第13話 閑話:魔法バカは無双する
ドナルド・コーバン侯爵家次男のリチャードは『魔法バカ』と呼ばれている。高位貴族の子息であり、自身も子爵位を帝王から授かっているリチャードに面と向かって言う者はいない………父親や兄弟以外は。
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リチャードはコーバン侯爵家の男子が授かる火魔法の使い手で、それだけではなく三歳年上の
指導をまかされているコーバン侯爵家の護衛隊長は頭を抱えたが、魔法使いが使っている杖を使えば戦闘訓練にも積極的になるのではないかと思い、杖にみたてた棒術やメイスを使った訓練に切り替えたところ、リチャードは『これこそ魔法使いの持つべき武器だ』と喜んで参加するようになった。
単純な男なのだ。
しかしそれも最低限身を守れる程度に習得すると、そーっと訓練をサボって、魔法を練習するようになってきた。
困った護衛隊長はコーバン侯爵に報告に行ったが『やりたいようにやらせておけ』と言われてしまったので、リチャードに条件を出した。
「リチャード様、いくらお好きではないと言っても侯爵家ご子息が訓練をおざなりにしているのはまわりにしめしがつきません。ですから明日からは目覚めてから朝食前は戦闘訓練。朝食後は政治・外交・歴史・計算・領地経営・魔法学などの座学。昼食後は魔法でもなんでもお好きなことをなさるがよろしい。サボることは認めません。これでいかがですかな?」
リチャードは朝早く起きるのはイヤだったが、昼食後はなんでもやっていいという話に飛びついた。
本当に単純な男なのだ。
翌日からは半分寝ぼけた顔で訓練用の棒をひたすら振るリチャードの姿が見られるようになり、地頭はいいようで寝ぼけながら受ける座学もほどほどの成績でおさめ、昼食後は人が変わったように生き生きとした表情で魔法を練習しているのを見て、使用人たちはそっと小声で『魔法バカ』と呼ぶようになった。
侯爵家長男のアーノルドは戦闘訓練も座学もそつなくこなし、父親の跡をついで侯爵家当主となるにふさわしい人物になろうとしていた。同じく授かった火魔法は中級程度で満足していたので、生き生きと魔法に打ち込む弟を半分呆れて半分うらやましそうに見ていたが、まぁ長男に生まれた宿命だと諦めていた。
リチャードが十歳になる頃には、中級火魔法はもちろん中級の風や土魔法を使えるようになっていた。遺伝的なものかもしれないが、水魔法は苦手だった。その代わりに雷魔法が使えるようになっていた……どんなズルをしたんだリチャード……。
十二歳になり帝立学園中等部に入学する頃には、侯爵家にある魔法書はすべて読み切り、熟知していたので、座学試験はほどほどの成績だったが、魔法を使った実技試験では、
中等部の三年間で図書館にある魔法書を読みあさり、すべて読み切った頃には上級魔法を使えるようになっていたが、使える場所が無いので、長期の休みには帝都から離れたコーバン侯爵領に行き、山や海で思う存分魔法をぶっ放していた。
魔物を討伐してくれるのはいいのだが、上級火魔法で黒焦げにしたり、上級風魔法で血まみれのミンチにしたり、雷魔法でデカいクレーターを作りまくるので、領民からはハッキリ聞こえる声で「また魔法バカがやってるよ」と言われるようになった。本来ならば不敬罪で首が飛んでも文句は言えないのだが、リチャードはまったく気にしていないし、従者もあきれているので「ご領主様のご子息だからな、あまり大きな声で言うものではないぞ」と口頭で注意する程度であった。
十五歳になり、中等部を上位の成績(魔法学と実技ではダントツのトップ)で卒業することになり、高等部に行き魔法を専門的に研究するか、帝都魔法師団に入団するか迷っている時期に事件はおきた。
ガーシェ大帝国の南には二つの王国がある。東寄りのミリバ王国と真南のローダイ王国である。
東寄りのミリバ王国とのあいだには高い山脈が連なり、ミリバ王国とローダイ王国のあいだには広大な〚魔物の森〛が広がっていて、自然の国境線となっている。
政治的な基盤の弱かったローダイ王国に目をつけた先代の帝王は、初めは商人の行き来をさかんに
十数年後にはローダイ王国の中枢部にはガーシェ大帝国出身の文官が多くなり、国家の経済や人事を掌握されてしまっていた。
