第7話 けちゅアゴさん

 馬車に乗り込んだコーバン子爵はむっつりとした顔で腕を組んで窓の外を見ている。母親オードリーはアランをギュッと抱きしめて、反対側の窓の外を見ながら考え込んでいる。


 車内の重い空気にしばらく黙って静かにしていたヴィヴィアンは我慢できなくなって言った。


「お父様、お母様、クラーク、私魔法を授かったの。何だと思う?」


 父親ジェームスは考え込んだままだが、オードリーは窓の外からヴィヴィアンに視線を移すと娘にきいた。


 「私と同じ風魔法かしら?、それともお父様やクラークと同じ火魔法?」


「ううん、違うの。私は光魔法を授かったのよ」


「えっ?、光魔法………」


 オードリーは息をのんだ。魔法には基本の四属性があり、それら火:水:風:土に火と闇の六属性はまぁ珍しくはない。


 水の発展系の氷属性や風と土の複合属性の雷属性は珍しく、転移:収納:結界が使える者は極少数だ。


 光魔法は珍しくはないといっても、治癒や回復・浄化が使えるようになるので、教会が取りこもうとしてくるのは間違いない。


 ただでさえ三歳児のアランが創造神様の加護を持ち、生活魔法と結界魔法が使えることに頭が痛いのに、ヴィヴィアンよお前もか…、オードリーは頭を抱えるしかなかった。


 創造神様の加護を持つアランが『創造神様の使徒』扱いされて、教会から狙われるのは間違いないが、結界魔法も使えるとなると王家や上位貴族に大商人たちも黙ってはいないだろう。


 結界魔法が使える者は『最強の盾』を常に持ち歩いている者ということだ。個人を守れるのはいうまでもなく、その能力次第ではひとつの軍隊、ひとつの街を守れるということだから、誰もがそばにおきたがる。


 今年八歳になるクラークは自分が使える火魔法について学ぶとともに他の魔法についても学んでいるので、アランの授かった加護と魔法の持つ価値と危険性に思いをはせて、両親と同じように黙り込んでしまっている。


「ヴィー、ひゅかりまほーがつかえるの?、しゅごいしゅごい!。ぴゅーってできるね。ぴゅーって」

 

 オレは両親や兄貴に相手にされずにしょぼーんとしているヴィヴィアンを勇気づけるように、さかんに頭からビームが出てるつもりで手を振り回した。


 だってさ、光魔法といえば、ビームとか光の剣とか、カッコいいじゃん。


「ヴィー、シュパシュパッてできるね。シュパシュパシュパ〜」


 オレが空中を切るようなしぐさで腕をふると、オードリーが不思議そうな顔で見ていた。


『たしかに光の矢を飛ばしたり、光の剣が使えるとかというのは知っているけど、実際にはなかなかむずかしいのよね。でもどうしてアランが光魔法の使い方を知ってるの…?、創造神様の加護をいただいているから…?』


 オードリーは頭の中が心配事でパンパンになってきて、もう自分たちの屋敷に帰りたかったが、まだ今日は始まったばかり。これから行くところでは頭がパンパンのパンにふくらんでしまうのをオードリーはまだ知らない。知っていたらすぐさま馬車を引き返させただろう…。


 オレがぴゅーだのシュパだの言って、はしゃいでいるのを見て、よくわかっていないけれど楽しくなってきたヴィヴィアンは、オレの真似をしてぴゅーだのシュパだの言ってはしゃぎ始めた。


 ヴィヴィアンが「ぴゅー」と言いながら、額にあてた指をオレにむけて勢いよく突き出したときに、指先から小さな光の矢が出た。


 オレは慌てて馬車の外に光の矢が飛んでいくように結界箱を斜めに出した。


 結界箱に当たった光の矢は馬車の扉を突き抜けて、上空に飛んでいった。


 ヴィヴィアンは自分の指と扉に空いた穴を見比べて目を丸くしている。


 ズゴォンという音に驚いた両親と兄だが、オレはヴィヴィアンが光の矢を出せたことに喜んで「ヴィー、しゅごーい、しゅごーい」と無邪気に両手をパチンパチンと叩き合わせて、ヴィヴィアンを褒めた。内心では『結界箱が間に合わなかったら、オレやばかったかも』と冷や汗をかいていたが、素知らぬ顔で両手をパチンパチンさせていた。


 ヴィヴィアンが光の矢を出し、それをオレが結界でふせげたのを見た両親は驚きのあまり声が出なかったが、落ち着きを取り戻したジェームスはヴィヴィアンに言った。


 「ヴィヴィアン、もう光魔法を使えるようになったのか、すごいな。だけど魔法の使い方はこれからしっかり勉強しないとダメだよ。今日はもう魔法は使わないでおきなさい」


 そしてオードリーの耳もとでそっと言った。


 「ヴィヴィアンが魔法を使えたのとアランが結界魔法で防げたのはここだけの秘密にしよう。あの魔法バカには教えちゃだめだぞ」


「ええ、わかっています。リチャードお兄様魔法バカには教えませんわ」


 両親はうなづきあった。


 オレは両手をパチンパチンさせながら言った。


「お・とーさま、お・かーさま・クラーク。ヴィー、まほーがちゅかえるの、すごーい、すごーいね」


 オレは両親と兄に『お前らも拍手しろよ』と目で訴えた。


 両親と兄も一緒に「「「すごいすごい」」」と拍手しながら褒めたので、ヴィヴィアンはフフンと鼻息を荒くしてペッタンコの胸をはった。


 『あんなひょろひょろの光の矢なんて、オレの結界でいつでも防いでやるぜw』


 オレはヴィヴィアンが得意になっているのを生あたたかい目で見てやった。


 なごやかな雰囲気になったコーバン子爵一家を乗せた馬車は王都中心部にある『コーバン侯爵邸』に入っていった。


 コーバン侯爵邸の馬車寄せに止まった馬車からコーバン子爵一家が下りると、そこには父親ジェームスによく似た中年の男性とジェームスよりは少し年上に見える二人の男性が立っていた。脇には執事らしき男性とメイドたちが並んでいる。


 「ようやく来たか。さあ中へ入れ」


 オードリーからオレを受け取ったジェームスは中年の男性に続いて屋敷の中に入った。オードリーやクラークとヴィヴィアンは執事らしい男性やジェームスより少し年上の男性と話をしながら歩いているが、オレはあることに衝撃を受けて息をするのを忘れていた。


 だって中年の男性のアゴが見事に割れてるんだぜ。


 テレビや映画館で見たケツアゴを生で見れるなんて、この世界に転生できて良かったよ。


 生ケツアゴってカッコいいーーー。


「ケツアゴカッコいいー」と言ったつもりだったが、実際には「けちゅアゴ、カコイー」だったよ……トホホ…。


 

 


 

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