえた瞳で彼方の空を……母上が送られたところを……見つめて哀しんでいる姉上の姿だ』


『その姿はとても哀しく美しかった。言葉には表せないほどにな』


『弟で無かったら恋をしていたかもしれん』ジェームズはかすかに笑った。


『それは他の者も同じだったようでな、私たちのおさな馴染なじみのミッチーがそうだった。護衛隊長の息子とはいえ侯爵家の娘と婚姻を結ぶとは…身分の差を乗り越えたミッチーの頑張りはスゴかったよ。私には真似できんな。我が上は本当にすごい男だよ』


『アランがコーバン侯爵領に行ったときに、もしかしたらミッチーからその頃の話を聞かせてもらえるかもしれないから楽しみにしておくことだ』


 なんかウヤムヤでグダグダな話だったが、聴いていて楽しい話では無いからまぁいいかと思った。


 やがてオレたちを探しに来たオードリーに説教されながら屋敷に戻り、オレはベッドにもぐり込んだ。



 


 

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