やがて両国のあいだで不可侵条約をむすび、その条約にもとづいて地方の代官や収税官にもガーシェ大帝国出身者やガーシェ大帝国で教育を受けた者が多く就任するようになり、その流れに対抗しようとしても、もう手遅れになっていた。王族や貴族たちは飼い殺しにされ、実質的にはローダイ王国はガーシェ大帝国の属国となっていた。
それを嫌った者たちは、命がけで〚魔物の森〛を越えミリバ王国に逃げ込んでいったが、ローダイ王国にとどまり属国から脱却しようとガーシェ大帝国に対して反旗を
ガーシェ大帝国に損害をあたえられれば良しとして、王族や貴族たちも密かに援助しているらしいと、内部通報もあわせて届けられている。
つまりローダイ王国がガーシェ大帝国に謀反を起こしたということだ。
ガーシェ大帝国帝王は軍務大臣・帝都騎士団長・帝都魔法師団長を集めて言った「ローダイ王国に誰が主人か教えてやるためのおしおきをしなければならんな」と。
軍務大臣からローダイ王国におしおきをすると聞いたドナルド自身は好戦派でも嫌戦派でも無いが、軍務副大臣として立場からリチャードの魔法がこの戦争には使えると冷たく計算して侯爵邸に帰ると、アーノルドとリチャードを部屋に呼んで言った。
「ローダイ王国でガーシェ大帝国に対しての武力蜂起が起きた。これを放置することはできない。よってローダイ王国に兵を送ることになった。私はリチャードにも魔法師団に加わってローダイ王国に行ってほしいと思っている」
「お前が思う存分魔法を使えるようになれたのは、このガーシェ大帝国が安定して生活できる国だからだ。ワシたち貴族も国を安定させるために尽力をつくしてきた。今こそ、お前が修得した魔法をこの国に暮らす人たちのために使うときではないのかと思うが、どうだ?」
「父上は戦争に参加して、ガーシェ大帝国のために、ローダイ王国の人たちを殺せ!、とおっしゃるのですか?」
「そうは言わん。お前が侯爵領で魔物を黒焦げにしたり、大きな穴をいくつもあけたのは聞いている。その威力をローダイ王国の者たちに見せつけて、反抗する気を削ぎ、血を流すことなく武力蜂起をおさめることがお前ならできるのではないかということだ」
「たしかに威力の強い魔法を武力蜂起した者たちの上空や周囲で使えば、血を流さずにおさめられるかもしれませんが、戦争で手柄を立てて身を立てようとする貴族の子息たちもいるのではないでしょうか」
「そうだな。平和が続けば、貴族の子息たちに渡す領地も爵位も足りなくなるのは当然のことだ。ローダイ王国に攻め込んで、武力蜂起した首謀者たちのみならず貴族たちの
「これは私の個人的な考えだが、戦争というものはどちらかが絶対に悪いものではないのだ。その国や地方の文化・生活習慣・宗教・教育などの違いから、それにそぐわないものを悪いと決めつける愚かな考えを基準としたものだ。その愚かな考えから、こちらが正義だ!、いやこちらこそが正義だ!と主張しあい、武器を持ってのぶつかり合いに発展し、勝ったものが正義を主張するだけの醜いものだ」
「そんなものにお前を巻き込むのは父親としては嫌だが、ガーシェ大帝国の軍務副大臣としては最小限の被害でこの戦争を終結させガーシェ大帝国に反抗する意思をくじくために最大限の効果を示すためにお前の魔法を使ってほしいのだ。今すぐ結論を出せとは言わんがよく考えてほしい」
「わかりました。しばし考えをまとめる時間をいただけますか?」
「ああ、かまわん。よく考えろ」
リチャードは自室に戻り、頭を抱え込んだ。
ドアをノックする音が聞こえたので返事をすると、長男のアーノルドが部屋に入ってきた。先程まで父親とリチャードの話し合いを横で聞いていたが、一切発言せず黙っていたのだ。
アーノルドは中等部卒業後に軍務副大臣秘書官として父親の仕事を見てきたのだ。
「リチャード、父上がおっしゃったようにお前がどうするべきかはよく考えてくれ」
「ただな、父上のお立場からすると、威力のある魔法を使える息子を戦地に送らないというのは敵対する貴族連中やコーバン侯爵家に繋がる下位の貴族たちから反感をかい、ガーシェ大帝国に対する謀反を疑われるやもしれない。すなわちコーバン侯爵家一族郎党が処罰や処刑されても文句が言えない立場に追い込まれるかもしれないということだ」
「だからな、お前がローダイ王国の人々をむやみに殺したくないと思う気持ちはわかるが、反抗心を喪失させることに専念して威力のある強い魔法を放って、コーバン侯爵家の名誉を守ってもらいたいのだ。まぁとにかくよく考えてくれ」
