第672話 客観的に見ると?
川崎ライツとの三連戦は、2勝1敗で乗り切り、最下位転落の危機を回避した。
初戦で大活躍し、ヒーローインタビューを受けたが、2試合目は4打数ノーヒット、3試合目は3打数ノーヒット、1エラーと活躍できなかった。
でもシーズンはまだまだ続く、切り替えていきましょう。
ここまでの僕の成績は、89試合に出場し、340打数、105安打の打率.309でリーグ2位。
ホームラン11本、打点50、盗塁21。
得点圏打率は.337で、出塁率は.383。
この小説ではズッコケキャラを演じているが、客観的に見たら、とても良い選手ではないだろうか。
内外野を守れ、打っては好アベレージを残し、一発もある。
出塁率、得点圏打率も高いし、チャンスに強い。
塁に出れば、足が速い。
イケメンでファンからの人気も高く、特に若い女性ファンが多い。もちろん、男性や子供のファンも多い。
年俸もそれほど高くなく、グッズの売り上げもチームで一二を争っており、球団経営に多大なる貢献をしている。
ファンサービスにも熱心だし、ささやかながら社会貢献活動もしている。
うーん、我ながら素晴らしい選手のような気がしてきた。
「なあ、選手会長、どう思う?」
「あん?、なにが?」
トレーニングルームの鏡の前で、入念にバッティングフォームをチェックしている谷口に聞いた。
なぜか不機嫌そうだ。
何か面白くないことでもあったのだろうか。
「いや、俺さ。良い選手だと思わないか?」
「…」
聞こえなかったのか、谷口はバットを持ってバッティングフォームのチェックを続けている。
「谷口くーん、聞こえないのかな?」
「…」
谷口は軽く素振りをした。
「おい、こら、聞いてんのか」
「あ゛?」
谷口がこっちを睨んできた。
「それは俺が試合前にバッティングフォームをチェックするよりも、大事な話なのか?」
「あったりまえだろ。お前は選手会長なんだから、チームメートの悩みを聞くのも仕事のうちだ」
谷口は大きくため息をつき、バットを下げた。
「わかった。1分だけやる。
で、なんだというんだ」
「俺ってさ、とても良い選手だと思わないか?」
「思わない」
谷口はそう言うなり、大きくため息をつき、再びバットを構えた。
「おい、一分経っていないぞ」
「お前には一分すらもったいない。
そういう話は、あっちでウェートトレーニングすする格好でくっちゃべっている、下山さんにでもするんだな」
谷口は視線を鏡に向けたまま、そう言った。
ちっ、マジメくんめ。
面白くない奴だ。
仕方がないので、ベンチプレスする台で、上杉捕手とずっとくっちゃべっている下山選手のところに行った。
「下山さん、上杉さん」
「あん、何だ」と下山さん。
「バッティングのアドバイスなら、麻生コーチに聞け。
一応お前は野手のライバルなんだから」と上杉さん。
「上杉さんは、ご先祖が敵に塩を送るくらい、懐が深いんじゃないんですか?」
「ああ、それは史実じゃなくて、後世の創作らしいぞ。
ていうか、上杉謙信公は俺の先祖ではない」
「いえ、お二人にバッティングに関する、アドバイスを求めたいとは全く思っていません。
そもそも僕は打率3割を打って、打撃ランキングの2位に入っていますから、お二人にお話を聞いて調子が悪くなったら困るので…」
「ほう。それは嫌味か、喧嘩を売っているのか、バカにしているのか、そのうちのどれだ?」
「いえ、そんなつもりは全くありません。
人生の大先輩のお二方に、僕の悩みを聞いて頂き、アドバイスを頂けないかと思いまして…」
「ほう。それなら相談に乗ってやらなくもない。
とりあえず、話してみろ。暇つぶしに聞いてやる」
「ありがとうございます」
僕は下山選手と上杉選手に悩みを話した。
「…ということで、僕って選手としても一流だし、イケメンだし、ファンからの人気もあるし、とても良い選手だと思うんですよ。
それなのに、この小説ではズッコケキャラが定着していて、なかなか格好良い場面を描いてもらえないんです。どう思いますか?」
「…。ほう、それを俺たち生粋のモブキャラに聞くか?」
「やっぱり喧嘩売っているということだな。
よし買ってやるぞ。どうせ、今日のスタメンは武田だし…」
上杉選手が両手を組んで、指をボキボキと鳴らした。
やばい、やばい。
僕は慌てて退散した。
かわいい後輩の悩みを聞いてくれないなんて、なんて冷たい先輩たちだ。
そう思っていたら、湯川選手がバットを持って、トレーニングルームに入ってきた。
湯川選手は不幸にも、谷口の「練習しないと死んじゃう病」が伝染ってしまっている。
「湯川、ちょっと」
「はい、何でしょうか?」
「俺にアドバイスしてくれないか?」
「え?、僕がですか?
隆さんは変に考えるより、来たボールを天性のカンで、適当に打ったほうが良い成績を残せるんじゃないですか?」
人を野生児みたいにいうな。
「いやバッティングの話じゃない。
生き方の話だ」
「はあ…、でもそういう話なら、僕よりも人生経験が豊富な上杉さんや、下村さんとかに聞いた方が良いんじゃないですか?」
「いや、あいつら、話を聞いてくれないんだよ…」
「はあ、それなら…」
「おい、湯川。そいつを相手にしない方が良いぞ。
バカが伝染る」
谷口が余計な事を言う。
「やかましい。お前は黙って、鏡の前で木の棒を持って、ケツ振りダンスでもしてろ」
谷口はムッとしたような顔をしたが、すぐにいつもの鉄面皮に戻って、鏡に向き直った。
「というわけで、悩みを聞いてくれるか?」
僕は一通り悩みを話した。
「…というわけだ。湯川、どう思う?」
「あの…、僕も鏡の前でケツ振りダンスを踊って良いですか?
最近調子を落としているので…」
先輩の悩みを聞くよりも、自分の事を優先したいらしい。
これがZ世代というやつか?
ということで、この小説では僕のズッコケエピソードを切り取られているが、それは僕のプレーのほんの一部であり、実は名選手であるということを、読者の皆様には認識して頂きたいと思う。
さあ、気を取り直して今日の試合も頑張ろうっと。
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