第674話  待っていろよ、沼沢

 ツーアウトながら塁に出た。

 八代投手はクイックが上手いので、あまり大きなリードは取りずらい。

 僕は牽制死だけはしないように気をつけている。

 プロ入り2年目の牽制死(第28話)がトラウマになっており、細心の注意を払っているのだ。


 リーリーリー、ほれリーリーリー。

 でもいつもよりは半歩、リードが小さい。

 

 シュッ。

 矢のような牽制球が来た。

 やっぱりね。

 僕はすぐに一塁ベースに戻った。

 一瞬たりとも気が抜けない。


 リーリーリー、そらリーリーリー。

 また牽制球が来た。

 素早く一塁に戻る。


 熊本ファイアーズの大隅捕手は、鉄砲肩なので、半歩リードが少ない中、盗塁を決めるのは至難の業である。

 結局、盗塁を試みる隙がないまま、4番のテイラー・デビットソンが三振に倒れてしまった。

 でも簡単に3人で攻撃を終えるよりは良かったと思う。

 僕は軽快にレフトの守備位置に向かった。


 そして3回裏、ノーアウト一塁で沼沢選手の第2打席を迎えた。

 スリーボールからの4球目。

 沼沢選手は一球見たりしない。

 思い切り振りぬいた打球はレフトに飛んできた。

 長打コースか。


 僕は懸命にダッシュした。

 そして走りながらグラブを高く掲げた。

 一か八かのプレーだったが、打球は計ったように僕のグラブに収まった。

 球場内を大きなため息と、小さい歓声が包む。

 

 うりゃーっ。

 一塁ランナーはすでに二塁を回っており、僕はセカンドのブランドン選手に送球した。

 そしてブランドン選手から、ファーストの谷口に送球され、ランナーは戻り切れずアウト。

 僕の大ファインプレーだ。

 見たか、こら。


 抜けていれば、下手したら1点を失い、更にノーアウトランナー三塁だったかもしれない。

 それを阻んだのは大きい。

 やっぱり我ながら良い選手だ。 

 誰も褒めてくれないので、自分で自分を褒めてやる。

 まあ見方を変えると、これくらいやって当たり前と思われているのかもしれない。

 それならそれで悪いことではない。


 ツーアウトランナー無しとなり、この回は無失点で終えた。

 ベンチに戻ると、先発の鈴鳴投手が待っていた。

「隆さん、ありがとうございました」

「何のあれしき。普通のプレーだぜ」

 そう言って、ハイタッチした。


「ケツ、どうせ、やつぱり俺は素晴らしい選手だ、とか思っているんだろう」

 また谷口が余計な事を言う。


「ああ思っているさ。ダメか?」

「チッ、まあナイスプレーと言っておいてやる。

 ありがたく思え」

 ツンデレかよ。

 珍しく谷口が褒めてくれた。

 ちょっと嬉しい。


 3回裏。

 この回は2番の谷口からの打順だ。

 「おい、谷口。たまには塁に出ろよ」

 僕はネクストバッターズサークルから声をかけた。

 ここしばらく谷口は調子を落としており、最近3試合連続ヒットがない。


 谷口はチラッとこっちを見たが、いつもの仏頂面で打席に向かった。

 そしてツーボール、ワンストライクからの4球目を捉えたが、レフトライナー。

 当たりは良かったが、日頃の行いが悪いので、打者の正面をついた。

 ヤレヤレ。

 お手本を見せてやるか。

 僕はゆっくりとバッターボックスに入った。


 マウンドには引き続き、八代投手。

 僕はアンダースローの投手は苦手では無い。

 浮き上がってくるので、差し込まれることもあるが、うまく捉えると長打もある。


 そして初球。

 おあつらえ向きに、真ん中低めにシンカーが抜けてきた。

 僕は右打ちを意識して、打ち返した。

 打球はライト線上に飛んでいる。

 切れるなよ。

 切れたら怨むからな。


 すると僕の念が通じたのか、フェアゾーンで打球が弾んでいる。

 僕は軽々と二塁に到達した。

 スタンディングダブル。

 2打数2安打で、また打率が上がり、.318となった。


 待っていろよ、沼沢。

 お前が落ちてこなければ、こっちから近づいてやる。

 声援に応えながら、レフトの守備についている沼沢選手に心の中でそう語りかけた。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る