第681話 試合前に取材を受けてみたよ
9月も半ばとなったが、僕と沼沢選手の打率の差は中々縮まらなかった。
僕は打率.319で、沼沢選手は.327。
残り試合数を考えると、10打席連続安打とか、神がかり的な状態にならないと、まず無理だろう。
今は個人の成績よりも、クライマックスシリーズ進出を争っているチームの力になることを最優先に考えたい。
例えばランナーを進める進塁打を打つとか、盗塁を助ける空振りをするとか。
決して首位打者を諦めたわけではないが、変に狙いすぎて、バッティングの調子を狂わすことは避けたい。
「キョウノスタメン、ハッピョウシマス」
ジャック監督は、いつも試合前のミーティングでスタメンを発表する。
だからどの選手スタメンの可能性があり、試合前練習から気が抜けない。
「イチバン、ショート、ユカワ」
「はい」
「ニバン、ファースト、タニグチ」
「はい、」
「サンバン、レフト、デンカ」
周りのチームメードが笑っている。
誰が言いふらしたのか(大体予想がつくか)、僕の新しいあだ名は殿下になり、チーム内に広まっている。
番記者の方々は、その由来を探っているようだが、下山選手たちははぐらかしているようだ。
するとそのうちの一人、僕と静岡オーシャンズ時代からの知り合いで、昔から懇意にしているK記者が直接聞いてきた。
「高橋選手は、最近チーム内で殿下と呼ばれているみたいですけど、どうしてですか?」
「ああ、それは僕が気品に満ちた顔立ちをしており、また打撃成績も良いので、チームメートから崇められて、自然発生的にそういうあだながついたみたいですね」
「はあ…」
納得していない感じだ。
何が納得できないのか、じっくり聞かせてもらおうか。
「では気を取り直して、首位打者争いについて伺います。
沼沢選手との差がなかなか縮まりませんが、その点はいかがですか?」
これまた単刀直入に聞いてくるね。
まあ良いけど。
「僕にとってはチームの勝利が最優先なので、それに貢献するのが1番重要です。
その結果として、タイトルが取れれば良いとは思いますが、タイトル獲得のために野球をやるつもりはありません」
我ながら格好良い。
是非、このインタビューを紙面上に載せてほしい。
恐らく札幌ホワイトベアーズファンは、感涙にむせび泣くだろう。
「はあ、建前はわかりました。紙面には載せませんので、本当のところをお聞かせ下さい。
本音はどうですか?」
この記者は書くなと言ったことは、ちゃんと守ってくれるので、信頼を置いている。
「はい、タイトルを是が非でも取りたいです。
覆面パトカー野郎には内心、ムカついています」
「安心しました…(笑)。
やっぱり高橋選手は、高橋選手ですね。
僕も高橋選手を入団した頃から取材している一個人として、高橋選手がタイトルを取ることを願っています」
K記者は真剣な表情で言った。
「ドラフト下位で、全く期待されず、二軍の数合せで入団して、コーチにも相手にされなかった選手が、七転八倒、紆余曲折、奇妙奇天烈、摩訶不思議の末に、一軍で首位打者を取るなんて、こんな出来過ぎのストーリーなんて無いですよ。
まるで出来損ないのWEB小説のようです」
この人の首、絞めても良いかしら?
多分、このシチュエーションでなら、この記者をぶっ〇しても、違法性阻却事由に該当するんじゃないかな。
法律の事は良くわからないけど。
「そんなに、怒らないでくださいよ。
僕は昔から、高橋選手の事を応援しているんですから」
それは知っている。
僕が一軍に出始めた頃から、折に触れてインタビューしてくれた。
まあ、誠実な人ではあると思う。
「高橋選手は今シーズンオフ、やっぱりマイナーリーグに挑戦するんですか?」
やっぱり喧嘩を売っているのかな?
「まあ…、まだ迷ってはいますが、大リーグ挑戦も視野に考えてはいます」
ことさら大リーグという言葉を、強調して答えた。
「僕としても、高橋選手のアメリカ挑戦を応援しています。
取材に行かせてもらえるかもしれないし…」
ふーん、そうですか。
「ま、まあ今はクライマックスシリーズ進出がかかっているので、それに全力を注ぎます。
大リーグ挑戦は、シーズン終わってからゆっくり考えます」
「そうですか。応援していますので、結論がでたら教えてくださいね」
「ええ、わかりました」
そう言い残して、K記者は去って行った。
さあ、まずは一つ一つ、チームが勝つことに集中しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます