第42話  " いいもの " の秘密:②

 ロザリーが特別な海草を知ったのは、コーバン侯爵領を巡察していたときに立ち寄った漁村での漁師のおかみさんたちとの何気ない会話からだった。


 同行していた護衛の騎士や従者たちをほったらかして、無敵のおばちゃんモードに入ってしまったロザリーは、おかみさんたちや娘たちと生活の中で不便に思っていたり、欲しくても手に入らないものが無いかとか領主代行としての公務として話していたのだが、普段から強い日差しと潮風しおかぜにさらされているおかみさんたちや娘たちの髪がツヤツヤしていて肌もシットリしているのにふと気がついてしまった。


 そうなったらおばちゃんモードはもう止まらない。


 おかみさんたちに根ほり葉ほり髪や肌をツヤツヤシットリにたもつ秘訣を聞き出したのだ。


 おかみさんたちの話では、この漁村では普段から海に生えている草を採ってきて食べていて、それはスープの具としてもいいし、乾燥させて粉にしたものを小麦粉に混ぜてパンやパスタにして食べているらしい。いつ頃からかわからないくらい前からの習慣なので赤ん坊の頃から食べ慣れているが、外からきた人は海草の匂いやえぐ味に慣れないと食が進まないらしいが、それでもその海草を食べると疲労の回復が早かったり、疲れにくくなったり、髪や肌のツヤが良くなるということだ。


 軽いすり傷程度なら粉にした海草を水でねって貼りつけておけばすぐに治るから、火・水・土・風の魔法が使える者はそれぞれ数人いて、漁村での暮らしや漁には役立っているが、生活魔法のプチヒールしが使える者が数人いるくらいで、本格的な治癒魔法の使い手や薬草から塗り薬や飲み薬を作れる薬師がいないから、この海草は重宝されているとのことだ。


 そこまで聴いたロザリーは、もしかしたら森や草原に生える魔力草や癒やし草のような薬草が海の中に生えていて、特別な海草と言っているのは、そういう海の薬草のことではないかと思いついた。


 普段から山や森の魔物を討伐することに気を配っているロザリーは魔物が頻繁ひんぱんに出没する場所には【魔素溜まり・魔脈 (龍脈とも呼ばれる)】があり、そこはコーバン侯爵領の騎士や兵士たちの巡回ルートとして重要視されていて、魔物を討伐して生活している冒険者たちにもその場所は公開されているのを知っている。


 なぜならその【魔素溜まり・魔脈】には魔力草や癒やし草などの生活に必要な薬草も群生していて、採取ポイントとしても重要視されているからだ。


 海の中にも【魔素溜まり・魔脈】があって、海の薬草が生えているということかもしれない。


 ロザリーは不安になって海の魔物は出没していないのかを聴いてみた。


 おかみさんたちが言うには、たしかに海の魔物は出没するけれど、荒事あらごとに慣れている漁師たちがよってたかって討伐してしまえる程度の魔物しか出没しないらしい。


 胸をなでおろしたロザリーは、なまと乾燥させた海草を持ち帰って、その効能を調べることにした。その結果、山や森に生えている薬草と同等の効能があるのがわかり、人員を漁村に送りさらに調査させた。すると漁村で普段から食べている海草以外にも効能がある海草が何種類も見つかった。


 ロザリーはやはり海の中にも【魔素溜まり・魔脈】があるのだと確信し、この海草をコーバン侯爵領の特産品とすれば収益の向上=金もうけができると密かに計画を練った。


 まずは騎士や兵士を常駐させることにして、常駐する場所を確保した。手強い海の魔物が出没しても安心なので騎士や兵士たちは漁村の者たちから歓迎された。漁師の中には漁に出れないときに、剣や槍の稽古をつけてもらう者も出てきて、漁村での生活は騎士や兵士たちにも変化のある楽しいものになっているようだ。


 そうして漁村での活動が受け入れられたことにより、海草の採取にも協力者が増えて加工場所の確保も問題無くできた。


 ロザリーは何人かの行商人に声をかけて、定期的に漁村に行って行商をしてもらうように依頼した。漁村に暮らす者たちは、領主代行のロザリーが自分たちの生活がよりよくなるように考えていてくれることを感謝した。


