第8話 闘いのゴングが鳴らされた

 左右にいくつものドアが並んでいる侯爵邸の長い廊下をオレたちを引き連れてコーバン侯爵は歩き、廊下の奥にある大きなドアを開けてオレたちをまねきいれた。そこは華美な装飾ではなく、落ち着いた雰囲気の家具が揃えられた応接室だった。


 壁際には警護の騎士がズラリと並び立ち、ティーポットやカップとお菓子の並べられたお皿が用意されたワゴンのそばには年配のメイドと若いメイドが二人立っていた。


 侯爵を真ん中に、父親ジェームスによく似た二人の男性が左右に分かれて座ったソファに向かい合うソファにはオレを抱いた父親ジェームス母親オードリー、緊張した顔をしたクラークヴィヴィアンが座った。


 オレ以外の者にティーポットからそそがれた紅茶が入ったティーカップが配られ、クラークとヴィヴィアンの前にはお菓子のお皿が置かれた。


 「お前たち、しばらく部屋から出ていてくれ。トーマス、お前もだ」


 コーバン侯爵が応接室にいる騎士やメイドたちとオレたちに続いて応接室に入ってきた執事に言った。

 

 いぶかしげに侯爵を見た執事トーマスだが、すぐさま他の者に声をかけた。


「ご当主様のおいいつけだ、皆も外へ出よう」


 部屋の中にいた者たちが外に出ると、侯爵は次男魔法バカのリチャードに言った。


「おい、アレをやれ」


 リチャードは頷くと風魔法の遮音魔法を発動した。同じ風魔法の使えるオードリーも確認するように頷いた。


 「さて、これでこの部屋で話すことは他には漏れない。まずはヴィヴィアン、無事に『神恵の儀』を終えたようだな。おめでとう。授かったのは戦闘スキルかな?、それとも魔法かな?」


「お祖父様、私は『光魔法』を授かりました。」


 ムフーッと鼻息を荒くしてヴィヴィアンが答えた。


 侯爵の横に座ったリチャードが眼をキラーーンと光らせて、ヨシッと言わんばかりに拳を握りしめて言った。


「ヴィヴィアン、でかした!。『光魔法』は私がしっかり研究してあるから、私に任せなさい。私がヴィヴィアンを『光魔法』の達人にしてあげる!!」


 魔法バカはニコニコ顔でヴィヴィアンを見た。と両親は『コイツめんどくさい』という顔をしたが、まぁそうなるよな…と諦め顔で頷いた。


「『光魔法』か、いい魔法を授かったねヴィヴィアン。これからしっかり勉強していきなさい」とリチャードの反対側に座っている侯爵家長男のアーノルドは言った。


「治癒や浄化の能力を狙って教会がなにか言ってくるかもしれんな。『聖女』だとほざいてまつりあげようとしてくるかもしれんが………それはまぁなんとかできるか………。しかし今日ここに来たのはヴィヴィアンのことではあるまい。その赤子のことなんだろう?。話してみろ」


 コーバン侯爵はジェームスに言った。


「実は、まだ三歳になったばかりのアランがすでに魔力を身体にまわすのができていて、『清浄クリーン』を使いこなしているというので、ヴィヴィアンの『神恵の儀』に合わせて、司教にたしかめてもらいましたところ………」


