第673話 隠れ首位打者と僕

 早いもので季節は8月になった。

 暑くて、暑い。

 青い青空とか、真っ白な白雲と同類の稚拙な表現であるが、素直にそう思うんだから仕方がない。

 暑いものは暑いのだ。

 

 なぜ夏はこんなに暑いのだ。

 この時期は札幌での試合がとてもありがたい。

 昼間はもちろん気温は高いが、湿度は高くないのでカラッとしているし、夜は気温が下がり過ごしやすくなる。 

 実際、作者の家にはクーラーがないが、窓を開けて扇風機を使えばしのげるらしい。

 

 今、僕は熊本にいる。

 言うまでもなく、暑い。

 昼間も暑いし、夜も暑い。

 ホテルの部屋ではもちろんクーラーをつけるが、冷やし過ぎも良くないので、この時期は体調管理が難しい。


 一昨日からの三連戦、初戦、2戦目と連勝し、今日は久しぶりのスイープを狙っている。

 僕は打撃好調であり、今のところ15試合連続ヒットを打っており、打率も.314まで上がってきた。

 

 打率1位の岡山ハイパーズの水沢選手が、.317なので射程圏内に捉えている。

 だが、実は首位打者争いには見えないライバルがいる。


 それは熊本ファイアーズの沼沢選手だ。

 プロ入り9年目の28歳の選手だが、これまで規定打席に到達したことがなく、打率もせいぜい2割台前半だった。

 今シーズンも4月は途中出場が多かったが、出場した試合で結果を出し、5月からはスタメンに定着した。

 いわゆる覚醒である。


 そしてヒットを打ちまくり、規定打席にはまだまだ30打席くらい足りないものの、ここまで打率.340のハイアベレージを残している。

 規則では規定打席に足りない分を、凡退としてもなお打率が1位なら、首位打者となる。

 まだシーズン途中ではあるが、隠れ首位打者と言えるだろう。


 僕は今シーズンオフに、ポスティングによる、大リーグ挑戦を希望している。

 今の大リーグはパワーヒッターが有利であり、僕のようなタイプは打率を残せるか、守備が上手くなければ生き残る事はとてもできないだろう。

 

 ポスティングで入札を受けるためのアピールとして、昨シーズンは盗塁王を獲得し、今シーズンはユーティリティプレーヤーを目指して、外野守備に挑戦している。

 もし首位打者を取れれば、更に箔が付く。

 

 試合前のバッティング練習が終わり、僕はロッカールームのモニターで、沼沢選手のバッティング練習を見ていた。

 広角にライナー性の打球を打ち分けている。  


 しかし、こんなバッターが、良くこれまで埋もれていたものだ。

 きっと良いものは持っていたが、なかなか殻を破れなかったのだろう。

 プロの世界では、与えられるチャンスは多くない。

 1試合、いや1打席しかチャンスを与えられないかもしれない。

 その少ないチャンスをものにしないと、次のチャンスは与えられない。

 沼沢選手は今シーズン、この少ないチャンスをものにしたのだ。


 この間、作者が言っていた。

 こういう選手を主人公にした方が、面白い小説になるんじゃないかと。

 知らんがな。

 ていうか、そんな事を普通、主人公の僕に言うか?

 デリカシーというものが不足しているのではないだろうか。

 

 さて本筋に戻ろう。 

 今日の試合も、沼沢選手は1番での出場だ。

 1番打者は打席が回ってくる回数が多いので、規定打席に到達するのも時間の問題だろう。

 

 打席数が少ないということは、不調になればすぐに打率は落ちるが、一方で固め打ちすれば、かなり上がる。

 僕は打席数が多いので、これから打率を上げるのは至難の業であり、首位打者を狙うには今の打率を維持するのが最低限、必要になる。


 初回の沼沢選手の打席。

 初球をとらえた打球がレフト前に飛んできた。 沼沢選手は好球必打のタイプであり、ファーストストライクを積極的に狙ってくる。

 だからフォアボールは多くなく、打率ほどに出塁率は高くない。

 ついでに言うと、足もプロ野球選手の中では平凡である。


 しかしこれでまた打率を上げやがった。

 .342。

 僕はスコアボードをみて、ため息をついた。

 

 そしてその裏の攻撃。

 我がしもべ達は、試合前の鏡の前でのフォームチェック(ケツ振りダンスとも言う)の甲斐もなく、あっさりと凡退し、ツーアウトランナーなしで僕の打順がやってきた。

 簡単に3人で終わってしまっては、相手先発の八代投手を調子に乗らせてしまう。

 ただでさえ、八代投手はアンダースローなので、打ちにくいことこの上ない。

 簡単に打ちにいけば、相手の術中にはまってしまうので、ここは良くボールを見ていきたい。


 そう考えていたら、立て続けに2球、ストライクゾーンぎりぎりに投げられ、あっさりと追い込まれてしまった。

 そして3球目。

 僕はここは3球勝負で来ると読んだ。

 そしてそのとおり、内角へのシンカーが来たので、腕をたたみ、うまくレフト線に打ち返した。

 

 抜けたら、長打コースであったが、サードの伊集院選手がうまく捕球しやがった。

 懸命に一塁に走り、駆け抜けた。

「セーフ」

 良かった…。

 あの当たりでアウトになってしまったら、悔しい。

 これで打率も.316に上がった。

 ヒットを一本ずつ積み重ねて、首位打者争いに食らいついていきたい。

 

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