第15話 光陰矢のごとし

 あと二年もしたらこの家から出ることになったオレは結界魔法の練習に励んだ。


 帝都魔法師団副団長の叔父リチャードが見せてくれた魔法書には身を守る『最強の盾』としての結界が詳しく説明してあったので、それをふまえてイメージをふくらませることにした。


 まず前世で扱い慣れていた大型トラックのフロントガラスをイメージして、透明で強固な結界板のあいだにクッション材になるフィルム状の柔らかい結界、さらに強固な結界板とクッション材の結界フィルム、さらに……と五層構造の盾をイメージして作ってみた。


 最初はA5サイズの小さいサンプルを作り、叩いてみたり、動かして壁にぶつけたり、床から浮かせて思い切り踏みつけたりもした。


 父親ジェームス長男クラークが剣術の練習をしているところに行って、表面をザラザラにして半透明にした『結界の盾』を木剣で叩いてもらったら、クラークは遠慮したのか盾を壊せなかったが、ジェームスは遠慮無しでぶっ叩くから、すぐに壊れてしまった。


 コレではイカンと、魔力を強めにして、フロントガラスよりも強固な水族館の大型水槽の透明な壁をイメージしてサンプルを作り直した。


 新聞紙サイズの盾を作り上げて、クラークに木剣で叩いてもらったが、ガイィィーーンという音はしたが、キズひとつない。


 ジェームスにぶっ叩いてもらったら、これまたいい音をさせて固定した位置からは動いたが、表面を削られた程度で持ちこたえた。


 ヨシッ!、と軽く拳を握って喜んでいるオレを見て、ジェームスは言った。


「アラン、この盾は透明な『見えない盾』にできるんだな?」


「はい、できましゅ」


「よし、これは私やクラークの前だけで見せろ。他の者には絶対に見せてはいけない。わかったね。クラークも他の者には言うなよ」


「「はい」」


 オレはクラークに言った。


「おにーさま、これでおにーさまのきぇんとぼーくのたてぃで、たたきゃえましゅね」


「ああ、アランの盾を壊せるように私も訓練しないとダメだな」


 クラークはオレの頭を撫でながらニヤリと笑った。


 オレは強固な盾を作ると同時に身体にまとう結界のヨロイを作ってみた。


 前世で着慣れていたツナギをイメージして全身を結界で包んでみた。ヘルメット状のフードをつけて頭部も包んだ。身体の動きにあわせてぎこちなくならないように適度な柔らかさと強固さを組み合わせるのは難しかったが、柔らかいフィルム状の結界をベースにして、バイクやアメフトのプロテクターをイメージして、肩や胴体にうろこ状にした硬い結界を貼り合わせ、腰から下は直垂ひたたれ状のカバーを膝まで伸ばし、ニーパッド付きのロングブーツで足もともカバーした。


 結界ヨロイを作っては直し、作っては直しを何度か繰り返すあいだ、部屋や廊下を何度も歩き回ったり、身体を曲げたりひねったりしているオレをヘレンとマリアは生暖かい目で見守っていた。


 さすがにこれをジェームスに叩かれるとケガをするかもしれないので、夕食後にクラークの部屋に行って、木剣で軽く叩いてもらって強度を確かめた。かなり強めに叩いてもらっても身体には影響なくなったので、結界を使った攻撃手段を考えた。


 攻撃手段といえば、やはり矢や槍だろうと、小さな三角錐状の結界を作って部屋の窓から見える庭の木を的に飛ばしてみたが、スピードを上げてみてもまっすぐ飛ばない。


 う〜〜ん、どうするか…?と考えたが、そういえばライフルの銃弾は高速回転させることでまっすぐ飛ぶことを思い出して、三角錐の結界が高速回転して的に飛んでいくのを強くイメージして飛ばしてみたら、命中した。気を良くしたオレは二発三発と連続して飛ばしてみたらうまく的の木に当たるようになったので、クラークと朝食前の打ち合いをしているジェームスのところに行き見てもらうことにした。


「おとーさま、ぼーくのけっきゃいのやをみてくだしゃい」


 オレはそう言うと、庭の隅に立てられてる打ち込み用の丸太を的に『見える結界の矢』を作り、まずは一発打った。


 ガシュッと音を立てて的に命中した結界の矢を見て、二人とも目を丸くして驚いていたが、オレが続けて三発同時に打ち、三発ともに命中すると、的とオレを見比べながらしばらく動かなくなった。


 ジェームスが気を取り直したように言った。


「アラン…、コレはどういうことだ……。お前は結界を攻撃手段として使うことができるのか……。創造神様の加護とはこれほどのものか…、これが見えない矢になって飛んできたら、よけられんぞ」


「アラン、私の火のファイヤアローよりも早い矢が飛ばせるのか…」クラークは力なくうなだれた。


 ヤベッ!、兄貴が落ち込んじゃったよ、スマンスマン。


 結局この結界の矢もナイショの話になり、二人が剣術の稽古をしているときに、庭の隅でそーっと見えない矢で練習することになった。




 お腹が張り出して目立つようになったオードリーは室内で静かに過ごすようになったので、オレはクラークたちが使っていた歴史書を読んでもらって、勉強することが多くなった。一緒に読む練習をして、少しでも滑舌が良くなるのを期待すると同時に、万が一なにかにつまずいて転ぶようなことがあったらオレの結界で身体を支えるためだ。



 オードリーは風魔法を使えるので、自分の身体くらいは風で支えることはできるのだけれど、もうわずかしか残されていないオレとの時間を楽しんでいてくれたようだ。



 ーーーーーーーーーー



 やがて月が満ちて、オードリーは女の子を産んだ。


 フランソワと名付けられた末娘は父親ジェームスと同じ赤い髪にみどりの瞳だった。


 フランソワが産まれてしばらくして、コーバン子爵家に絵師がやってきた。


 コーバン子爵家全員が集合した絵と、オレと兄姉とフランソワが一緒の絵を描くためだ。


 同じ構図の絵が何枚も描かれ、コーバン子爵家の玄関ホールには家族全員の大きな絵が飾られ、子どもたちにはA4サイズの家族全員の絵と子どもたちだけの絵が与えられた。


 フランソワが産まれた記念だとオードリーは言っていたが、もうすぐこの家を離れるオレのことをものごころついたフランソワに教えるために描かせたのだろう。だってそのときにはオレはココにはいないからね。


 椅子に座ったオレが膝の上にフランソワを乗せて微笑んでいて、オレの左右に分かれて立っているクラークとヴィヴィアンがオレの肩に手を置いて笑っている絵は、オレにとってかけがえのない宝物になった。



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