第675話 母校への贈り物
結局、熊本ファイアーズとの3戦目は、3打数2安打、1フォアボールで、打率は.317。
沼沢選手は5打数1安打で、打率.339となった。
打率を.330台まで上げたら、首位打者が見えてくるかもしれない。
1打席、1打席、大事にしていきたい。
そして8月と言えば、夏の甲子園がある。
今回、久しぶりに群青大学附属高校が出場する。
群青大学附属高校は野球の強豪校ではあるが、そこは全国でも有数の激戦区の大阪。
その中で夏の甲子園のきっぷを掴むのは、至難の業なのである。
母校が甲子園に行くというのは、OBとして、とても嬉しいことである。
差し入れをしてやらねば。
母校の監督は高校時代同級生だった、仲村が就任している。
高校卒業後、大学で野球を続け、教員免許を取った努力家だ。
高校時代は捕手であり、癖のある山崎や控え投手の相川をうまくリードしていた。
早速、僕は連絡した。
「よお、仲村。甲子園出場、おめでとう」
「おう、隆介か。いつもお前の大活躍を楽しみにしているぜ。
うちの部員たちにも、手本にするように、いつも言っているんだ」
それは嬉しい。
若い選手たちの手本になるとは、僕も立派になったものだ。
「それは嬉しいな。何と言っているんだ?」
「お前のメンタルの強さを見習えとな」
「メンタル?」
「あえ、エラーしても、好機で凡退しても、チャンスでダブルプレーになっても、ヒーローインタビューで滑っても、全くめげないメンタルの強さだ。
普通の人間なら、数日は落ち込むところを、数分、いや数秒で切り替えられる性格は、昔から凄いと思っていた」
けなしているのか、バカにしているのか、どっちだ?
「そ、そうか。
甲子園出場のお祝いに、差し入れしようと思っているんだが、何が良い?」
「そうだな。やっぱり現金が良いかな。
いろいろな事に使えるし」
「お前に現金なんか渡したら、すぐにキャバクラで豪遊するだろう。換金できないもの限定だ」
「チッ。それなら練習用のグラウンドが欲しいな。
今のグラウンドは手狭だし」
「バカも休み休み言え。グラウンドを買ってプレゼントできるほどの年俸はもらっていない」
そこで閃いた。
「バッティングマシーンはどうだ?」
「あいにく間に合っている。
先日、山崎から、ストレートだけでなく、色々な変化球を投げ分けるバッティングマシーンを3台も貰った」
「それって、もしかして山崎が投げる映像が映るやつか?」
「おう、よくわかったな。
業務用で1台200万円くらいするらしい」
「それこの間、バッティングセンターで見たぞ」
「ああ、そうらしいな。
その他にバッティング練習用のゲージ、そしてボール100ケースも買ってもらった。
おかげで校庭の隅にちょっとした、バッティングセンターができた。
雨天でも打ち込みができるようになって、部員は喜んでいる」
「もしかしてそれの一つ一つに、山崎寄贈と書いてなかったか?」
「おう、そのとおりだ。御丁寧にボール一つ一つにまで、あいつの名前と寄贈の日付が入っていた…」
やつぱりあいつらしい…。
「で、俺は何を寄贈すれば良い?」
「そうだな。現金がダメなら、商品券はどうだ」
「だからそんなのやったら、お前、すぐに金券ショップで換金して、キャバクラ行くだろ」
「チッ、バレていたか」
「お前の考えることなんて、お見通しよ。
他に何かないか?」
「金券がダメなら、タオルとかどうだ。
それなら幾らあっても困らないし。
例えば甲子園出場記念、とか入れてくれると記念にもなるから良いかも」
「なるほどそれはグッドアイデアだ」
ということで、 今年の年号と、部員とマネージャー、監督、コーチ全員の名前、そして僕のサインを入れたタオルを、1,000枚発注した。
普段の練習でも使えるし、記念に知人に配っても良い。
仲村にしては良いアイデアだ。
それなら換金できないだろうし。
甲子園か…。
ホテルの部屋から、外の夜景を眺めながら、ふと物思いにふけった。
練習は辛く、そして甲子園は暑かったが、あの時の仲間たちと過ごした夏はもう味わえないだろう。
荒削りではあったが、1試合1試合のヒリヒリした感覚。
それを味わえる現役の部員たちが羨ましい。
がんばれ、群青大学附属高校野球部。
僕は心の中でエールを送った。
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