 ジェームスは少し言いよどんだが、催促するような侯爵のまなざしに、思い切ったように言った。


「アランは、創造神様の加護と生活魔法…、それと結界魔法をすでに授かっているのです」


 リチャードはソファから飛び上がって叫んだ。


「創造神様の加護と結界魔法!!!、そんな…バカな………」


「お義兄にい様、本当なんです」


 オードリーが少し悲しそうに言った。


「教会からここにくる途中で、アランが馬車の中で結界魔法を使うのを見てしまいました………」


 ジェームスが続けて言うと、リチャードは口を大きくあけて踊りだした。


「結界魔法を使える!、三歳で!!。結界魔法を使えるなんて、まだ三歳なのに!!!」


 リチャードは興奮のあまり、その場で踊り続けた。


 オレはそんな魔法バカのことよりも、何よりも、侯爵おじいさんのケツアゴに目が釘付けで必死に手を伸ばして触ろうと身体をモゾモゾ動かしていた。


「けちゅ・アゴ………けっちゅアーゴ…けっちゅけっちゅ………」


 相変わらずの滑舌の悪さにげんなりしながら、侯爵のアゴを触ろうと手を伸ばしているオレを見て、侯爵はオレに手を伸ばしてきた。


「なんだ、ワシのアゴが気になるのか?」


 ジェームスからオレを受け取った侯爵はオレの顔をマジマジと見た。


 オレはケツアゴを触るのに夢中で、まわりの大人たちが深刻な顔で考え込んでいるのに気がつくのが遅れた。


 静かになった室内を見渡すと、両親と兄姉は膝の上で握りしめた手を見つめているし、侯爵の長男は腕を組んで天井を見ている。魔法リチャードバカは自分一人がはしゃいでいるのが気恥ずかしくなったのか、ソファに座りなおして、冷めた紅茶をすすっている。


 これはなにかマズイことになってるなと感じたオレは無邪気な三歳児のふりをしてなんとか場を明るくしようとしてみた。


「ぼーく・きぇっきゃい・ちゅくれりゅー、ぼーくのきぇっきゃい・みりゅー?」


 オレは侯爵の目の前に結界箱を出すと言った。


「ここにありゅよ、ちゅんちゅんしてみりゅー?」


 オレが指先でつつくまねをすると、侯爵が指先で空中をつついた。オレは侯爵の指先に結界箱を寄せた。


「ほう、たしかにここにあるな」


 リチャードがすかさず横から指先を伸ばしてきたので、リチャードの指先に当たるように結界箱を動かした。指先に当たる結界箱の感触をたしかめて、リチャードは言った。


「うん、たしかにできてるね。さすがに『最強の盾』というわけにはいかないが、これは結界魔法が使えていると言えるな」


 アーノルドも指先を伸ばしてきたので、その指先に当たるように結界箱を動かした。


 アーノルドも結界箱の感触を確かめると言った。


「まだ三歳だから、この程度の結界魔法だが、成長してもっと硬い結界魔法を使いこなせるようになると、王家が取りこもうと必死になってきますね。う〜〜ん、これはどうするのがいいのかな………」


 

 結界箱を出すとみんなが喜んでくれるかなと思ったのに、逆効果になってしまった。どうしようかな〜〜と考えたらオレは『そうだ!、あやまっちゃおう。かぼちゃは持ってきてないけど、あやまっちゃおう!!』

 と昔テレビで見たドラマのワンシーンを思い出して言った。


 「ごめなしゃい、ぼーく・きぇっきゃい・まほー・つかえるの、だみぇにゃんだ………。ごめーにゃしゃい。ぼーく・わりゅぃこ。わりゅぃこ。ごめーにゃしゃい。ぼーく・うみゃれて・ごめーにゃしゃい。ぼーく・わりゅぃこ」


 オレは必死でみんなにあやまった。おがむように小さな手をこすり合わせてみんなにあやまった。


 オードリーはテーブルに身を乗り出して、侯爵からオレを奪い取ると、ギューッと抱きしめて涙声で言った。


「悪くなんかないの、アランはなにも悪くないのよ」


 クラークとヴィヴィアンもポロポロ泣きながらオレの頭を撫でて「「アランはいい子、いい子だよ」」と慰めてくれた。


 父親ジェームスはグッと奥歯を噛み締めて侯爵父親と兄たちに言った。


 「アランを守るために知恵を貸してください。お願いします」


 ジェームスが頭を下げると、侯爵も奥歯をググッと噛み締めながら言った。


 「守るためのうまい手か……、どうするか………」


 コーバン侯爵家とコーバン子爵家のオレを守るための闘いが始まってしまった。












 

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