第12話 大騒動の一夜

 子どもたちを連れて応接室に戻ったリチャードは、先程出ていったときよりもさらにドヨーンとした室内の雰囲気に、深いため息をついたが、気を取り直して明るくジェームスに声をかけた。


「ジェームス、クラークに火の魔法書と水の魔法具を渡したからね。『神恵の儀』を授かったときには初級の魔法書を渡したが、今日は中級の魔法書を渡したよ。わからないところはジェームスが教えてやってくれ。火魔法を練習するときに、もし火事が起きそうになったら水の魔法具を使って消せるようにそれもよく練習させておいてくれ。それからヴィヴィアンには光の魔法書と光が灯る魔法具を渡してあるから、魔法書を読んで魔道具の光をよく見て同じように光を出せるように練習させておいてくれ。使用人の中で生活魔法が使える者に『ライト』を見せてもらうのもいいね。治癒とか浄化はそれができてからでもいいかな」


「そうか、兄さんありがとう。クラーク、ヴィヴィアン、良かったな。ちゃんとお礼は言ったのか?」


 ハッとした顔をした二人はあわててリチャードに礼を言った。


「「リチャード叔父様、ありがとうございます」」


「ああ、いいよ。魔法についてはいつでも頼ってくれよな」


 魔法リチャードバカは得意げに胸を張った。


 そんなリチャードをジトーッとした目で見たコーバン侯爵は皆に言った。


「今日はいろんなことがあって疲れただろう。ジェームスたちは家族だけで話し合わないといけないこともあるから、もう帰ってよいぞ、ワシもいささか疲れた、見送りはせんがまたくるといい。ではな」と言うとドナルド・コーバン侯爵は応接室を出ていった。


 侯爵家長男のアーノルドは立ち上がりながら「そうだな、今日はたしかに疲れたよ。馬車まで送ろう」と言いながら応接室を出ていった。


 リチャードは立ち上がったジェームスにオレを渡すと、子どもたちとともに応接室を出るようにうながした。リチャードは続いて出ようとしたオードリーにそっと近づくと「おめでとう、今度は女の子かな?」とささやいた。


 オードリーが、えっ?という顔をすると「しっかり身体を休めて栄養のあるものを食べなさい、まぁ四人目だから大事にはいたらないだろうけどね」とニヤッと笑った。


 ここしばらく体調がすぐれなかったオードリーは、もしかして………と思っていたことが、そうだったのか!、と思いあたり義兄リチャードに軽く頭を下げながら言った。


「ありがとうございます。ハッキリしたらジェームスや子どもたちに伝えて、お義父様たちにもあらためてご報告いたします」


 なお、この会話は風魔法を使って他人には聞こえないようにしていたので、応接室から出てこない母親を待ちくたびれて、ヴィヴィアンはちょっとご機嫌ナナメだった。


 本人も確証がない妊娠を察知する魔法リチャードバカ。恐ろしい男…。


 アーノルドとリチャード、それにコーバン侯爵家の使用人たちに見送られてオレたちはコーバン侯爵邸から出た。


 馬車の中ではクラークとヴィヴィアンが魔法書を両親に見せ、オレには魔道具を見せてくれた。子どもたちのはしゃぐ声で両親の顔も少しは明るくなったようだけれど、オレは結界魔法を使いすぎたのか、もうオネムだったので、遠慮なくオードリーのOPPAIに顔をうずめてスヤァしましたとさ。



 ーーーーーーーーーー



 オレは真っ暗な部屋で目が覚めた。誰かがオレの頭を撫でているのに気がついたので、そーっと薄目であたりをうかがうと、壁際の灯りの魔道具の光に照らされたオードリーがオレのベッドの横に座り頭を撫でていたのだ。


 オードリーは涙声で何かつぶやいている。


「アラン、私のかわいい息子。もうすぐお兄ちゃんになるのよ。まだこんなに小さいのに、神様の加護をいただいて、とても大きな荷物を背負わされてしまったのね。私のかわいい息子、押しつぶされないように見守ってあげたいのに………」


 オードリーのすすり泣く声を聞いてオレはギュッとその手を握りしめて「お母様、私もお母様のことが大好きです。お母様を悲しませるようなことがないように強くなります!」と言ってはげましてやりたかった。