 そのように力まかせにゴリ押しするのではなく、ジックリと環境を整えてから、漁村からの協力者を得て、海草の効能をよりよく取り出せる加工方法を探っていった。


 トライ&エラーを繰り返していくうちに、海水で海草をジックリと煮込み、取り出した海草を焼いて灰になったものをさらに煮出し汁に溶かして、風魔法でユックリと乾燥させて粉にしたものが効果が高いことがわかった。


 それから大量に加工品を生産するために、漁村に暮らす者の中から火魔法と風魔法を使える者を選び出し、生活魔法の癒しを使える者に基礎となる海水に癒しの魔力を込めさせて、煮出している途中は沸騰しないように火魔法使いに温度管理をさせ、塩と結びついた海草成分が飛ばずに塩の結晶を大きくするように風魔法使いに管理させた。


 現金で報酬を支払ったので、行商人から欲しいものを買えるようになった者たちも喜んだし、進んで協力する者が増えてきた。


 ロザリーは送られてきた加工品を家族の食事に使った。匂いやえぐ味があると聴いていたが、そんなことは無くてコクがある深い味わいだった。


 数日間食べ続けたが身体に異常は無く、むしろ調子がいい。伴侶のミッチーや息子のアーネストにも異常は無いから、もっと試してみようと、領主邸のメイドや使用人・騎士・兵士たちの食事にも使わせた。


 やはり体調を崩したものはおらず、疲労が早く回復したり、疲れにくくなったという最初に漁村で聴いた話そのままの結果だったし、味や匂いも気にならないという結果になった。


 ロザリーはお風呂に入るときにこの加工品を入浴剤として使ってみた。


 お湯に溶かすとかすかに海草の匂いがするが、これはなにか花の香料を使えばイケるかなと思い、何種類かの花を用意させて風呂に散らしてみた。


 好みの問題だが、海草の匂いは気になるほどでは無くなった。むしろ風呂に散らす花の量を増やすと、風呂上がりにもいい香りが残るようになり、それに触発しょくはつされたミッチーとののは嬉しい誤算だった。


 娘のシャルロッテやメイドたち・騎士や兵士の妻たちにも使わせてみたが、おおむね匂いについては問題ないようだし、それぞれの好みに合わせた花を選ぶ楽しみもあると言われた。


 どうやららしい。


 そうして入浴剤として使い、髪を洗ったあとに軽くすり込んで流して使うようにしたら、メイドや子どもたちにミッチーからも髪がツヤツヤしてきてるねと言われるようになった。


 これも金もうけになるとほくそ笑んだロザリーは、食事用とは別に入浴用の加工品を作らせた。


 今回アーネストを連れて帝都まで来たのには、いくつもの案件を処理するためで、第一にコーバン侯爵領で引き取ることになるオレを見定めること、第二に来年から帝立学園中等部に入学するアーネストをまずコーバン侯爵にそれとなく次期領主代行としてとアピールすること、第三にオレのお披露目に便乗してコーバン侯爵家一族郎党や姻戚いんせき関係にある者たちにアーネストをお披露目すること、第四に海草の加工品をコーバン侯爵の威光を借りて、帝都で広めること、第五に…と言いかけて、それはここで言わなくてもいいことね…と笑って誤魔化した。

  

 オレはパンやスープをお代わりしてモギュモギュしながら黙って聞いていたが、そつのない賢いおばさんだなぁと思った。海草から加工品を作り出すまでの根回しや人材活用は上手いし、一度にいくつもの目的を持って時期を見定めて帝都まで来たしたたかさには驚いた。


 海草から加工品を作り出すやり方を聴いて、前世のどこか海の近くの自動車整備工場で働いていたときに、体験した " しお " の作り方と同じかと思ったが、癒しの魔力を込めさせたり風魔法使いに乾燥させるのは、魔法のある世界ならではのやり方だな。


 海草にはヨード分が含まれているから、髪や肌がツヤツヤするのは当然か…。


 アレッ?、それって頭のさびしいおじさんたちにも毛生え薬として、効果があるんじゃないか?。


 加工品をそのまま使えるのか、さらに加工しないとダメかも知れないが、貴族の当主連中にはゲーハーが何人かいるだろうから、そっちのほうが金もうけになる気がするなw。


 ロザリーにこっそり提案してみるか…。


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