アーノルドが部屋を出ていったあと、リチャードはまんじりともせずに朝まで悩み続けたが、意を決して朝食前に父親の部屋をたずねた。
「父上、私はローダイ王国に向かい、血を流すことなく反抗心を喪失させることに専念して魔法を使います。その結果がどうなるか…、後始末は父上や兄上におまかせしてよろしいでしょうか?」
ドナルド・コーバン侯爵は深いため息をついた。
「アーノルドに何か言われたのか………、お前はそれでいいのか」
「はい、できる限り誰の血を流すことなく私の全力を持って戦争を終結させてきます」
リチャードの全力………ドナルド・コーバン侯爵は少し寒気がしたが頷いた。
「よし、お前に私が持つ男爵位を授ける。そして帝都魔法師団の一員としてローダイ王国に行け」
ドナルド・コーバン侯爵は朝食もそこそこにアーノルドとともに帝王城に向かい、リチャードの男爵位を正式なものにする手続きをしたあとで、帝都魔法師団の団長を執務室に呼び、リチャード・コーバン男爵の戦争参加を了承させた。
ローダイ王国に向かったリチャードは無双した。
風魔法を使い、誰よりも早く武力蜂起した集団を迎え撃ち、雷魔法を何発も打ち込んでクレーターをつくり、名誉欲から血気にはやるガーシェ大帝国軍とのあいだに距離を置かせて、上空から数十発の岩を落とし、炎と風を合わせた熱風の嵐を吹きつけ、武力蜂起した集団を恐怖のどん底にたたきこんだ。
武力蜂起した集団をローダイ王国の王都まで追い込み、王城上空から巨大な稲光を落とした。
ビリビリと震える空気と大地の振動にローダイ王国民もリチャードの後を追って攻め込んできたガーシェ大帝国軍もリチャードに恐れをいだいた。
仕上げに上空に大きな火の玉を何発も打ち上げ爆発させた。
しばらくして静まりかえった戦場には、戦意喪失した武力蜂起した集団とガーシェ大帝国軍とが座り込んで頭を抱えているだけだった。
王城から王族や貴族たちが飛び出してきて、リチャードの足元にひざまずいて許しを願った。
リチャードは何も言わずに、ガーシェ大帝国軍総大将である軍務大臣の元に歩いていった。
「オチョーキン公爵閣下、ドナルド・コーバン侯爵が次男リチャード・コーバン男爵でございます。こたびの戦争において、私の持てる力を存分に発揮させていただきましたが、いかがでございましたか。ご満足いただけたでしょうか?」
オチョーキン公爵はただ頷くだけであった。娘のエミリアがコーバン侯爵家に嫁いで生んだ子がリチャードだとは知っていたし『魔法バカ』と噂されるほどに魔法を使いこなすとは聞いていたが、実際に目にしたものは脅威でしかなく、放たれる大型の魔法に何度も心臓が止まりそうになった。
『リチャードが味方で良かった。ガーシェ大帝国はリチャードがいる限り安泰だ』
オチョーキン公爵はホッと胸をなでおろした。
「ローダイ王国内の反乱分子の捕縛と処罰はおまかせしてもよろしいでしょうか?」
リチャードが続けて言うと、オチョーキン公爵は我にかえって言った。
「うむ、見事な魔法であった。よくやった。そなたのような孫がいて、ワシも鼻が高いわ。あとは他の者にまかせて下がってよいぞ」
これを聞いて、立身出世を狙って参戦していた者たちはローダイ王国民に襲いかかったが、戦意喪失して無抵抗の者たちに刃物をふるうことはできず、
リチャードはそんな光景を後方から見ていたが、ふと遠くに見える〚魔物の森〛に行ってみたくなった。何者かはしれないが、強く見つめる視線を感じたからだ。だが戦争が終結をむかえたことで、戦地を離れるように命令を受けたリチャードは、ガーシェ大帝国帝都に戻った。
リチャードが願った血を流すことなく戦争を終結させることは実現できたが、首謀者たちの処刑までは阻止できなかった。
ガーシェ大帝国に凱旋帰国したリチャードは、帝王から子爵に
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あれから思い切り魔法を使うこともなく、魔法師団の職務に追われているが、リチャードはいつか〚魔物の森〛に行って、視線の主に会ってみたいと思っている。
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