 だが、なにもしなかった。




 この場でオレがオードリーのつぶやきを聞いてその内容を理解したことを教えて励ますのは、ちょっと違うのではないかと思ったからだ。


 オレが創造神様から加護を授かり、結界魔法という厄介な魔法を使えることが他の人にわかってしまったのはもうどうしようもない。


 今さら加護も無し、魔法も使えない、ただの二歳児に戻ることはできないし、したくない。


 オレは今の自分に与えられたものを鍛えて、強く!、強く!!。


 誰よりも強くなる!!!。


 それが魔法のあるこの世界に転生したオレの生きる道だと思ったからだ。


 それにまだ滑舌が良くないオレは、思っていることの半分も伝えられないだろうからな…、発声練習を頑張らないとダメだな。



 ーーーーーーーーーー




 オレはいつの間にか寝落ちしていて、夜が明けて部屋が明るくなったときには、オレ一人だった。部屋に入ってきたメイドのヘレンとマリアは、はれぼったい赤い目をしていた。


 二人はオレのベッドに近づくと優しくオレを揺り動かしながらささやいてきた。


「「アラン様、私達はどこまででもアラン様と一緒にいますからね」」


 どうしていきなりそんなことを言うのかがよくわからないので、とりあえず寝ぼけたふりをして、身体を起こした。


「おぁょ〜・いーい・てーき・いーい・てーんきだね」


「はいアラン様。今日はいいお天気ですよ」


 二人に手伝われて着替えと洗面を済ませたオレはヘレンに抱かれて家族のいる食堂へ行った。


 食堂に入ると、両親と兄姉がすでに席についていた。


「おぁょ〜〜ごじゃいましゅ。ち・ちーうえ、は・はーうえ、くりゃーきゅ、ヴィー、きゅょーは・いーい・てーき・だにぇ」


 クラークとヴィヴィアンはグッと唇を噛み締めて頷くだけだが、父親ジェームスはことさらに明るい声で「アラン、おはよう。そうだね、今日はいいお天気だね」と挨拶を返してくれた。


 朝食を終えて、帝都騎士団副団長の父親は出かけて行き、兄姉は座学の時間で、オレとオードリーの二人きりになった。


 オードリーはオレを膝の上に乗せて、昨日コーバン侯爵邸で話し合われたことを教えてくれた。


 

 まだ二歳のオレがすでに創造神様の加護を授かっていて、結界魔法も使えることは普通ではありえないこと。


 結界魔法は身分の高い人たちが身近におきたい魔法使いだから、オレを欲しがる人が多いこと。


 両親や侯爵おじいさんはオレを誰かに渡すつもりは無いけれど、それはとてもむずかしいこと。


 だから、五歳になる前にこの家を出て、遠くに住む叔母さんの家で暮らすことに決まったこと。それを聞いたヘレンとマリアが何がなんでもオレについていって、オレがこの家に戻ってくるまでそばにいると言って譲らなかったこと。


 根負けした両親がそれを許したこと。


 そして、オードリーのお腹に赤ちゃんがいるらしいというのも教えてくれた。


「くりゃーきゅ・とぉ・ヴィー・あ・だーじょーぶ・だた?」


 オレがきくと、オードリーは微笑みながら言った。


「クラークは長男だから我慢していたみたいだけど、ヴィヴィアンがねぇ………。「アランを遠くに行かせるなんて、そんなのダメー!、ダメー!」って大騒ぎして大変だったのよ。本当にあの子はアランのことが好きなのよね。それでヘレンとマリアも一緒になって私達の足元にひざまずいて「私達もアラン様とご一緒します」と言って譲らないから……。本当に大変な夜だったわ。アランはグッスリ寝ていたから知らなかったでしょう。アナタがいなくてよかったわ、フフフフフ」


 オレは笑っているオードリーの顔をジッと見ながらゆっくりとひとつひとつの言葉を確かめながら言った。


「お・かあさま・ぼーくは・おかあさまが・だいしゅきです、お・とうさまも・くりゃーきゅも・ヴィーも・だいしゅきです、みんにゃと・はにゃれても・ぼーくの・きょきょりょの・なーかにあ・みんにゃぎゃ・いみゃす、だーから・しーぱい・しにゃいで・だーじょーぶ・でしゅ」


 オレは今できる限界まで頑張って気持ちを伝えた。


 オードリーはオレをギュッと抱きしめた。


「お・かあさま・だいしゅき・だーいしゅき・だーーいしゅき・でしゅ」


 オードリーはオレを抱きしめながら静かに泣いていた。




 

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